百合原くんは本気の『好き』を捧げたい

藤吉めぐみ

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 朱莉はため息を吐いて、その場から歩き出した。
 胸も痛いけれど、さっき貴伸の腕が当たった腹もなんだか痛い。
「つまんなかったって、あっちが勝手に連れまわしたんじゃないか……」
 勝手なイメージで場所を決められて、そのイメージに収まった方がいいのかと思ったから我慢したのに、結局つまらないと言われた。男じゃ無理と言われた。
 心も体も辛い、こんな時会いたいと思うのは秋生だったけれど、こんなことで連絡しちゃいけない。まして、今日は日曜日だ。きっと彼女と会っているだろう。
 遠くから見てもキレイな人だったし、秋生と同業者ということは頭も良いはずだ。自分よりもずっと素敵な人と楽しい時間を過ごしているかもしれない時に連絡なんか出来ない。
「……よし! 今日も酔い潰れるまで飲んでやる!」
 朱莉は歩きながらそう呟いて駅を目指した。ここからだと自宅の最寄り駅まで電車があるはずだ。公園なんかで飲んでいたらきっと秋生が心配するだろう。だからこのまま家に帰ってから飲んだくれることにした。
 駅から電車に乗り、ドアの傍に立つ。日曜の夕方はそれほど混んでいるわけでもなく、ゆったりとしていた。
 今日は酔って寝れたらそれでいいから、アルコール度数は低めのものにしよう。明日は朝からまた仕事だし、残らない酒がいいか――そんなことを考えながらぼんやりとしていた時だった。
「朱莉くん?」
 柔らかな声が鼓膜を揺さぶり、朱莉が顔を上げた。その声の主を見て驚く。
「あ、きお、さん……」
 会いたいと思っていた人に会えたことはとても嬉しい。もしかしたら都合のいい夢なんじゃないかと思って、朱莉は自身の腿をつねってみた。ちゃんと痛い。
「どこか出掛けてたの?」
 穏やかに聞くその声は、前回会った時に朱莉が逃げ出したことなど全く気にしていないようだった。朱莉はその雰囲気に寄りかかるように頷いた。
「秋生さんは……?」
 聞きながら朱莉は秋生の傍を見回した。先日見た女性は一緒にいないようだ。
「え、僕は仕事だよ。ここ、病院の最寄り」
 それを聞いて朱莉が改めて窓越しの駅名を見やる。確かにその近辺だった。少しほっとして朱莉が、お疲れ様です、と微笑む。
「ありがとう。朱莉くん、もう帰るところ?」
「はい。もう帰って飲もうと思って」
 朱莉がため息を吐くと、秋生は心配そうに、何かあった? と聞く。今日は秋生も帰るだけのようなので、少しくらいなら愚痴を零してもいいかなと思い朱莉は、それが、と口を開いた。
「今日、デートに誘ってくれた人……途中までは優しかったのに、ぼくが、その……この後は行かないって言ったら、急にきれて、そのためにデート代出したんだとか言われて」
 電車の中ということもあり、明確な言葉は避けたのだが秋生には伝わったようだ。秋生が怪訝な顔をしてこちらを見やる。
「それは最低だね」
「ですよね。それで頭に来てそのデート代ってやつを返して帰ってきたんです。それでも思い出したら腹が立って」
 飲むしかないと思って、と朱莉が不機嫌に唇を尖らせると、そっか、と秋生が表情を優しく変える。
「朱莉くんは、その人と幸せになれたらいいなと思って関係を築こうとして会ったんだよね。それなのに向こうの目的は違ったら、悔しいし悲しいよ」
「ぼく、いつもこうやって失敗してますよね。ぼくと真剣に付き合おうっていう人なんか、いないのかも。そこまでの価値はないってことなんですよね」
 いつも期待して裏切られる。今日だってたった三万の価値しかないと言われたようなものだ。ゆっくり関係を深めるようなものでもない、二回目のデートで体の関係になるくらいでちょうどいい存在なのだろう。
 一緒に幸せになるなんて、相手は思っていなかった。
「人の価値なんて、他人が決めるものじゃないよ。それに、失敗じゃないでしょ。朱莉くんがこうして一人で帰ってるってことは、僕の言ったことを守って、ちゃんと相手を見極めてきたってことなんだから」
 偉いね、と優しく微笑まれ、朱莉の胸は熱くなった。
 今日は自分を否定され、また女性に負けた気持ちになって、そのへんの虫よりも惨めな存在なんだと思っていたから、その言葉はすぐに朱莉の全身に溶けていった。
 鼻の奥が痛くなったと思ったら、次第に視界が歪み始める。電車の中で泣くなんてしたくなかったのに、瞳から零れる雫は頬を伝って足元に落ちてしまった。
「ごめ、なさい……なんでだろ、急に……」
 朱莉が無理矢理笑うと、秋生はそんな朱莉を優しく見つめ、髪を撫でた。
「無理しなくていいよ。大丈夫、君がここで泣いても誰も困らないから」
 秋生がそっと朱莉の後頭部に手を廻したかと思うと、そのまま自身の肩に引き寄せてくれた。ここで泣いていいと許された気持ちになった朱莉は止まらない涙を我慢することをやめて、秋生の優しい手に縋るように泣き続けた。
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