ラストレター

ハジメユキノ

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「街の風景、夕暮れの太陽が間もなく沈む街並み、家路を急ぐ人々の背中…」
「家に帰りたくなる、団らんや晩酌を楽しみにしてるウキウキした気分になれるような…。そんな雰囲気が欲しいんですが…」
「下町がいいですか?それともオフィス街…?」
飲料メーカーの担当者は、一応のプランは持ってきたが頭を悩ませていた。代理店の担当者はラフスケッチを取り出して俺に見せてくれた。
「対比…ですか?なんて言うか、仕事を頑張った人達が鎧を脱ぎつつある…そんな雰囲気」
「じゃあ…。丸の内や有楽町、新橋…。日暮里…」
「坂道とかいいですね!夕日が落ちていく感じ」
夕焼け…。よく陸玖と写真撮ったな…。空の色がオレンジだけでなく、紫やピンクも混ざったグラデーションが写真に収まり、どっちが綺麗に撮れたか競った事を思い出した。
「夕焼けって、早く帰りたくなりますよね(笑)」
「お腹が空いてきたりね(笑)」
「今日のおかずは何かな?(笑)」
「鴨川さん。あなたの写真には、人々の想いみたいな目に見えないものがある…気がするんです。今回の企画にピッタリだなって。私、絶対この人に頼みたいって思ったんです」
「そこまで言って頂けるなら、俺が持ってる力、全部絞り出します(笑)」
「宜しくおねがいします」
「こちらこそ」
陸玖が褒めてくれた俺の写真…。こんなに他の人に認められるのって嬉しいんだね。
『笑った顔の写真…。笑い声さえ聞こえそうだ』
五代が笑った顔が浮かんだ。ふっと心が緩む自分がいた。
『好きだ』
空耳だと思った。優しい目で見る五代に言われたいと思っていたのかもしれない。だから空耳が聞こえたんだと。
『二度も言うかよ』
照れ隠しのようにぶっきらぼうに呟いた言葉に、空耳じゃなかった事を知った。
「鴨川さん?」
「あっ…すみません。褒められて嬉しくなっちゃって(笑)」
「噛みしめてました?」
「はい(笑)」
「鴨川さんと仕事できて、こちらもホントに嬉しいです」
「ありがとうございます」
「いいものにしましょうね」
「そうですね」
打ち合わせをしていたホテルのロビーには、様々な人々が行き交っていた。ふと陸玖が大きな荷物を抱えてチェックインする背中を思い出した。
『芹。行く前に泊まろうか』
出発前に必ず一晩中俺を抱いてくれた。
『芹の中にいると落ち着くんだ。ここが俺の帰ってくる場所なんだって』
陸玖がいなくなって空っぽになった俺の中を埋めるために、何人の人とやったんだろう。その時はいい。体を合わせている時は。でも…イった次の瞬間には一人になりたいと思った。早く陸玖と二人きりになりたいと。
『俺を見ろよ』
五代は何故か俺の真ん中に居座った。俺が何のためにいろんな人を抱いたり抱かれたりするのかを最初から見抜いていた。
『お前は俺の大切な人になるのか?』
あれは、夢じゃなかった。夢うつつな俺の髪を梳きながら五代が本当に言ってた…。
「俺は信じてもいいんだろうか?」
体から始まったくせに、愛おしそうな目で俺を見る。俺の中に陸玖がいることを知って、がっかりしたような顔をする。俺の写真を見て、毒気が抜けちまったと笑う。ドSのくせに甘やかすような優しいセックスをしてくれる…。
「信じるなんて…。俺らしくない」

