ラストレター

ハジメユキノ

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芹の写真

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「今度はお前の家でな」
五代はすごく機嫌が良さそうだった。俺は反対に不機嫌だ。
「嫌だよ。お前を家に上げるのなんか…」
俺にそんなグイグイ来んなよ。
「何だよ。部屋汚いのか?」
「そうじゃない!何でお前を家に上げなきゃならない?」
「俺んち来ただろ?」
いやいや…。お前に呼ばれたんだよ!
「めし、旨かっただろ?」
それとこれと何の関係が?
「ホ、ホテルで充分だろ」
「ホテルは味気ないからイヤだ」
味家ないって、ヤるために俺と会うくせに。
「週末な。後で住所…あっ、俺知ってるわ」
そりゃそうだろ。お前に弁護頼んだんだから。
「何だ?週末まで待てないのか?」
「ち、違う!」
「したくなったら自分で広げてな(笑)」
「うるさい!」
赤くなって…。可愛いな。
「じゃあまたな。芹♡」
「名前呼ぶな!」
「せ~り。ゆうさくって可愛い声で呼んだくせに(笑)」
このヤロ。ヤってる時だけだっつーの。
もうこれ以上、こんな男にかまってらんねえ。持ってかれる…。
「本当に行かないと。じゃな、芹」
「このヤロ、名前呼ぶなって…」
優しく口を塞がれ、余韻を楽しむ間もなく五代は手を振って背中を向けて歩き去った。
残された俺は、セフレを何人も持ってる自分を忘れ、顔を赤くして呆然と見送っていた。
…………………………………………………………………
「鴨川、お前に撮って欲しいって依頼が来てるぞ」
俺の所属する出版社の直属のボスである杉山に呼ばれた。
「え!まじですか?」
「お前…。まじとか言ってんじゃない。若者かよ」
「すいません。俺のポートフォリオ見てくれたんですね」
「ああ。お前の作品気に入ったから広告で使いたいって」
「やった!いや~早速打ち合わせしてこないと!」
「先方から連絡来るから。それまではこれ。あいつと取材行ってくれ」
「分かりました!」
「現金な奴だなぁ…。まぁ、うれしいよな(笑)」
「はい(笑)」
「じゃ、頼んだぞ」

今日はまぁ、おめでたい話だ。旬の美人女優とこれまた今人気急上昇の俳優の熱愛。二人とも交際をオープンにしてるから、撮るって言っても隠れなくていい。なんか逆にこちらを利用して、人気を更に上げようって目論んでるらしく、1日二人の熱愛ぶりを素敵な写真に収めるっていう特集。今どきだな。
「今日は宜しくおねがいします」
もう夫婦みたいだな、この二人。
…………………………………………………………………
芹が口にした『りく』とは一体何者なのか?
俺は仕事の最中でも、その疑問が頭の片隅にシミのようにこびりついて気になって仕方なかった。来客と話していても、そこだけは別の回路でグルグルと考え続けていた。俺らしくない。自分以外の人間に時間を割くなんて。
「調べてみるか…」
自分の為だ。個人の事務所で所長が使い物にならなくなったら大変だからな。

芹の出身大学からもう一人、有名な写真家が出ていた。
「俺でも名前知ってるくらいだから、相当才能あるよな」
橋爪陸玖。
「はしづめ…りく?これでりくって読むのか」
ウィキペディアにも載るほどの人物。でも、確かこの人…。
生没年が書いてある。俺とそう変わらない人間で没年って。
戦場カメラマン
生没年…。ちょうど3年前か…。
某国の内乱を取材中、流れ弾に当たり死亡…。
前年、ピューリッツァ賞の受賞候補に上がるも受賞を逃していた。ピューリッツァ賞に一番近い若手カメラマンと謳われた才能が失われた事は悔やまれてならない…か。
『りく』は橋爪陸玖か?芹が悲しそうな顔でイクのは、この人と死に別れてしまった為なのか…?
「カメラマン同士の恋か…」
俺につけいる隙はあるのか?

「お邪魔します…」
きちんと片付いた玄関。今履いてきた靴さえすぐしまって、玄関は綺麗に掃き清められて、下駄箱の上には芹が撮ったものと思われる風景写真が飾られ、白い花が生けてあった。
「この写真は?」
「俺が撮ったんだ。綺麗だろ?」
本当に綺麗だ…。どこの景色なんだろう…。鏡のようにしんとした湖面にシルエットだけの森の木々、空に光る満月が映り込んでいる。
「凄いな…。パパラッチなんてやってるの、勿体ない…」
俺は、控えめに言って空いた口が塞がらない程、その景色に心を奪われていた。この男の何処にこんな美しいものが潜んでいるのか…。
「はは…。そんなに気に入ったなら、あげようか?」
「いいのか?」
「いいよ。だって、この前助けてくれたし」
帰るときに包んで持たせるからと、リビングに通された。
「コーヒーでいい?」
「ありがとう…。他にも芹の撮った写真、あるのか?」
懲りずに名前呼び…。
「…。見てどうするんだ?」
「いや…。あれだけ綺麗な景色が撮れるんだから、他のも見てみたいと思うのは…当たり前じゃないのか?」
見てみたい…?ふ~ん…。
「ポートフォリオがあるから、待っててよ。今持ってくる」
何なんだ?ただ、俺の撮った写真を褒められただけじゃないか…。何でこんなに嬉しいんだ?
赤くなった顔を見られないように、後ろ手にドアを閉めた。

「綺麗だな…。それに、笑った顔の写真は本当に幸せそうに見える。笑い声さえ聞こえそうだ…」
陸玖みたいな事を言う…。
「時間がそのまま切り取られて、ここにある…。なんて、くさすぎるか?(笑)」
この男の素顔は…。周りの人間から聞いたのと、違うな。写真に収めたら見えてくるかも…。
「今度…。俺の写真撮ってくれよ」
「えっ?」
考えてた事を…。
「ん?どうした?」
「いや…。高いぞ?いいのか?」
「いいよ。こんなに素敵になるんなら、俺も少しはいい人間に見えるかもしれないからさ(笑)」
「嘘だよ。お金なんて要らない。撮りたいと思ったものなら…」
「撮りたい…?」
「あっ…。どんな悪徳弁護士の顔が撮れるかと思って(笑)」
慌てて誤魔化したが、気付いただろうか?
「もう少し、時間を置いてからでいいよ」
何故かすごく嬉しそうに五代は言った。俺はこいつの本当の顔が見てみたいと思い始めている事に戸惑っていた。
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