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2. 清良の言葉を
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清良の言葉を意に介さず、怜一郎は冷静に切り出した。
「先月の中旬頃になります。砂関さん宛てに遺贈通知書をお送りしました。届いていたはずですが、今月に入っても返事がなかったので二週間ほど前に改めて同じ内容の通知書を送付しております」
「イゾウ……通知書、ですか?」
聞き慣れない言葉に清良は首を傾げる。今初めて聞いた言葉だ。見たこともない。
「そんなの受け取ってませんけど……」
癖なのだろうか。怜一郎はわずかに左眉を釣り上げる。驚きとも呆れともつかない表情で。
「いえ。二通目は内容証明でお送りしています。届いているはずです」
そんな郵便物、届いてたっけ……?
清良は首を傾げたまま記憶をたどる。清良の自宅は、ここ砂関モータースの工場の二階にある。清良個人宛ての郵便と、会社宛ての郵便は同じポストに届くため、清良がすべて目を通している。そんな文書が届いたら見落とすはずはない。
「遺贈者は日向野尊。私の祖父です。遺言執行人は日本橋にある、鳥海法律事務所の鳥海茂雄弁護士。遺贈金を受け取るかどうか、鳥海先生にご連絡いただくよう明記してあったはずですが?」
「いえ。私、本当に知らないんですけど……」
「今月の初めに鳥海先生から電話がありましたよね? ここ、砂関モータースの事務所に」
トリウミ? 電話? 今月の初め……?
本当に身に覚えがない。毎日業者から山ほどDMが届くし、セールスの電話もかかってくるので埋もれてしまった可能性はある。
困惑する清良を、怜一郎はしばらく冷ややかに見つめたあと、こう言った。
「二千万円ですよ。決して印象に残らない金額ではないと思いますが」
二千万円……
脳の記憶の回路がカチリとつながり、清良は思わず「あーっ!」と声を上げた。
「二千万! 二千万円、ありましたね! たしかにそんな書留を受け取りました。少し前に」
それを聞き、怜一郎は呆れたように息を吐く。
「あー、すみません。たしかに受け取ってたんですけど、とっさにそれとこれとがつながらなくて。日向野っていう名前、私勝手にヒュウガノって読んでたんです。ほら、遺贈っていう漢字もあまり馴染みがないじゃないですか。ぱっとイゾウって読めなかったし」
清良は言いながら、空中に指で「遺贈」と書いてみせる。
「だから、いきなり話をされてもあの書類の件だとは気づきませんでした」
書類はざっと眺めただけでじっくり読んだわけじゃない。日向野なんて聞いたこともない名前だし、内容もやけに難しそうで、「ふーん」くらいの感想しか抱かなかった。
「受け取っていたなら、なぜ回答するのを怠ったんです?」
怜一郎の言葉に、清良は思わず笑ってしまった。
「いや、怠ったって……。いきなり二千万円あげますよって言われて真に受ける人います? 二千万ですよ? 普通に詐欺だと思いましたけど」
「だが、本当に詐欺かどうか確認すべきだろう?」
苦言を呈する怜一郎を、清良は笑い飛ばした。
「えー、やだ。そんなこと絶対しませんよ! 明らかに怪しかったですもん。下手に電話して情報を抜かれたり、ブラックリストに載ったりするのも嫌ですし。最近すっごく多いんですよ、フィッシング詐欺。手口もいろいろあって、『抽選に当たりました』とか、『現金差し上げます!』とかいうメール送ってきたり、宅配業者になりすましてSMS送ってきたり、料金が未納ですとか言って電話してきたり……」
「君は法的な権限を持つ弁護士からの正式な文書と、詐欺業者からのDMの区別もつかないのか?」
怜一郎の皮肉に、清良はやれやれと両手を腰に当てる。
「まぁ、わざわざ文書を作って内容証明で送ってくるなんて、凝ってるなーとは思いましたけどね。金額も百万や二百万ならまだしも、二千万なんてリアリティないですし。だから、印象には残ってますよ」
怜一郎は淡々と告げた。
「誤解があるようなので申し上げておきます。その件は事実です。私の祖父が砂関モータースに二千万円を遺贈したいと、遺言を残したんですよ」
詐欺にしては時間とお金がかかってるな、と清良は感心する。それに人員も割いている。
とすると、この日向野ホールディングスの名刺も偽物なんだろうか? 本物っぽいロゴが入っていてよくできているけど。
「ちょっと……信用できないですね。申し訳ないんですけど」
申し訳なく思う筋合いもないが、清良はとりあえず言う。このやり取り、いつまで付き合わないといけないんだろう?
怜一郎は不快そうにわずかに顔をしかめて言った。
「二千万円、いらないんですか?」
まるで脅しみたい。清良の目つきは険しくなる。
「あの、何度も言いますけど、私忙しいんですよ。警察を呼びますよ?」
怜一郎は顔色一つ変えずに即答した。
「どうぞ。早く警察を呼んでください」
堂々としているどころか、むしろ偉そうですらある怜一郎の態度を見て、清良はふと察した。
え? もしかして、これってまさか……本当の話なの?
この人のおじいさんが本気でうちにお金を遺したの?
