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しおりを挟む風呂から出ると部屋にはいい香りが漂っていた。
「オムライスと野菜のスープなんだけど、食べられないものってあったかな?」
聞き忘れてて、と秋生がテーブルに皿を運ぶ。朱莉はそれを見ながら、ふるふると首を横に振った。自慢じゃないが嫌いな食べ物はほとんどない。
「よかった。じゃあ、食べようか。落ち込んだ時は、体を温めて美味しいものでお腹を満たすのが一番だよ」
「前もそう言ってくれましたよね……ぼく、秋生さんに心配されてばかりですね」
一番初めに会った時も、次に朱莉がお礼を持って秋生のところへ来た時も秋生には気を遣わせてばかりいる。
朱莉も大人だし、自分で出来ることも多く、人に頼らなくても生きていけるのに、どうしてか秋生にはつい甘えてしまう。きっと秋生が朱莉のことを子どもと同じように見ているせいだと思うが、甘えていいのだと許される感覚は朱莉を少し子どもに戻すのかもしれない。
「僕が心配したいだけだから、気にしなくていいよ」
それよりも食べようか、と秋生が朱莉をダイニングの椅子へ導く。朱莉は素直に勧められた椅子に腰かけた。その途端、腹部に刺されたような鋭い痛みが走って、朱莉は思わず腹に手を当てた。
「朱莉くん、どうかした?」
「いえ、なんでも、ないです……美味しそうですね」
これ以上心配させたくなくて、朱莉は笑顔を作り食卓に目を向けた。その間もじわじわと痛みは増していく。殴打された痛みとも、消化不良の痛みともまた違う痛みは、感じたことのないもので、朱莉は腹部に強く手を当てながら痛みが過ぎるのを待つことにした。
「冷蔵庫にあるもので作ったものだけど……ねえ、朱莉くん、ホントはどこか具合悪いんでしょう?」
無理しなくていい、と秋生が朱莉の傍に膝をつく。伏せていた顔を覗かれ、朱莉は視線を外したが、秋生は、やっぱり、と小さくため息を吐いてから、腹部に当てたままだった朱莉の手に、そっと自身の手を重ねた。
「顔色悪いよ。ここが痛むの?」
「だい、じょぶ、です……」
これ以上迷惑をかけたくなくて、朱莉は首を振って答えた。けれど秋生は空いた手で朱莉の頬に触れて、優しく撫でた。
「僕は医者だよ。しかも小児科。痛みを隠す子って多くてね、大体分かるんだ」
優しい言葉に、朱莉がゆっくりと秋生と視線を合わせる。微笑んだ秋生は、言ってごらん、と言葉を繋いだ。
「朱莉くんの心配をさせて欲しい。できれば、今の辛さを取ってあげたいから、教えて」
秋生がまっすぐにこちらを見つめ少し眉を下げる。本当に言葉通りのことを思ってくれているのだと思い、朱莉が口を開いた。
「痛い……どうしよう、秋生さん……助けて」
痛みは既に耐えられないところまで来ていて、椅子に座っているのも辛い。床を転げまわりたいくらいのそれをどう逃したらいいのか分からず、朱莉は腹から手を外し、秋生に手を伸ばした。秋生がそんな朱莉を抱き寄せて抱え上げる。
「救急外来があるからこのまま僕の勤めてる病院に行こう。心配しなくても絶対に治るから、もう少し頑張って」
秋生の肩に腕を廻した朱莉が小さく頷く。
その時は既に痛みで意識も薄れかけていて、そのくらいの反応しか出来なくなっていた。本当は、『ごめんなさい』とか『ありがとう』とかたくさん言いたいことはあったのに、何も言えずにただ秋生にしがみついているのが精一杯だった。
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