倫理観の叩き直しが必要です!

ハジメユキノ

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「長谷さん。その…、大丈夫か?」
一也が美月に声をかけた。よくここまで調べ上げたと思うし、その過程で耳に入ってきた辛すぎる事実に向き合ってきた美月が心配だった。
「えっ?」
「俺だって聞いてて辛い話だったから、君はもっと辛いだろうと思ってね。友人のことだし、女性にはその、そういう目に合うことは耐えられない事だと思うから…」
美月は一也が心から心配しているのを見て、本当は自分が少しだけ弱音を吐きたいと思っている事に気付いた。
「そうですね。自分の心と切り離して事実だけを見ようと思って耐えてきたように思います。紗江子がどんな思いでいたのか…。想像したら足が竦んでしまうと思ったから…」
一也には美月が一瞬小さく見えた。心細くて泣いてしまいそうな一人の女の子に。抱き締めて安心させてあげたいと思ったが、ほとんど初対面の自分に出来る事じゃないと踏みとどまった。
「辛かったら吐き出せばいい」
一也は美月の頭に優しく手を置いた。美月の瞳は灯りに反射して光っていた。
「今は吐き出しません。まだ戦いは終わっていませんから…」
一也は無意識のうちに美月の頭を抱き寄せていた。
「偉いな」
「…」
美月は嫌がるでもなく、そのまま立ち尽くしていた。一也は自分のシャツが少しだけ湿り気を帯びたのを感じていた。
……………………………………………………………………
「斎生。まず外堀から攻めていこうと思うの」
榊さんはボスから紹介してもらった性犯罪被害に詳しい女性弁護士を訪ねようとしていた。
「佐川圭祐と仲間の二人…」
「また誰かが被害を受ける前に手を打ちたいじゃない?」
僕たちが話し合っていると後ろから美月が首を突っ込んできた。
「あたしも行く」
「美月。あなたには見せたくない。私だって見るのが辛かったのよ」
「でも、どんなに辛くても紗江子をあんな目に合わせた奴らから逃げたくない!」
「美月…」
すると美月の後ろから一也がやって来た。
「榊さん。長谷さんも連れて行ってやってくれないか?俺もフォローする。紗江子さんの弔い合戦なんだろ?」
「もし、被害に遭った人達から話を聞くことがあったら、女の私がいた方がいいと思うの。辛いのは百も承知してる。お願いします」
僕もその方がいいと思った。
「斎生も…。そう思う?」
僕は黙って頷いた。
「美月…?ダメそうなときはちゃんと言うのよ?無理はしないでね…?」
「はい」
珍しく美月が素直に答えた。
「じゃあ…早速始めましょうか」

