百合原くんは本気の『好き』を捧げたい

藤吉めぐみ

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 翌日の昼休み、朱莉はオフィスでスマホの画面を見ながら昨日のことを思い出していた。
 貴伸と落ち合い、向かったのはマジックのショーをやるダイニングバーだった。別料金を払えばテーブルマジックもやってくれて、貴伸がそれを朱莉の為に頼んでくれて、本当に楽しい時間を過ごした。
 午後十時を過ぎて店を出た後は、駅まで歩き、そこで朱莉をタクシーに乗せて別れた。この後家に来ない?とか、いい店があるからもう一軒とか言わずに紳士的に別れた上に、今朝は『少しは元気になった?』というメッセージまでくれていた。
 これまで会ってきた中では、秋生の次に印象がいい。秋生は朱莉に対して恋愛感情を抱くことはないかもしれないと思えば、一番素敵な人だと言える。
 朱莉は昨日のお礼を返信してから、ため息を吐きながら机に突っ伏した。
 今日は部長がランチの付き添いをしていて、朱莉は電話番という名の一人休憩だ。いつも女性に付き合うのはやはり疲れてしまうので、たまにこうして役割を交代するのだ。
「いい人ではあるんだけどなあ……」
 これまでみたいに気持ちが動かない。一年もの間、客と店員として会っていたからか、貴伸と恋人になるビジョンが見えなかった。そもそも、食事に誘ってくれただけで、朱莉と恋愛したいのかも分からない。もし朱莉をただ元気にしたくて誘ってくれたのなら、朱莉が勝手に自分に気があると思っているだけで、秋生の二の舞だ。
「期待しないでおこう……」
 再びため息を吐くとスマホが小さく震えた。貴伸からの返信だった。
『もし良ければ、次は休みの日にどこかに行かない? 俺も昨日、朱莉くんと居てすごく楽しかったから』
 次の約束をしようとしてくれている。この誘いの意図が今の朱莉には分からなくて、返信はせずに画面を消す。するとまたスマホが震えた。
「少しは考えさせてよ」
 連続で聞かないで、と言いながら画面を見ると、それはDMではなくて、メッセージアプリからの着信だった。十月のカレンダーの写真のアイコンは秋生のものだ。
「秋生さん……?」
    メッセージを開くと、朱莉の次の休みはいつかを聞いていた。
『僕も休みを合わせようと思うんだ。前にお菓子やお酒を一緒に消費する約束をしただろう?』
 そんなメッセージを見て、なんて律儀な人なのだろうと思った。他愛ない朱莉の言葉をきちんと覚えていて、こちらから連絡がなければ、こうやって連絡してくれる。しかも、気持ちのない朱莉に雰囲気に飲まれてキスをしてしまった後だ、彼女に申し訳ないとか、男のくせに誘いやがってとか思うことはたくさんあるはずなのに、こんな言葉をくれる。
 そう考えれば、こんないい人に彼女がいないはずないのだとすぐに分かる。
   だから、この誘いも断るべきなのだ。それは分かってる。秋生さん彼女いるんじゃないですか、ぼくなんかに付き合ってる時間があるなら彼女に使ってください、と明るく返せばそれで終わる。
   だけど、終わらせたくない。
『ぼくは、暦通りの休みです。休日の予定は今のところ何もないです』
 朱莉はそんなメッセージを返してしまっていた。すぐに秋生から、じゃあ次の土曜日に、と返事が来て、朱莉はそれに了解の返事をする。
    こんなに二人で会ってはいけない。もしかしたら、彼女に浮気を疑われるかもしれない。そう頭では分かっているのに会えることが嬉しいと思ってしまっていた。
 自分を好きになってくれそうな貴伸には返事を保留にして、秋生にはすぐ返事をして、更に貴伸が指定していた『次の休み』の予定を入れて、本当に自分は何がしたいのだろうと思ってしまう。
 けれど今、会いたいと思うのは秋生の方だった。
「この気持ちはきっと好きとかじゃない……」
 秋生がすごく優しいから、弱い自分はそれに甘えたくて近づいているだけなのだろう。そう思わないと、彼女がいる人を好きになるなんて不毛すぎる。
 そう思っているのに、朱莉は貴伸に『次の休みは予定があるので、今度連絡します』と返してため息を吐いた。
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