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本編
47. それから
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それから、数日後の夕刻。
ライラは杖を手に、ルビウスに向かって術を詠唱していた。
「……冥府の支配者たるザデスよ。汝が影を鎖となし、抗う愚者を奈落へと誘え!」
暗く、救いのない情念がライラの心中を駆けめぐる。一瞬、心が折れそうになるのを堪え、怨念のようなそれを指先に集中させる。
闇術……私にも使えるはず!
渾身の念を杖に載せて放った。
「冥鎖幽縛《リガメン・テネブラエ》!」
ふにゃっ、と地面からか細い闇の鎖が出現し、ルビウスの足首にくるんと巻きつく。
「ふむ……」
ルビウスが軽く足を上げただけで、闇の鎖はいとも簡単にブチっと切れ、灰になって消失した。
「うーむ。やはり理解が浅い。闇術の上っ面だけ、たぶん理解しました、というような実にささやかな威力であるな」
ルビウスは渋い顔をしているが、ライラは衝撃を受けすぎてそれどころではない。
「……でっ、できたっ! 私にも闇術が使えたっ……!」
ライラは驚きのあまり二の句が継げない。信じられない。まさか本当に使えるとは……
「ふん。今のはお世辞にも使えたという基準には程遠いがな」
苦言を呈すルビウスの両手を、ライラはがしっと掴んだ。
「ありがとう! あなたを信じてよかった! 本当にあなたの言う通りだった! 私にも双極術が使えた!」
ライラの声は大きくなる。
「エレメントは対立なんてしてないんだね? お互いが支え合ってるんだね? あぁ、この世界はなんて素晴らしいんだろう!」
ライラの感動は止まらない。この森の景色がいつもより輝いて色鮮やかに見えた。
対立なんてどこにもなかった。光も闇も火も水も風も土も、相互に作用し合い、補完しながら存在しているのだ。
ライラは世界中に「やったー!」と叫びたい気分だ。
そんなライラを、ルビウスはおかしそうに見つめていた。
◇ ◇ ◇
私にも闇術が使えた!
いよいよ私も双極術師になれたんだ!
ライラはわくわくしていた。「対立するエレメントの術を使うのは不可能」というのが世の常識だった。当たり前だったし、前提を疑ったこともなかった。
それが、まさか、双極術が誰にでも使えるとは……
まるで世界の秘密を一人だけ知れたような、奇跡を目にしたような気分だ。
誰かに言いたくて見せたくて堪らなかったけど、土壇場で踏みとどまった。
……危険かもしれない。
根掘り葉掘り聞かれ、ルビウスの存在がバレてしまうかもしれない。万が一、神殿やギルドに知られたら、禁忌を犯したととがめられるかも……
きっと、不可能だとされているのには理由があるはずだ。過去の魔物憑き狩りや魔王討伐令の例もある。王権や神殿の利権絡みだとしたら、触れるのは危険だ。慎重に立ち回ったほうがいい。
次の休診日にライラは街の図書館を一人で訪れた。
この日、ルビウスは「城の見回りをしてくる」と言い残し、影渡りしていった。こうして、たまに様子を見に帰っているのだ。
図書館は神殿に併設されている。神殿図書館と呼ばれ、膨大な写本コレクションを有し、写本の保存と製作に力を入れている。
原則、貸し出しは行なっておらず、鎖のついた写本の閲覧のみ可能だ。利用は神官と王族、一部の貴族に限られる。そして、術師のライセンスを持つ者も利用が許されていた。
ライラは書庫に足を踏み入れ、双極術に関する本を探した。
うーん……見当たらないなぁ。
エレメントに関する解説書は無数にあるが、対立エレメントや双極術に言及した本はない。
双極術の理論はヴィアゴさんが提唱したんだっけ……
そこで、図書管理をしている管理人に問い合わせてみた。管理人は蔵書の整理と目録を作成している神官だ。
「ヴィアゴ、ヴィアゴ、Viagoですね。うーん……」
管理人の神官は目録をめくりながら、浮かない顔をした。
「どうやら、ほとんど禁書になっているようですね。残念ですが、閲覧はできません」
「禁書……そうですか……」
宗教的あるいは文化的なタブーに触れているのか。あるいは、反王権的だったとか……
なら、双極術について調べるのは不可能なんだ。これまで、どんな研究がされてたのか、歴史が知りたかったのになぁ……
ライラが肩を落としていると、管理人の神官が訝しそうな顔をした。
「このような禁書の知識を……いったい、なにに使うつもりなんです?」
「あー、いやいやいや。えーとですね……。私、実はポーションを製造販売しておりまして。その、ポーションの材料について調べたくてですね。あの、魔物のカケラも材料になるんですが、魔物の研究が禁止されてるのは重々承知でして、まぁ閲覧可能な範囲で調べたいなー……なんて。ヴィアゴが魔物研究をしていたって噂を聞いただけなんです。はい」
ちょっと苦しいか……?
