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「なんかこう、人生のターニングポイントに立ち会ったって感じで私も嬉しい。おめでとう、百合原くん」
泉田が朱莉に微笑む。朱莉はそれに頷いたが、秋生の方は少し怪訝な顔をしていた。
「どうして泉田がここにいるんだよ……」
知り合いにプロポーズの現場を見られるのは、やっぱり少し恥ずかしかったようだ。ちょっと棘のある口調は羞恥の裏返しだろう。
「そりゃ、午前中百合原くんに妊娠告げたのは私だし。いそいそと指輪のケース持って医局を出て行く東條くんを見たら、ついて行かない選択肢はないでしょ」
やっぱりいいもの見れた、と泉田が嬉しそうに秋生を見上げる。秋生はそれに大きなため息をついていた。
「でも、これで院長からの『結婚まだか』『孫を早く見せろ』の圧からは解放されるんだしいいじゃない。きっと、院長も百合原くんのこと気に入るはずよ」
泉田が秋生に笑いかける。その言葉に首を傾げたのは朱莉の方だった。
「院長……?」
「あ、まだ百合原くんに話してないのね。東條くん、この病院の院長の息子なのよ。お母さんは看護師で、弟は検査技師っていう医療一家なの」
だからここで家族全員に会えるわよ、と泉田が朱莉に告げる。
そういうことなら、今まで秋生がその事実を隠していたことも頷ける。朱莉はこの病院の患者の一人だからここに来ることも多い。いつか家族とエンカウントするのではとドキドキさせるのも悪いと思ってくれたのだろう。確かに付き合いたてで家族全員と対面なんて、朱莉には負担が重すぎる。
朱莉が秋生を見上げると、少し眉を下げて、ごめんね、と口を開いた。
「僕も、いつか言わなきゃと思ってたんだ。朱莉くんは大丈夫だって思ってたし……でも、いずれは院長のパートナーって立場、荷が重いって人もいるし、逆にその立場だけ欲しがる人もいるし」
秋生は容姿も性格もいいから、これまで恋愛で悩んだりしてこなかったのだろうと、勝手に思っていた。でも生まれた家や秋生の立場でそれなりに苦労してきているらしい。それを聞いたら、もっと秋生を近くに感じた。
「大丈夫です。ぼくは今の仕事辞めるつもりないので、きっと秋生さんが心配してることはほとんどないと思いますよ」
いつか院長のパートナーという立場になっても病院の経営に関わろうとは思わないし、秋生の稼ぐお金を当てにして仕事を辞めようとも思っていない。
「え、仕事、続けるの……?」
辞めたいと愚痴を言っていた朱莉を知っているので秋生はとても驚いた様子で聞き返した。確かに妊娠を機に退職も悪くはないと思う。でも今は新しい命を迎えるために頑張りたいと思うのだ。
「お腹が目立つまではこのまま続けて、その後は体調不良で休職する予定になってるんです。産後なるべく早く復帰するので、秋生さんも協力してくださいね」
実は既に社長には話をしていて、朱莉の考えを承諾して貰っている。休職している間は総務部長に負担をかけることになると思うが、彼もまた、朱莉の意志を受け入れてくれた。なんの迷いもなかったわけではないが、今は自分の仕事をちゃんとやりたいという気持ちになっている。
「それはもちろんだけど……そこまで頑張る必要は……」
朱莉の体が心配だと秋生の顔に書いてある。それを見て朱莉は、頑張るつもりはないんです、と返した。
「もちろん、この子優先で動きますけど……前例を作りたいんです。結婚しても出産しても今の仕事を続けられるんだって。いつか公表できる時が来たら、女性社員の『ハイスペックな男と結婚することが至上』っていう風潮も変わっていくと思うんです」
同僚の女性たちや円のことを思うと、やっぱり窮屈な感じがいつもしていた。もっと違う仕事が出来ることになったら、能力を発揮する人だっているかもしれない。
「いつになるか分からないし、ぼくだけで変えられるとは思ってないんですけど……もしこの先、変えようとする人が現れたら、ぼくの経験を生かしてもらえるかもしれないと思って」
社長からは仕事を続けるなら、結婚も出産も隠したままにしてほしい、と言われた。確かに今の朱莉の仕事は男性社員の目を惹くことだから、他人のものになってしまったらその魅力も落ちてしまう。今はそれで仕方ないと思う。でも、ここで辞めてしまったら、この仕事をするなら結婚も妊娠もできないということになってしまう。
今は無理でもきっと朱莉の『仕事を続ける』という選択は、未来の礎になるはずだ。
「そっか……だったら僕も全力でサポートするよ。泉田も頼むね」
「任せて。無事に出産までサポートする。朱莉くんはきっと、働く女性や妊娠を望む男性の希望になるもの」
特に男性は妊娠したら仕事を辞める人がほとんどなのよ、と泉田が微笑む。朱莉はそれに頷いてから、秋生に視線を向けた。
「秋生さん、ワガママでごめんなさい。でも、よろしくお願いします」
「さっき、宣言したはずだよ。朱莉くんのことは、嬉しい以外で泣かせないって。一緒に全部乗り越えていこう」
ね、と秋生が微笑み、朱莉の手を握る。このままキスがしたいと少しだけ秋生に近づいてしまったところで、ここがどこだか思い出し、朱莉が踏みとどまる。
でもそれは秋生には伝わってしまったらしく、小さく笑われてしまった。
それからそっと朱莉に近づき、耳元でささやく。
「キスは帰ってからね」
思っていたことがバレている。
恥ずかしいけれど、それはきっと秋生がちゃんと朱莉を見てくれているということだ。この人を好きになって良かった。本気の好きを捧げられる人に出会えてよかった――そんなことを思いながら、朱莉は秋生の手を握り返して、頷いた。
HAPPY END
最後までありがとうございました!
