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【後日談】普通と日常1
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「諒生、ただいまー。今日もご機嫌よく過ごせたかな?」
家に帰るとすぐにベビーベッドに直行する秋生の背中を見ながら、朱莉は小さく笑う。子どもが生まれる前から気づいていたけれど、本当に子どもが好きなのだろう。あれほど『愛してる』と言っていた朱莉をスルーして息子の諒生にまっすぐ向かうのだから、少し妬ましい。
結婚式は身内だけで小さく挙げた。披露宴もせず、写真を撮るだけの簡単なものになったのは、朱莉のつわりが思いのほか長く続いてしまって長時間人前にいることが出来なかったためだ。それでも先に妊娠したから何もしないのではなく、きちんと順序を追って幸せな事を朱莉に経験させたいと思ってしてくれたことには今でも感謝している。
ただ、秋生は本当に朱莉を大事にしすぎるのだ。
諒生が生まれてすでに三カ月経っているが、未だに職場に完全に復帰させてもらえていない。今は、週に一日の出社と他四日はリモートで仕事をしている状態だ。このリモートだって初めは『会社の内情を外で見れるようにするなんて』と上の方からは言われたが、自宅限定にすることと常にカメラをオンラインにしておくことでなんとか話が通ったのだ。秋生はそれすらも嫌がっていたが、仕事だから、と朱莉が押し切った。
幸い諒生はあまり手のかからない子で、今も泉田に貰ったベッドメリーを見上げて喜んでいる。
「そういえば、今日はぼくの方見て笑ってたんです、諒生」
秋生の傍に立ち、朱莉が言うと、ホントに? と秋生が驚いた顔をする。朱莉がそれに頷いた。まだ寝ている時間が多いけれど、段々と人間らしくなっていく我が子はなんだかすごく不思議で、でもとても愛しかった。
「出来ることがどんどん増えてすごいな……未熟児で生まれたとは思えないね」
「そうですね。毎日ちゃんと育ってて嬉しいです」
臨月に入る頃、検診でお腹の中の諒生が前回と比べて全く育っていないと告げられた。最悪のことも考えてその時は酷く落ち込んだけれど、泉田が『少し早いけど産んでしまおう』と判断し、諒生が生まれた。千グラムほどしかなかった諒生はその後一カ月ほど入院してから退院した。全体的に小さい子ではあったけれど、他に異常などはなく、今もすくすくと育っている。
だからだろう。余計に日々大きくなっていくことが何より嬉しいと思えた。当然秋生も同じ気持ちなのだと思う。
「うん、そうだね。もう何時間でも見てられる」
「それはいいですけど、ご飯はどうしますか?」
「うん、食べる。朱莉くんもまだ?」
「はい、待ってたので。今用意します」
今日はリモートの日だったので、午後五時を過ぎたらすぐに仕事を終えて家のことができる。通勤時間がないのはリモートのいいところだ。
この日の夕飯もあとは温めるだけなので、朱莉がそのままキッチンに立つ。秋生はそんな朱莉を振り返り、少し眉を下げた。
「無理してない? 朱莉くん……仕事に諒生の世話に、家事まで。僕もやるからいいんだよ」
「でも、普通はこれをこなすんですよね」
やって当然、とは言われないとは思うが、頭からやれないと否定はされたくない。少し意地になっているところもあるが、秋生のパートナーとして、諒生の母親として、二人が自慢できるような自分になっていたいとは思うのだ。それに、やっぱり秋生に、もう大丈夫だ、出産のダメージはもうないのだと思って欲しい。
「普通って……朱莉くんは普通じゃないよ」
秋生がこちらに向かい、朱莉をまっすぐ見やる。朱莉はその言葉を聞いて一度唇を噛み締めたが、すぐに秋生に視線を向けた。
家に帰るとすぐにベビーベッドに直行する秋生の背中を見ながら、朱莉は小さく笑う。子どもが生まれる前から気づいていたけれど、本当に子どもが好きなのだろう。あれほど『愛してる』と言っていた朱莉をスルーして息子の諒生にまっすぐ向かうのだから、少し妬ましい。
結婚式は身内だけで小さく挙げた。披露宴もせず、写真を撮るだけの簡単なものになったのは、朱莉のつわりが思いのほか長く続いてしまって長時間人前にいることが出来なかったためだ。それでも先に妊娠したから何もしないのではなく、きちんと順序を追って幸せな事を朱莉に経験させたいと思ってしてくれたことには今でも感謝している。
ただ、秋生は本当に朱莉を大事にしすぎるのだ。
諒生が生まれてすでに三カ月経っているが、未だに職場に完全に復帰させてもらえていない。今は、週に一日の出社と他四日はリモートで仕事をしている状態だ。このリモートだって初めは『会社の内情を外で見れるようにするなんて』と上の方からは言われたが、自宅限定にすることと常にカメラをオンラインにしておくことでなんとか話が通ったのだ。秋生はそれすらも嫌がっていたが、仕事だから、と朱莉が押し切った。
幸い諒生はあまり手のかからない子で、今も泉田に貰ったベッドメリーを見上げて喜んでいる。
「そういえば、今日はぼくの方見て笑ってたんです、諒生」
秋生の傍に立ち、朱莉が言うと、ホントに? と秋生が驚いた顔をする。朱莉がそれに頷いた。まだ寝ている時間が多いけれど、段々と人間らしくなっていく我が子はなんだかすごく不思議で、でもとても愛しかった。
「出来ることがどんどん増えてすごいな……未熟児で生まれたとは思えないね」
「そうですね。毎日ちゃんと育ってて嬉しいです」
臨月に入る頃、検診でお腹の中の諒生が前回と比べて全く育っていないと告げられた。最悪のことも考えてその時は酷く落ち込んだけれど、泉田が『少し早いけど産んでしまおう』と判断し、諒生が生まれた。千グラムほどしかなかった諒生はその後一カ月ほど入院してから退院した。全体的に小さい子ではあったけれど、他に異常などはなく、今もすくすくと育っている。
だからだろう。余計に日々大きくなっていくことが何より嬉しいと思えた。当然秋生も同じ気持ちなのだと思う。
「うん、そうだね。もう何時間でも見てられる」
「それはいいですけど、ご飯はどうしますか?」
「うん、食べる。朱莉くんもまだ?」
「はい、待ってたので。今用意します」
今日はリモートの日だったので、午後五時を過ぎたらすぐに仕事を終えて家のことができる。通勤時間がないのはリモートのいいところだ。
この日の夕飯もあとは温めるだけなので、朱莉がそのままキッチンに立つ。秋生はそんな朱莉を振り返り、少し眉を下げた。
「無理してない? 朱莉くん……仕事に諒生の世話に、家事まで。僕もやるからいいんだよ」
「でも、普通はこれをこなすんですよね」
やって当然、とは言われないとは思うが、頭からやれないと否定はされたくない。少し意地になっているところもあるが、秋生のパートナーとして、諒生の母親として、二人が自慢できるような自分になっていたいとは思うのだ。それに、やっぱり秋生に、もう大丈夫だ、出産のダメージはもうないのだと思って欲しい。
「普通って……朱莉くんは普通じゃないよ」
秋生がこちらに向かい、朱莉をまっすぐ見やる。朱莉はその言葉を聞いて一度唇を噛み締めたが、すぐに秋生に視線を向けた。
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