ライラがヒヤヒヤしていると、管理人の神官は不審げに目を細めた。
「まぁ、ポーション作りが目的なら構いませんが……。あまり禁書の内容に深入りされると、あなたを通報しなければなりません」
「あっ! そうですよね! そんなつもりはぜんぜんなくて! すみません、お手数おかけしました……」
通報されたらかなわない。ライラは尻尾を巻いて退散するしかなかった。
ライラは杖を手に、ルビウスに向かって術を詠唱していた。
「……冥府の支配者たるザデスよ。汝が影を鎖となし、抗う愚者を奈落へと誘え!」
暗く、救いのない情念がライラの心中を駆けめぐる。一瞬、心が折れそうになるのを堪え、怨念のようなそれを指先に集中させる。
闇術……私にも使えるはず!
渾身の念を杖に載せて放った。
「冥鎖幽縛《リガメン・テネブラエ》!」
ふにゃっ、と地面からか細い闇の鎖が出現し、ルビウスの足首にくるんと巻きつく。
「ふむ……」
ルビウスが軽く足を上げただけで、闇の鎖はいとも簡単にブチっと切れ、灰になって消失した。
「うーむ。やはり理解が浅い。闇術の上っ面だけ、たぶん理解しました、というような実にささやかな威力であるな」
ルビウスは渋い顔をしているが、ライラは衝撃を受けすぎてそれどころではない。
「……でっ、できたっ! 私にも闇術が使えたっ……!」
ライラは驚きのあまり二の句が継げない。信じられない。まさか本当に使えるとは……
「ふん。今のはお世辞にも使えたという基準には程遠いがな」
苦言を呈すルビウスの両手を、ライラはがしっと掴んだ。
「ありがとう! あなたを信じてよかった! 本当にあなたの言う通りだった! 私にも双極術が使えた!」
ライラの声は大きくなる。
「エレメントは対立なんてしてないんだね? お互いが支え合ってるんだね? あぁ、この世界はなんて素晴らしいんだろう!」
ライラの感動は止まらない。この森の景色がいつもより輝いて色鮮やかに見えた。
対立なんてどこにもなかった。光も闇も火も水も風も土も、相互に作用し合い、補完しながら存在しているのだ。
ライラは世界中に「やったー!」と叫びたい気分だ。
そんなライラを、ルビウスはおかしそうに見つめていた。
◇ ◇ ◇
私にも闇術が使えた!
いよいよ私も双極術師になれたんだ!
ライラはわくわくしていた。「対立するエレメントの術を使うのは不可能」というのが世の常識だった。当たり前だったし、前提を疑ったこともなかった。
それが、まさか、双極術が誰にでも使えるとは……
まるで世界の秘密を一人だけ知れたような、奇跡を目にしたような気分だ。
誰かに言いたくて見せたくて堪らなかったけど、土壇場で踏みとどまった。
……危険かもしれない。
根掘り葉掘り聞かれ、ルビウスの存在がバレてしまうかもしれない。万が一、神殿やギルドに知られたら、禁忌を犯したととがめられるかも……
きっと、不可能だとされているのには理由があるはずだ。過去の魔物憑き狩りや魔王討伐令の例もある。王権や神殿の利権絡みだとしたら、触れるのは危険だ。慎重に立ち回ったほうがいい。
次の休診日にライラは街の図書館を一人で訪れた。
この日、ルビウスは「城の見回りをしてくる」と言い残し、影渡りしていった。こうして、たまに様子を見に帰っているのだ。
図書館は神殿に併設されている。神殿図書館と呼ばれ、膨大な写本コレクションを有し、写本の保存と製作に力を入れている。
原則、貸し出しは行なっておらず、鎖のついた写本の閲覧のみ可能だ。利用は神官と王族、一部の貴族に限られる。そして、術師のライセンスを持つ者も利用が許されていた。
ライラは書庫に足を踏み入れ、双極術に関する本を探した。
うーん……見当たらないなぁ。
エレメントに関する解説書は無数にあるが、対立エレメントや双極術に言及した本はない。
双極術の理論はヴィアゴさんが提唱したんだっけ……
そこで、図書管理をしている管理人に問い合わせてみた。管理人は蔵書の整理と目録を作成している神官だ。
「ヴィアゴ、ヴィアゴ、Viagoですね。うーん……」
管理人の神官は目録をめくりながら、浮かない顔をした。
「どうやら、ほとんど禁書になっているようですね。残念ですが、閲覧はできません」
「禁書……そうですか……」
宗教的あるいは文化的なタブーに触れているのか。あるいは、反王権的だったとか……
なら、双極術について調べるのは不可能なんだ。これまで、どんな研究がされてたのか、歴史が知りたかったのになぁ……
ライラが肩を落としていると、管理人の神官が訝しそうな顔をした。
「このような禁書の知識を……いったい、なにに使うつもりなんです?」
「あー、いやいやいや。えーとですね……。私、実はポーションを製造販売しておりまして。その、ポーションの材料について調べたくてですね。あの、魔物のカケラも材料になるんですが、魔物の研究が禁止されてるのは重々承知でして、まぁ閲覧可能な範囲で調べたいなー……なんて。ヴィアゴが魔物研究をしていたって噂を聞いただけなんです。はい」
ちょっと苦しいか……?
ライラがヒヤヒヤしていると、管理人の神官は不審げに目を細めた。
「まぁ、ポーション作りが目的なら構いませんが……。あまり禁書の内容に深入りされると、あなたを通報しなければなりません」
「あっ! そうですよね! そんなつもりはぜんぜんなくて! すみません、お手数おかけしました……」
通報されたらかなわない。ライラは尻尾を巻いて退散するしかなかった。
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