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本編
2. それから、約二週間後
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それから、約二週間後。
ライラは生まれ育った家に戻っていた。
いや、「生まれ育った家」という表現は正確ではない。ライラはどこで生まれたのかわからない、孤児だったから。「育った家」が適切だろう。
森に捨てられていた赤ん坊のライラを、魔女ジェマイマが拾って育ててくれた。ちなみに「ライラ」という名前はジェマイマがつけてくれた。
かつてのジェマイマの住まい、つまりライラが育った家は、『うつせみの森』と呼ばれる森林地帯にある。
ジェマイマはすでに亡くなり、ライラが家を出てから五年以上の月日が流れていた。
森の中の一軒家といっても、小屋とかあばら屋と呼ぶほうがふさわしい。訪れる人は誰もおらず、長らく空けていたせいで、家はだいぶ傷んでいた。
木造平屋建て、部屋を隔てるドアや壁はなく、すべて繋がったワンルームだ。暖炉のある居間と寝室エリア、プラスもう一つ空きエリアがある。
庭に張り出したテラス屋根の下にキッチン兼作業場があり、焚き火をすることもできた。
広大な森すべてが庭みたいなもので、すぐ近くの川に洗い場があり、かつてジェマイマはそこにお風呂場を作り、畑で野菜を育てていた。
ライラは寝泊まりしながら家を修繕した。ツタやら草やら苔やらが室内まで侵食していたので、すべて引っこ抜き、あちこちに張られた蜘蛛の巣を払った。術を駆使して朽ちた建材やゴミを燃やし、ひたすら床と壁を修理した。
十日ほどかけて、ようやく人一人が暮らせる環境を整えられた。
あれから、パーティーメンバーからの音沙汰はない。ライラのほうも二度と接触するつもりはなかった。
黙々と家の補修をしている間、胸を覆っていた感情をなんと呼べばいいんだろう?
実は、少しほっとしていたのもある。肩の荷が下りたような寂しさ。長年の労苦が水の泡になった虚しさ。独りぼっちになった物悲しさ……
脳裏をよぎるのは冒険の思い出ばかりだ。辛く、嫌な思いもたくさんしたけど、楽しいこともあった。
なにがいけなかったのかな?
私、どこで道を間違えたんだろう?
思考は堂々めぐりする。怒りや悲しみよりも、なぜ? どうして? という疑問のほうが先に立つ。
怒っていいんだろうとは思う。
「魔王を倒すまでともに戦う」という契約を一方的に反故にされ、騙されて置き去りにされ、取り分の財産まで奪われたのだから。
けど、うまく怒れなかった。
うしろめたさがあったからだ。
彼らをあそこまで冷酷にさせた原因はきっと自分にある。
彼らがキツく当たるのはライラに対してだけで、他の人に対してはフレンドリーで優しい。
誰もが二面性を持つとしたら、ライラはいつも人の悪い面ばかり引き出してしまう。実はだいぶ前から気づいていて、そのことについて考えると気が滅入った。
いや、考える必要なんてない。
今はそれどころじゃないし、とにかく一人で生きていく目処を立てなければ。
目の前の作業に集中しよう!
ライラは我が家を見上げ、腕まくりをする。
さあ、住まいの次は仕事場だ。
まず居間の一角を診療所らしく設えた。空き部屋に棚とカウンターを置いて調剤室にし、森で採取した材料をもとにポーションや生薬をいくつか作った。
ここまでするのに、さらに数日を要した。
すべての準備を整えると、ライラは街へ出かけた。
露店、雑貨屋、薬局などを回ってポーションのサンプルを渡し、中央広場の掲示板に診療所開設のお知らせを貼った。
「これでよし、と。やれることは全部やったかな」
ライラは掲示板を眺め、独りつぶやく。あとは患者が来るのを待つばかりだ。
夕暮れどき、街からの帰り道、ライラは森の中を歩いていた。
「……ん?」
道の真ん中になにかが落ちている。
道と言っても、草ぼうぼうで落ち葉に覆われた獣道だが、なにか生き物らしきものうずくまっている。
魔物じゃないよね……?
恐る恐る近寄り、しゃがんでよく見てみると、銀灰色の幼獣だった。
「うわ。かわいいっ……!」
手のひらに載るぐらい小さく、ふわっふわの毛で覆われている。オオカミか山犬の赤ちゃんだろうか? 目を閉じてスヤスヤと寝入っていた。
きゃー! もっふもふの毛玉みたい!
つい目をハートにして見入ってしまう。
「……あれ? この子……」
よく見たら、傷だらけだし、少し様子が変だ。
毛玉は寒そうに微かに震えていた。寝ているのではなく、ぐったり気絶している。どうやら生命力が尽きかけているらしい。
「えっと……。この子の親は……?」
周りを見渡してみても、鬱蒼とした木立が広がるばかりだ。親らしき動物の姿は見当たらない。
運悪くはぐれてしまったんだろうか?
