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しおりを挟む「秋生さん」
病院の待合室に白衣姿のまま現れた秋生を見つけた朱莉は、それまで座っていたソファから立ち上がり、秋生に手を振った。それに気づいた秋生が朱莉に駆け寄る。
「昼休みに呼び出してごめんなさい。早く話したいことがあって」
「いや、気にしないで。僕も朱莉くんに会いたかったから」
あれから二カ月、二人の交際はとても順調だった。週末はもちろんどちらかの家に泊るようになったし、平日も二日に一度は一緒にご飯を食べに出かけ、たまにこうして、どうしても会いたくなって昼休みに短い逢瀬も重ねていて、まさに蜜月という感じだった。
会社でのセクハラも相変わらずだが、今は秋生がいてくれるのでなんだか少し心持ちも違って、さらりと躱すこともできるようになった。
「よかった。同僚からは最近『恋人できたでしょ』って疑われてるからひやひやしてるんですけど……やっぱり直接がいいなと思って」
女性社員との関係も変わらず良好に保っている。朱莉の心の焦りが消えたからか、以前よりもずっと素直に話すことが出来て、前よりも仲がいいかもしれない。そのせいで、朱莉の変化に気づかれてしまっているのか、秋生との交際がバレそうではあるが、いまのところ同僚には教えないつもりだった。
会社での立場もあるが、それよりも秋生をとられたくないのが本音だ。
「嬉しいよ。一緒にランチでも行こうか」
院内になっちゃうけど、と秋生が朱莉の手を取る。朱莉はそれに慌てて、その前に、と口を開いた。
「これ、見せに来たんです。役所ですぐ発行してもらえました」
朱莉は提げていたカバンから小さな手帳を取り出して、秋生に差し出した。
「……母子手帳……え、朱莉くん、ホントに?」
秋生が差し出されたそれに驚いて朱莉を見つめる。朱莉はそれに笑顔で頷いた。
「はい。薬を打ったのはあの日だけなんで、一発的中ですね」
あれから当然のように何度も体を重ねているが、卵子生成剤を使ったのは、朱莉が覚悟を決めて秋生に会いに行ったあの日だけだ。秋生との初めての夜に宿ったなんて信じがたいけれど、なんだか少し運命みたいなものを感じてしまった。
「なんか、その言い方をされるとちょっと複雑だけど……ここに僕の子が宿ったのは、本当に嬉しいよ」
秋生がそっと朱莉の腹に触れる。まだ本当に小さな命だけれど、きっとお腹の子も秋生の手の温かさを感じているだろう。
「そうか……だったら、今渡したほうがいいね」
秋生はそんなことを言ってパンツのポケットに手を入れた。それを見ていた朱莉が訝し気に首を傾げる。
「実は、いいタイミングで渡そうと思って、朱莉くんと会う時は持って歩いてたんだよね」
微笑む秋生の手には、小さな黒い箱が乗せられていた。それを開けると、銀色のリングが現れる。当然、朱莉は驚いて、それから目が離せなかった。
「前にここで、指輪は近いうちにって話をしただろう? あの後すぐ作ってたんだけど……朱莉くん、改めて言うね。僕と結婚してください」
秋生が朱莉の手を取り、そっと薬指にリングをはめる。それがキレイで、嬉しくて、朱莉は大きく頷いてから秋生を見上げた。視界が潤んで秋生の表情はよく見えなかったけれど、きっといつもの優しい笑顔をしているのだろう。
「はい。ぼくと、この子と……幸せになってください」
「うん。もう朱莉くんのことは、嬉しい以外で泣かせないから」
秋生がふわりと朱莉を抱き寄せる。朱莉はそんな秋生の背中にぎゅっと腕を廻した。
その途端、周りから拍手が聞こえ、朱莉が驚いて顔をあげる。
そういえば、ここは病院の待合室だ。昼休みとはいえ、入院している人や職員だっている、パブリックな場所だと、すっかり忘れていた。
恥ずかしくなって、でも嬉しくて、頬の熱を感じながら辺りを見回すと、こちらに近づく女性がいた。おめでとう、と微笑んでいるのは泉田だ。
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