百合原くんは本気の『好き』を捧げたい

藤吉めぐみ

文字の大きさ
40 / 55

15-1

しおりを挟む

 日曜日は秋生とは電話をしただけで、あっという間に週末は終わってしまった。
 忙しい日常が始まって、週の半ば、経費データの入力をしていた朱莉のデスクで電話が鳴り、朱莉がそれを取る。
「総務、百合原です」
『……貴伸です。久しぶり、朱莉くん』
 その名前を聞いて、朱莉が眉根を寄せた。彼のSNSはブロックしたので連絡は取れないようにしている。けれど、付き合いのある花屋だから、代表電話からならあっさりとここへ繋ぐことができたのだろう。あんなことをしておいて、よく普通に電話なんか掛けられるな、と思ったが、これが会社の電話だということもあり、朱莉は冷静に、お久しぶりです、と答えた。
『今日は、花、取りに来ないのかな?』
「今週から店長さん指名で配達をお願いしているはずですが」
 貴伸とのトラブルの話を総務部長に話すと、料金は高くなっても配達に切り替えよう、と言ってくれた。彼から直接花屋の店長に依頼をしているはずだ。
『それは聞いてた、けど……少し話せないかな? あの時のお金も返したいんだ』
 朱莉から奪い取った金で女と遊んだのではなかったのか。あれはあげたようなものなので返して貰わなくてもいい。それにこちらにも話すことは何もない。
「ぼくに用はないので。お金もそのままで構いません」
 それでは、と電話を切ろうとすると、待って、と慌てた声が聞こえ、仕方なく朱莉が受話器を耳元に戻す。
『少しでいいんだ、ほんの数分。今日の午後、店に来れない? 店なら他にも従業員がいるし……それに朱莉くんは聞いておいた方がいい話だと思う』
 そんなことを言われたらやはり少し気になる。昼間の花屋はお客さんがいることが多いし、従業員も一人というわけではない。通りに面しているから何かあればすぐに店を出ることもできる。とはいえ、やっぱりあんなことをした人と会うのはためらってしまうのは当たり前だろう。
「電話では話せないことですか?」
『うん。朱莉くんが前に一緒にいた人の話』
 一緒にいた、とは秋生のことだろうか。最近はずっと秋生としか会ってないので、間違いないだろう。貴伸と秋生に職場が近いこと以外接点はなさそうだが、そんな風に言われたら気になってしまう。自分に手を出さないことと何か関係があるだろうかと思うと、やっぱり胸がざわつく。
「……分かりました。話を聞いたらすぐに帰りますから」
『うん、ありがとう。待ってるよ』
 貴伸が電話を切り、朱莉も受話器を戻した。
 本当はすごく行きたくない。昼間の店の中とはいえ、暴力なんか振るわれたら一瞬だ。人工子宮を維持するための薬の中には、ホルモンに影響する薬も入っていて、飲み続けることで体が女性寄りに変化してしまう。そのため、朱莉は一般的な男性よりも力が弱い。成人男性に殴られたりしたらきっと抵抗できないだろう。
 でも彼の話というのが、朱莉の知らない秋生のことだったら……そう思うと、やっぱり行かないという選択肢はなかった。

 その日の午後、手違いで花が配達されないと言って、朱莉は会社を出て、いつもの花屋へと向かった。いつもの明るい店先ではアルバイトの男性が接客をしている。変わらないいつもの雰囲気に幾分ほっとした朱莉だが、それでも不安で、手にしていたスマホの画面をちらりと見やった。
 そこには『秋生さん 通話中』の文字が出ている。
『これから例の花屋に行ってきます。その間、通話してもらえませんか?』
 昼休みにそんなメッセージを秋生に送ると、すぐに電話が来た。秋生としては、朱莉を苦しめた張本人なのだから、どうして会いに行くのだと思っただろう。ただ、そこで秋生に関することを聞きに行くなんて告げたら、秋生はきっと、行かなくていい、と言うはずなので、ここでは、仕事で仕方なく、と嘘を吐いた。
 もし万が一、秋生が朱莉とは優しさの範疇で付き合ってくれているのだとしたら、やっぱり自分からは解放してあげなければと思う。秋生のことが好きだからこそ、そう思うのだ。週末朱莉の家に上がらずに帰ったのも、平日も会うことはなく、メッセージのやりとりしかないのも、朱莉に特別な感情がないからで、本当は朱莉があまりにも可哀そうだから、好きと言ってくれただけなのかもしれない――そんなことをここ数日考えてしまっていた。
 打ち消しても結局考えてしまうのなら、他人からでもちゃんと聞いた方がいい。どんな話なのか分からないが、それを聞いてもしかしたら安心することだってあるかもしれないのだ。
 でもやっぱり怖くて秋生に縋った。秋生は朱莉の願いを受け入れてくれて、こうして今、通話状態にしてくれている。秋生は診察をしながら聞いてくれているはずだ。
 朱莉は一度大きく深呼吸をしてから、店のドアを開けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。 オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。 他サイト様にも投稿しております。

【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。

Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」 *** 地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。 とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。 料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで—— 同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。 「え、これって同居ラブコメ?」 ……そう思ったのは、最初の数日だけだった。 ◆ 触れられるたびに、息が詰まる。 優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。 ——これ、本当に“偽装”のままで済むの? そんな疑問が芽生えたときにはもう、 美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。 笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の 恋と恐怖の境界線ラブストーリー。 【青春BLカップ投稿作品】

運命の相手 〜 確率は100 if story 〜

春夏
BL
【完結しました】 『確率は100』の if story です。 本編は現代日本で知り合った2人が異世界でイチャラブする話ですが、こちらは2人が異世界に行かなかったら…の話です。Rには※つけます(5章以降)。「確率」とは違う2人の関係をお楽しみいただけたら嬉しいです。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...