用心棒な家政夫

ハジメユキノ

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取り戻された絆

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伊織と織部は手嶌家に戻ってきた。爽と安田はとりあえずここまでと、二人を送って帰っていった。
「伊織くん。電話くれたら迎えに来るからね」
「俺がね(笑)」
爽は安田の肩をバシッと叩きながら、
「いいでしょ!あたしの運転より確かなんだから!」
「冗談だよ。またね、伊織くん」
騒がしい二人がいなくなると、急に静かになった。
「兄さん…。家出るの?俺のせい?」
織部は心配そうに言った。
「織部、怒るよ。織部のせいなんてことは絶対ないから。僕は…。家を継がない。華道はやめないけど、僕は…。大切な人と一緒に生きていきたいんだ…」
織部は、この一件が起こるまで伊織の事を本当に慕っていたので、伊織がずっと一人の人を想ってきた事に気付いていた。でも、伊織は隠したいんだろうなと言わないで見守っていた。
「兄さんの部屋に飾ってあるよね。中学校の時の新聞記事」
「うん」
「俺、いいと思う。兄さんが誰を大切に想ってても」
「…。織部は気持ち悪いって思わないの?」
「別に、そんなの思わないよ。俺、兄さんの中身、好きだもん」
「中身?」
「そっ!中身(笑)」
伊織は、織部が自分を信じてくれていることが嬉しかった。泣きそうな顔をする伊織に、
「泣かないでよ。今から俺がおやじに泣かされるんだから(笑)」
織部の笑顔は以前と変わらない明るいものだった。
「そうだね(笑)」
「そうだねって…。助けてよ?」
「どうしよっかな(笑)」
「たのむよ…」
二人はそれぞれ、久しぶりにお互いの屈託のない笑顔を見たと思っていた。

織部は家に入った途端、自分の想像を超えるものを見た。おやじに殴られるんだろうなと思っていたのに、おやじは泣きながら俺を抱きしめていた。
「織部…。ごめんな…。俺のせいだ。俺が強引に引き取ったりしたから…」
母さんはおやじと俺を見て泣いていた。
「ちゃんと織部に話さなかった私が悪かったの…」
伊織は初めておやじが泣いている姿を見た。いつも威張ってて人の意見なんて耳にも入れず、泣くどころか笑ったとこすら見せたことのない人がボロボロになって泣いていた。
「伊織もすまん…。俺は家を繁栄させることばかり考えて、お前の気持ちも無視して跡目に付けると発表してしまった…。お前は織部に継がせたかったのにな…」
「父さん…」
「俺は今回、世間体ばかり気にする自分に本当に飽き飽きしたんだ。今、変わらなければ一生後悔すると思った…」
作之助は息子達に初めて頭を下げた。
「申し訳なかった。家のことは気にしなくていい。継ぐ者がいなくても、華道はなくならないだろ?美しいものに、家族のゴタゴタなんか似合わないもんな(笑)」
織部は父に向かって言った。
「もし許されるなら、俺はこの手嶌流を継ぎたい。兄さんを傷つけようとしたことは決して消えないし、俺はその事を一生背負って生きていかなくちゃならない。でも、それでも俺はこの流派を日本だけでなく、世界にも知ってもらいたいんだ」
「織部…」
作之助は一生分の涙を流してると思った。自分が思っているよりずっと、息子達は自分の足で人生をしっかり歩いていた。
伊織は大切な家族が、大切なものをそれぞれ取り戻したことが嬉しかった。そして、早く拓馬にこの幸せな気持ちを伝えたいと思っていた。