「よろしくお願い致します」
僕たちが会いに来たのは、ボスに紹介された弁護士の女性。
「お話は白戸様より伺っています。ご友人の方は…本当に残念でした…。そんな思いをする女性が少しでも減るように、私にお手伝いさせて下さい」
神白弁護士は性犯罪被害に精通したプロだった。僕たちが集めた情報を一緒に見てもらった。
「こんなに…。20人は下らないですね…」
「全て同じ所で撮られています。車の中で…。改造してるんでしょうか?車種が特定出来ればいいんですが」
「いつも女性は意識がない状態で…。証拠を残さない為か、指紋も体液も残さないようですね。酷すぎる…」
「同じ女性に手を出すことはしてないようなので、行きずりで相手を見つけて、一度きりなんでしょうね…」
「意識がないから自分でも本当にされたのか…。訴えるにも証拠がない」
「今まで検挙されなかったのは、被害届を出しづらい方法をとっているからじゃないでしょうか…」
「でも女性は…分かると思います。自分の体ですから」
「そうですよね。人知れず悩んでいる方は大勢いるはず…」
神白は立ち上がった。
「今から警察に行こうと思います。一緒に来て頂けますか?知り合いの刑事さんにまず聞いてもらいましょう」
……………………………………………………………………
鈴木経理課長は迷っていた。本当にこの会社を辞めようかと。
「もうあいつらに脅されるのも疲れたな…。どうせ今回もあの時と同じ…」
一人休憩室で缶コーヒーを飲みながら、窓から20年見慣れた景色を眺めていた。
「また就活すんのも面倒だけど…。このままだと俺まで」
「あの、ちょっといいですか?」
一人きりだと思い、独りごちていた鈴木は驚いた。
「わっ!」
コーヒーを少しこぼしてしまい慌てていると、榊がにっこりとハンカチを差し出した。
「そんなに驚かれると思いませんでした(笑)」
「あっ、すみません」
素直にハンカチを受け取った鈴木に、榊はこう言った。
「何かお悩みですか?」
「えっ?なんですか?」
「鈴木さん。あなたにちょっとお話があります。帰りに…に来て頂けますか?」
「…?」
「内密に…お願いします。あなたがここを辞めずにすむかも…しれません」
「僕の独り言…」
「ええ、聞こえてました。でも、その前からあなたのした事は分かっているんです。このままだとあなたは情報漏洩で訴えられても…」
「ま!待ってください!」
「では、来て頂けますか?」
鈴木は観念したように目をつぶり、黙って頷いた。
………………………………………………………………
「ここは…。あっ!西専務に白戸社長…」
「元専務に、元社長ですよ(笑)」
西さんがカウンターの向こう側で鈴木課長に蕎麦を用意していた。
「あの…。ここは?」
「ああ、とりあえずお蕎麦でも食べながら話しましょうか」
「でも、僕は…」
「確かにあなたが谷口紗江子さんの給与振込口座を、影山と佐川に漏らした事は許されない事です。そのために彼女は無実の罪を着せられた」
「も、申し訳ありません!」
鈴木は、椅子から転げ落ちるように三和土に頭をこすりつけて土下座をした。
「そんなことはしなくて結構。君が弱味を握られて、脅されていた事も掴んでいる…」
「えっ?」
白戸は鈴木にどうして今日ここに呼んだのかを話し始めた。
「影山と佐川をずっと内偵していました。その過程で君の存在が明らかになったんだよ」
「そ、それじゃ…。僕が何で脅されていたかも?」
榊がにっこり笑って頷いた。
「知っています。でも…。少なくとも私はあなたを馬鹿にしたり蔑んだりしません。人はそれぞれ秘密を抱えて生きているんですから」
「ぼ、僕は…」
「人は皆、どっちかに傾いてるんです。普通だって言う人だって、どこか歪んでいたりするものですよ」
鈴木は強ばっていた体から力が抜けていくのを感じていた。
「別にいいじゃないですか。恥ずかしい事なんて、みんな隠れてしてるんだし(笑)」
知らず知らず鈴木の頬が濡れていた。ずっと影山と佐川に馬鹿にされ、人格まで否定され続けた自分は恥ずかしい人間だと思っていた。それを榊が救ってくれたような気がした。
「でも、自分が知り得る立場にいるからといって、個人の情報を漏洩したことは許されません」
「はい…」
「他に知っていることがあったら、今のうちに話して頂けますか?」
榊はもうこちらが把握していることをわざと言わずに、鈴木の口から言わせた。やはり、次のターゲットは一也だった。
「あなたは口座番号を漏洩した以外のことは?」
「えっ?ぼ、僕は谷口さんと白戸さんの口座番号を漏らした以外は!それだけでも重いことなのに」
「他に何か知っていることは?」
鈴木は必死の形相で首を左右に振った。
「本当です!他には何も知らないんです…!」
「…。本当に?谷口さんが無実の罪だって…。あなたは知っていたのですか?」
「えっ?いや…。僕は…。佐川が結婚まで考えた女性が亡くなったのに、すぐ他の女性と婚約したり凄い時計付けてたり…。彼女が着服していたっていうのも、あいつらが仕組んだんじゃないかって…」
「思っていた?」
「はい…」
「警察には?」
「…すみません」
榊は鈴木が知っているのはここまでだとは予想していた。甘い汁を吸うのは自分たちだけ…。
「ねぇ鈴木さん。奴らの裏にももう一人いるようなんだけど、何か聞いたことは?」
「もう一人?」
やはりここまでか…。
「この事、その内証言してもらう時が来ると思います。その時まで…内密に願います。うちの会社の誰にも話さないで下さいね?」


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