泉田が朱莉に微笑む。朱莉はそれに頷いたが、秋生の方は少し怪訝な顔をしていた。
「どうして泉田がここにいるんだよ……」
知り合いにプロポーズの現場を見られるのは、やっぱり少し恥ずかしかったようだ。ちょっと棘のある口調は羞恥の裏返しだろう。
「そりゃ、午前中百合原くんに妊娠告げたのは私だし。いそいそと指輪のケース持って医局を出て行く東條くんを見たら、ついて行かない選択肢はないでしょ」
やっぱりいいもの見れた、と泉田が嬉しそうに秋生を見上げる。秋生はそれに大きなため息をついていた。
「でも、これで院長からの『結婚まだか』『孫を早く見せろ』の圧からは解放されるんだしいいじゃない。きっと、院長も百合原くんのこと気に入るはずよ」
泉田が秋生に笑いかける。その言葉に首を傾げたのは朱莉の方だった。
「院長……?」
「あ、まだ百合原くんに話してないのね。東條くん、この病院の院長の息子なのよ。お母さんは看護師で、弟は検査技師っていう医療一家なの」
だからここで家族全員に会えるわよ、と泉田が朱莉に告げる。
そういうことなら、今まで秋生がその事実を隠していたことも頷ける。朱莉はこの病院の患者の一人だからここに来ることも多い。いつか家族とエンカウントするのではとドキドキさせるのも悪いと思ってくれたのだろう。確かに付き合いたてで家族全員と対面なんて、朱莉には負担が重すぎる。
朱莉が秋生を見上げると、少し眉を下げて、ごめんね、と口を開いた。
「僕も、いつか言わなきゃと思ってたんだ。朱莉くんは大丈夫だって思ってたし……でも、いずれは院長のパートナーって立場、荷が重いって人もいるし、逆にその立場だけ欲しがる人もいるし」
秋生は容姿も性格もいいから、これまで恋愛で悩んだりしてこなかったのだろうと、勝手に思っていた。でも生まれた家や秋生の立場でそれなりに苦労してきているらしい。それを聞いたら、もっと秋生を近くに感じた。
「大丈夫です。ぼくは今の仕事辞めるつもりないので、きっと秋生さんが心配してることはほとんどないと思いますよ」
いつか院長のパートナーという立場になっても病院の経営に関わろうとは思わないし、秋生の稼ぐお金を当てにして仕事を辞めようとも思っていない。
「え、仕事、続けるの……?」
辞めたいと愚痴を言っていた朱莉を知っているので秋生はとても驚いた様子で聞き返した。確かに妊娠を機に退職も悪くはないと思う。でも今は新しい命を迎えるために頑張りたいと思うのだ。
「お腹が目立つまではこのまま続けて、その後は体調不良で休職する予定になってるんです。産後なるべく早く復帰するので、秋生さんも協力してくださいね」
実は既に社長には話をしていて、朱莉の考えを承諾して貰っている。休職している間は総務部長に負担をかけることになると思うが、彼もまた、朱莉の意志を受け入れてくれた。なんの迷いもなかったわけではないが、今は自分の仕事をちゃんとやりたいという気持ちになっている。
「それはもちろんだけど……そこまで頑張る必要は……」
朱莉の体が心配だと秋生の顔に書いてある。それを見て朱莉は、頑張るつもりはないんです、と返した。
「もちろん、この子優先で動きますけど……前例を作りたいんです。結婚しても出産しても今の仕事を続けられるんだって。いつか公表できる時が来たら、女性社員の『ハイスペックな男と結婚することが至上』っていう風潮も変わっていくと思うんです」
同僚の女性たちや円のことを思うと、やっぱり窮屈な感じがいつもしていた。もっと違う仕事が出来ることになったら、能力を発揮する人だっているかもしれない。
「いつになるか分からないし、ぼくだけで変えられるとは思ってないんですけど……もしこの先、変えようとする人が現れたら、ぼくの経験を生かしてもらえるかもしれないと思って」
社長からは仕事を続けるなら、結婚も出産も隠したままにしてほしい、と言われた。確かに今の朱莉の仕事は男性社員の目を惹くことだから、他人のものになってしまったらその魅力も落ちてしまう。今はそれで仕方ないと思う。でも、ここで辞めてしまったら、この仕事をするなら結婚も妊娠もできないということになってしまう。
今は無理でもきっと朱莉の『仕事を続ける』という選択は、未来の礎になるはずだ。
「そっか……だったら僕も全力でサポートするよ。泉田も頼むね」
「任せて。無事に出産までサポートする。朱莉くんはきっと、働く女性や妊娠を望む男性の希望になるもの」
特に男性は妊娠したら仕事を辞める人がほとんどなのよ、と泉田が微笑む。朱莉はそれに頷いてから、秋生に視線を向けた。
「秋生さん、ワガママでごめんなさい。でも、よろしくお願いします」
「さっき、宣言したはずだよ。朱莉くんのことは、嬉しい以外で泣かせないって。一緒に全部乗り越えていこう」
ね、と秋生が微笑み、朱莉の手を握る。このままキスがしたいと少しだけ秋生に近づいてしまったところで、ここがどこだか思い出し、朱莉が踏みとどまる。
でもそれは秋生には伝わってしまったらしく、小さく笑われてしまった。
それからそっと朱莉に近づき、耳元でささやく。
「キスは帰ってからね」
思っていたことがバレている。
恥ずかしいけれど、それはきっと秋生がちゃんと朱莉を見てくれているということだ。この人を好きになって良かった。本気の好きを捧げられる人に出会えてよかった――そんなことを思いながら、朱莉は秋生の手を握り返して、頷いた。
HAPPY END
最後までありがとうございました!
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