一晩実家に泊まり、夜中まで織部と話した。織部は高校を卒業する来年春に、イギリスに留学すると言った。
「語学ももちろんなんだけど、あっちの文化も学んでみたいんだ。将来、自分がこっちの文化を広める為にもね」
伊織は、自分の知らない弟の姿を初めて見た。織部はいつの間にか自分の道を切り開こうとしていた。
「兄さんは?これからどうするの?」
「僕?僕は…今まで華道については誰にも負けないくらいの英才教育を受けさせてもらって、これからは学んだことを生かせる仕事をしていこうと思ってる。だけど、同時に生け花以外のことは何も教えてもらわないでここまで来ちゃったんだ。だから、これからは家のことも自分で全部出来るようになりたい。不器用だから時間はかかると思うけど…」
織部は面白そうに笑った。
「何?なんで笑うの?」
「ごめん、だって…。花嫁修業みたいなこと言うから(笑)」
伊織はその瞬間、拓馬の顔が浮かんだ。そして、ぼわっと耳まで真っ赤になった。
「兄さんはほんと、可愛いね(笑)」
織部にまでからかわれて、伊織はちょっとムッとしてしまった。
「言ってろ!」
真っ赤になって怒っている伊織の横で、織部はごめんごめんと謝りながらもずっと笑い続けていた。

次の朝、伊織は両親に家を出ることを告げた。母は寂しそうだったが、二人とも快く送り出してくれた。
「伊織。今度一緒に住む人を連れてきてくれないか?」
「えっ?」
「母さんに聞いたんだ。多分伊織にはずっと想ってる人がいるって。ちょっとびっくりはしたが、伊織が幸せなら俺は何も言うことはない。だから…」
伊織は絶対反対されると思っていたから、黙って行こうと思っていた。なのに、父さんが認めようとしてくれていることを知って胸が詰まった。
「父さん…」
「伊織の事だから、誰にも言えなかったんだろう?」
「はい…。今度来るときは、二人で一緒に帰ってきます」

外に出ると、迎えの車は安田のものではなかった。初めて見るグリーンのランドローバーが待っていた。
「伊織。おかえり」
降りてきたのは拓馬だった。
「拓馬さん…。お仕事は?」
「もちろんちゃんと終わってから来たよ。伊織が俺に報告したいことが沢山あるだろうからって、安田くんが連絡してくれたんだ」
伊織の大好きな琥珀色の瞳が優しく微笑んだ。伊織の後ろには両親と弟の織部が立っていた。
「突然すみません。伊織さんを迎えに来ました、五十嵐拓馬と申します」
深々と一礼する拓馬に、家族一同呆然としていた。母の杏が最初に気を取り直して挨拶した。父の作之助も織部も杏につつかれて慌てて挨拶した。
「すみません。びっくりしてしまって…」
杏が無礼を詫びると、拓馬は微笑んだ。
「急に来たこっちがいけないんです。ご挨拶が遅くなっても失礼だと思ったものですから」
「伊織をよろしくお願いします」
家族三人が同時に同じ事を口にした。
「揃ったね」
織部が笑って言った。
「不器用な兄さんを宜しくお願いします」
まるで兄と弟が逆転したかのように織部がしっかりと挨拶するので、拓馬はちょっと笑いそうになってしまった。それに気付いた伊織がちょっとだけむくれた顔をした。
織部の挨拶のおかげか、緊張も解けて柔らかい空気になった。
「じゃあそろそろ行くね」
「またゆっくり遊びに来てね」
「はい。ありがとうございます」

二人が車に乗り込むと、三人は見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。
「伊織。伊織の家族もいい家族だね」
「はい。僕もそう思います」
伊織は拓馬が自分を迎えに来てくれたことを、控えめに言ってもすごくうれしく思っていた。
「拓馬さん。どうして迎えに来てくれたんですか?」
伊織が問いかけると、逆に質問が返ってきた。
「どうしてだと思う?」
運転中だから伊織の方は向かないが、目は優しいシワが垂れていた。
信号が赤に変わった。拓馬はサイドブレーキもかけた。
「会いたかったから。他に理由なんかないよ」
伊織は拓馬の腕に捕まった。周りの車に見えない所でキスが降ってきた。
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