その時、ロビーに知った顔が現れた。
「よお、芹。待ち合わせか?」
俺に五代を紹介してくれた奴だった。
「ああ。打ち合わせをしてたんだ」
「じゃあ、終わったとこ?」
「うん、まあ…」
男は俺を誘ってきた。
「久しぶりに…どう?」
俺の体を舐めるような目つきで見てくる。
「悪い…。今、ダメなんだ」
「そんなつれないこと言うなよ。誘ったらいつも悦んで…腰振ってただろ?」
ニヤニヤと笑う奴を見て、何で俺はこんな奴と悦んで寝ていたんだろうと思った。
「とにかくダメなんだ」
「なんだ。誰かいい奴できたのか?お前みたいな淫乱、真面目に付き合えるわけないだろ?」
「あ~。確かにそうだったけど、今は気分じゃないし、もうそういうのやめるんだ」
奴はニヤニヤ笑いを引っ込め、意地の悪い顔になった。
「俺に善がってたの、そいつに教えてやろうか(笑)」
俺の腕を掴んで耳元で囁いた。
「そんなの…困るだろ?だからさ、やろうぜ。俺がお前の体に思い出させてやるよ(笑)」
「誰に何を教えてやろうって?」
この声。
「こいつが淫乱だってことは知ってるし、誰とでも寝てたってのも知ってる。お前に聞いたからな」
「五代…。何でここに?」
「俺も仕事で来てたんだよ。芹が打ち合わせしてたのも見かけてた。後で声かけようと思ってたら、お前が芹を誘ってるようだったからさ。邪魔しに来た(笑)」
「何だよ…。お前も狙ってたのか(笑)奇遇だな…。じゃあ3人でやるか?」
五代は口許だけの笑いを浮かべた。
「やらねえよ。お前が引っ込めよ」
「何だと?」
「芹は俺への支払いが残ってる。俺専用だ」
「何だよ。お前、金で芹を買ったのか?」
「買うわけない。この前の成功報酬がやたらと高額なもんで、一生かかっても返せないだけだ(笑)」
「は?」
「だから、芹は俺専用って事だ。諦めな」
五代はそれだけ言うと、俺の手を掴んでロビーを後にした。恥ずかしいから離せと言ったが聞く耳を持たなかった。

そのままタクシーに乗せられ、俺は五代のマンションに連れて来られた。
「もう今日は帰る!打ち合わせしたのをまとめたいんだよ」
五代の顔は何故か怒っていた。
「俺んちでやれ」
「何で」
「お前を一人にしとくと心配だからだ!」
心配って…。さっき俺のこと淫乱って言ってたくせに。
「ここにいてくれ。俺の目の届くところに…」
「さっき俺のこと淫乱って言ってたくせに…」
五代は俺の腕を掴むと、自分の胸の中にすっぽりと包んだ。
「悪い。ああでも言わないとお前が困るだろうと思って」
「こまる?」
「俺がああ言えば、俺がお前の体だけを目当てだと思わせられるだろ?そうすれば仕方なく付き合わされてるって思わせておける」
「?」
「お前、俺のこと好きだろ」
「は?違う!お前の事なんか…」
「俺が悪者になれば、奴も諦めるだろ?お前に手を出そうとすると、俺が後ろにいるから」
何だかよく分からないけど。
「俺は…。お前とするのが好きなだけだ!」
五代は可笑しそうに笑った。
「強情な奴め。その口から必ず好きって言わせてやる(笑)」
ふざけんな!俺のこと淫乱って言ったくせに!
「じゃあ…。お前の好きなことするか(笑)」
「仕事したいんだよ!」

俺は…。自分が嫌になった。
「芹…体は正直だな」
馬鹿にしたような事を言うくせに、目が優しい。ああ…俺の馬鹿。
「固いし、トロトロだし…。可愛すぎんだよ」
どうしようもなく流されている。気持ちいい…。
キスされただけで痛いくらい勃っちゃったし、脳みそが働かなくなった。次はどこを触って唇が優しく愛してくれるか…分かってきてしまった。優しすぎんだよ…。もっとしてよ。どこまでも深く入ってきてよ…。
「芹…芹…」
あぁ…。負けた。言わないけど、俺はお前が好きなんだと思うよ。
「芹…好きだ」
俺は急に止まらない快感が一気にやって来て、意識を失いそうだった。
「好きだ」
「ば、ばか言うな…」
「好きだよ(笑)」
奥で五代の固いカリがごりっと擦るので、痺れて蕩けて…。
「もっと啼けよ。お前がイクの見ながら俺もイクから…」
「ゆうさく…」
「芹…好きだ…好きだよ、芹」
深く深く愛されて、俺は幸せがどんなものだったかを少しだけ思い出していた。
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