どうしよう? 治癒してあげたいけど……
野生の獣に関わるのは躊躇してしまう。幼獣に触れたりエサをあげたりすると、生態系に悪影響を及ぼしかねない。
遠くから、獣のものとも魔物のものとも区別のつかない、奇妙な鳴き声が聞こえてくる。
このままこの子をここに放置したら、魔物か猛禽類に食べられてしまうだろう。
ライラの脳裏で、パーティーに置き去りにされた自分自身と、目の前の幼獣の姿が重なる。
さんざん悩んだあげく、ライラは幼獣をそっと抱き上げ、家に連れて帰ることにした。
ライラは生まれ育った家に戻っていた。
いや、「生まれ育った家」という表現は正確ではない。ライラはどこで生まれたのかわからない、孤児だったから。「育った家」が適切だろう。
森に捨てられていた赤ん坊のライラを、魔女ジェマイマが拾って育ててくれた。ちなみに「ライラ」という名前はジェマイマがつけてくれた。
かつてのジェマイマの住まい、つまりライラが育った家は、『うつせみの森』と呼ばれる森林地帯にある。
ジェマイマはすでに亡くなり、ライラが家を出てから五年以上の月日が流れていた。
森の中の一軒家といっても、小屋とかあばら屋と呼ぶほうがふさわしい。訪れる人は誰もおらず、長らく空けていたせいで、家はだいぶ傷んでいた。
木造平屋建て、部屋を隔てるドアや壁はなく、すべて繋がったワンルームだ。暖炉のある居間と寝室エリア、プラスもう一つ空きエリアがある。
庭に張り出したテラス屋根の下にキッチン兼作業場があり、焚き火をすることもできた。
広大な森すべてが庭みたいなもので、すぐ近くの川に洗い場があり、かつてジェマイマはそこにお風呂場を作り、畑で野菜を育てていた。
ライラは寝泊まりしながら家を修繕した。ツタやら草やら苔やらが室内まで侵食していたので、すべて引っこ抜き、あちこちに張られた蜘蛛の巣を払った。術を駆使して朽ちた建材やゴミを燃やし、ひたすら床と壁を修理した。
十日ほどかけて、ようやく人一人が暮らせる環境を整えられた。
あれから、パーティーメンバーからの音沙汰はない。ライラのほうも二度と接触するつもりはなかった。
黙々と家の補修をしている間、胸を覆っていた感情をなんと呼べばいいんだろう?
実は、少しほっとしていたのもある。肩の荷が下りたような寂しさ。長年の労苦が水の泡になった虚しさ。独りぼっちになった物悲しさ……
脳裏をよぎるのは冒険の思い出ばかりだ。辛く、嫌な思いもたくさんしたけど、楽しいこともあった。
なにがいけなかったのかな?
私、どこで道を間違えたんだろう?
思考は堂々めぐりする。怒りや悲しみよりも、なぜ? どうして? という疑問のほうが先に立つ。
怒っていいんだろうとは思う。
「魔王を倒すまでともに戦う」という契約を一方的に反故にされ、騙されて置き去りにされ、取り分の財産まで奪われたのだから。
けど、うまく怒れなかった。
うしろめたさがあったからだ。
彼らをあそこまで冷酷にさせた原因はきっと自分にある。
彼らがキツく当たるのはライラに対してだけで、他の人に対してはフレンドリーで優しい。
誰もが二面性を持つとしたら、ライラはいつも人の悪い面ばかり引き出してしまう。実はだいぶ前から気づいていて、そのことについて考えると気が滅入った。
いや、考える必要なんてない。
今はそれどころじゃないし、とにかく一人で生きていく目処を立てなければ。
目の前の作業に集中しよう!
ライラは我が家を見上げ、腕まくりをする。
さあ、住まいの次は仕事場だ。
まず居間の一角を診療所らしく設えた。空き部屋に棚とカウンターを置いて調剤室にし、森で採取した材料をもとにポーションや生薬をいくつか作った。
ここまでするのに、さらに数日を要した。
すべての準備を整えると、ライラは街へ出かけた。
露店、雑貨屋、薬局などを回ってポーションのサンプルを渡し、中央広場の掲示板に診療所開設のお知らせを貼った。
「これでよし、と。やれることは全部やったかな」
ライラは掲示板を眺め、独りつぶやく。あとは患者が来るのを待つばかりだ。
夕暮れどき、街からの帰り道、ライラは森の中を歩いていた。
「……ん?」
道の真ん中になにかが落ちている。
道と言っても、草ぼうぼうで落ち葉に覆われた獣道だが、なにか生き物らしきものうずくまっている。
魔物じゃないよね……?
恐る恐る近寄り、しゃがんでよく見てみると、銀灰色の幼獣だった。
「うわ。かわいいっ……!」
手のひらに載るぐらい小さく、ふわっふわの毛で覆われている。オオカミか山犬の赤ちゃんだろうか? 目を閉じてスヤスヤと寝入っていた。
きゃー! もっふもふの毛玉みたい!
つい目をハートにして見入ってしまう。
「……あれ? この子……」
よく見たら、傷だらけだし、少し様子が変だ。
毛玉は寒そうに微かに震えていた。寝ているのではなく、ぐったり気絶している。どうやら生命力が尽きかけているらしい。
「えっと……。この子の親は……?」
周りを見渡してみても、鬱蒼とした木立が広がるばかりだ。親らしき動物の姿は見当たらない。
運悪くはぐれてしまったんだろうか?
どうしよう? 治癒してあげたいけど……
野生の獣に関わるのは躊躇してしまう。幼獣に触れたりエサをあげたりすると、生態系に悪影響を及ぼしかねない。
遠くから、獣のものとも魔物のものとも区別のつかない、奇妙な鳴き声が聞こえてくる。
このままこの子をここに放置したら、魔物か猛禽類に食べられてしまうだろう。
ライラの脳裏で、パーティーに置き去りにされた自分自身と、目の前の幼獣の姿が重なる。
さんざん悩んだあげく、ライラは幼獣をそっと抱き上げ、家に連れて帰ることにした。
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