用心棒な家政夫

ハジメユキノ

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家族の在り方

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棗は秘書に私用で申し訳ないけれど早退させてもらいたいと言った。
「社長?顔色があまり良くないですよ?大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫。ありがとう…」
社長がありがとうだなんて…。秘書は誰にも心を許さない社長のいつもと違う様子に驚いていた。

「もしもし?織部?」
「はい。何ですか?俺、忙しいんですけど」
織部は急に母だと言って自分に近づいてきた棗に、簡単に心を許してはいなかった。誰も自分に本当のことを言ってくれなかった事をただただ怒っていた。父も母も、伊織にも。
「ごめんなさい。織部…。今から私と会ってくれないかしら…」
はぁ?この女、俺のことどこまで振り回せば気が済むんだよ!
「俺、今から伊織に会ってくる」
「お願い!その前に私の話を聞いて!」
「あんたが血の繋がってない父と母と兄がどれだけひどい人間か教えてくれたんだろ!復讐して何が悪いんだよ!」
電話の向こうの実の母だと言っていた女が泣いていた。俺に近づいて来たとき、こんな人が本当の母親なのかとがっかりしたほどプライドの高そうな女が、泣きながら俺を止めようとしている…。
「お願い。全ては私が間違っていたのよ…。全部私のせいにしていいから!だから、待って!」
電話の向こうで、止まらない涙で何を言いたいのか分からなくなっている母の言葉を織部はスマホを握り締めながら聞き続けていた。

……………………………………………………………………
伊織は糸の家で爽と安田の話を聞いていて、いてもたってもいられなくなっていた。
「僕、織部とちゃんと話さないと…」
「そうね。伊織くんにケガをさせようと人を雇ったのは、もしかしたら全てを知らないまま、誰かに間違った話を聞かされてしまったからかもしれないもの」
糸はボタンの掛け違いで起きた不幸だと思っていた。どんなに辛い話になってしまうとしても、子供には聞く権利がある。全てを聞いて考える権利があると。
「爽、安田くん。伊織くんについていってあげてくれない?」
「もちろん!」
「もちろんです!」
二人はほぼ同時に返事をした。糸はこの二人もそろそろねと一人微笑んだ。

「あっ、拓馬?」
「もしもし?母さん。何かあったの?」
「特に何もないけど、伊織くん、自分の問題に立ち向かいに行ったから」
「えっ?何それ?」
「爽と安田くんがついてるから安心して」
「いやいや。何なの?俺、いなくて大丈夫?」
糸は拓馬は伊織をどんだけ甘やかすつもりなのかしらと不安になった。
「伊織くんだって、解決しなきゃいけないことがあるの!全部やってあげてたら、伊織くんだって自信なくしちゃうでしょうが!」
「…。それはそうだけど…」
「とにかく、ちゃんと自分で解決させてあげて。伊織くんはきっと、自分の口であなたに報告したいと思うわよ」
「ん。分かった。じゃあ俺、行ってくる」
「はい。あなたこそケガしないように!しっかりはげみなさいね」
「はいはい。じゃあね、母さん」
拓馬は電話を切ると、解決したら伊織をどろどろに甘やかしてやろうと思っていた。それまでは我慢我慢!頭を切り替えて仕事に向かった。

………………………………………………………………
織部は仕方なく棗を待っていた。棗は待ち合わせた駅前のカフェに息を切らせながら走り込んできた。
「織部…。よかった…。」
棗の目には光るものが浮かんでいた。織部はその優しい顔にたじろいでいた。
「織部。私はずっと、あなたと無理やり引き離されたと思って、あなたの母である姉さんをずっと憎んでいたの。あなたの本当の父親の龍之介さんのこともないがしろにされたとずっと思っていた…」
そこまで一気に喋ると、織部を見つめた。織部を慈しむように。
「でも、姉さんが会いに来てくれた。ずっと私が避けていたから、もう18年ぶりかしら…。姉さんは私に幸せになってもらいたくて、わざわざ織部を引き取って私を新たな人生に送り出してくれていたの。織部のことも、とても大事に育ててくれて。あなたの本当の父親のことも間に合わなかったけれど、ちゃんと探してくれていた。伊織も織部に跡を継がせようと思ってたって…。あなたを育ててくれた人達は、冷たい人間なんかじゃなかったのよ」
泣きながらも必死に伝えようとしている棗の言葉は、織部の凍った心を溶かしつつあった。
「じゃあ、俺を育ててくれた父さんも母さんも悪くなかったんだ…。伊織も俺のこと認めてくれてたんだ」
体中を締め付けていた緊張が、溶けて消えていくのが分かった。怒りが張り付いていた背中は、呪いから解放されたかのように力無く丸まった。
「母さん。俺達、行かなきゃならないね…」
「織部…。ありがとう、私を母さんって呼んでくれて。じゃ、行きましょうか」
二人は織部が依頼した男が捕らえられている警察署に向かった。

……………………………………………………………………
伊織は、母から織部と叔母の棗が警察署にいると連絡を受けた。
「織部!」
「あっ…兄さん」
織部は伊織の顔をまともに見られなかった。まさか来てくれるとは思っていなかったらしい。
「伊織くん…」
「棗おばさん。ごめんなさい…。僕が話を聞いたときに織部にも教えてあげてれば、二人とも誤解しなくても済んだのに…」
棗は伊織の言葉にまた泣いてしまった。
「ごめんなさい…。織部を焚きつけたのは、私なの。自分は要らない人間なんだって思い込んでしまっていて…」
「兄さん。俺は兄さんの大事な手を傷つけようとした。俺には跡を継ぐ資格なんかないんだ…」
ごめんなさい、ごめんなさいと泣きながら謝る二人に伊織は言った。
「二人とも何言ってるの?僕は何にもされてないよ」
ヒラヒラと両手は無事ですよと見せると、
「織部、一緒に家に帰ろう。棗おばさんも。おじさんが待ってる…」
伊織が振り返ると、廊下の曲がり角から棗の夫である紀之が現れた。
「棗。迎えに来たよ。一緒に帰ろう」
「あなた…」
「僕たちも、もっと話をしないとね」
優しい顔で自分を見つめる夫に、棗は泣きながら頷いた。
二人は厳重注意で済んだ。捕まった男たちも伊織が被害届を出さなかった事もあって、罪に問われることもなかった。
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