いやいやいや。そんな訳ない。二千万円だぞ、騙されるな。こうやって詐欺被害に遭う人は年々急増しているのだ。
けど、今の彼の態度……。警察を呼んでくれてまったく構わない、むしろ呼んでくれたほうが身の潔白が証明できるといわんばかりだ。
そもそもこの男、あまりに一流のオーラを放ち過ぎて、詐欺業者に見えない。品のある威風堂々とした振る舞いが日向野ホールディングスの副社長にふさわしい。
待て待て待て。そもそも詐欺師なんだから、本物に見えるのは当たり前。こうやって時間とお金をかけ、闇バイトを巧みに使って詐欺組織は暗躍するのだ。決して騙されてはならない……
怜一郎はあきらめたように、腕時計をチラリと見た。ファッションに疎い清良でさえ知っている、スイスの高級ブランドの時計だ。
もし詐欺師なら、小物まで凝ってるなと感心してしまう。本物のエリートビジネスマンっぽい。
清良は腕時計をしない。スマートフォンを見れば事足りるからだ。付き合いのある、周りの人たちもそうだった。
「砂関さん、今夜予定はありますか?」
唐突に聞かれ、清良は「特にありません」と反射的に答えてしまう。
「なら、一緒に食事でもどうですか? もちろん私がごちそうさせていただきます。その場で私の祖父のことや遺贈の経緯についてお話ししますので。会計上の処理についても気になるでしょうし」
予定がないと言ってしまったことを後悔しながら、清良は声を上げた。
「そんな! 急に言われても無理ですよ。忙しいんです。今夜も作業が詰まってて遅くなりますし……」
「待ちますよ。何時まででも」
怜一郎は有無を言わせぬ口調で言う。そして、名刺を指差して念を押した。
「仕事が終わったら、携帯に電話してください。そこに書いてありますから」
「先月の中旬頃になります。砂関さん宛てに遺贈通知書をお送りしました。届いていたはずですが、今月に入っても返事がなかったので二週間ほど前に改めて同じ内容の通知書を送付しております」
「イゾウ……通知書、ですか?」
聞き慣れない言葉に清良は首を傾げる。今初めて聞いた言葉だ。見たこともない。
「そんなの受け取ってませんけど……」
癖なのだろうか。怜一郎はわずかに左眉を釣り上げる。驚きとも呆れともつかない表情で。
「いえ。二通目は内容証明でお送りしています。届いているはずです」
そんな郵便物、届いてたっけ……?
清良は首を傾げたまま記憶をたどる。清良の自宅は、ここ砂関モータースの工場の二階にある。清良個人宛ての郵便と、会社宛ての郵便は同じポストに届くため、清良がすべて目を通している。そんな文書が届いたら見落とすはずはない。
「遺贈者は日向野尊。私の祖父です。遺言執行人は日本橋にある、鳥海法律事務所の鳥海茂雄弁護士。遺贈金を受け取るかどうか、鳥海先生にご連絡いただくよう明記してあったはずですが?」
「いえ。私、本当に知らないんですけど……」
「今月の初めに鳥海先生から電話がありましたよね? ここ、砂関モータースの事務所に」
トリウミ? 電話? 今月の初め……?
本当に身に覚えがない。毎日業者から山ほどDMが届くし、セールスの電話もかかってくるので埋もれてしまった可能性はある。
困惑する清良を、怜一郎はしばらく冷ややかに見つめたあと、こう言った。
「二千万円ですよ。決して印象に残らない金額ではないと思いますが」
二千万円……
脳の記憶の回路がカチリとつながり、清良は思わず「あーっ!」と声を上げた。
「二千万! 二千万円、ありましたね! たしかにそんな書留を受け取りました。少し前に」
それを聞き、怜一郎は呆れたように息を吐く。
「あー、すみません。たしかに受け取ってたんですけど、とっさにそれとこれとがつながらなくて。日向野っていう名前、私勝手にヒュウガノって読んでたんです。ほら、遺贈っていう漢字もあまり馴染みがないじゃないですか。ぱっとイゾウって読めなかったし」
清良は言いながら、空中に指で「遺贈」と書いてみせる。
「だから、いきなり話をされてもあの書類の件だとは気づきませんでした」
書類はざっと眺めただけでじっくり読んだわけじゃない。日向野なんて聞いたこともない名前だし、内容もやけに難しそうで、「ふーん」くらいの感想しか抱かなかった。
「受け取っていたなら、なぜ回答するのを怠ったんです?」
怜一郎の言葉に、清良は思わず笑ってしまった。
「いや、怠ったって……。いきなり二千万円あげますよって言われて真に受ける人います? 二千万ですよ? 普通に詐欺だと思いましたけど」
「だが、本当に詐欺かどうか確認すべきだろう?」
苦言を呈する怜一郎を、清良は笑い飛ばした。
「えー、やだ。そんなこと絶対しませんよ! 明らかに怪しかったですもん。下手に電話して情報を抜かれたり、ブラックリストに載ったりするのも嫌ですし。最近すっごく多いんですよ、フィッシング詐欺。手口もいろいろあって、『抽選に当たりました』とか、『現金差し上げます!』とかいうメール送ってきたり、宅配業者になりすましてSMS送ってきたり、料金が未納ですとか言って電話してきたり……」
「君は法的な権限を持つ弁護士からの正式な文書と、詐欺業者からのDMの区別もつかないのか?」
怜一郎の皮肉に、清良はやれやれと両手を腰に当てる。
「まぁ、わざわざ文書を作って内容証明で送ってくるなんて、凝ってるなーとは思いましたけどね。金額も百万や二百万ならまだしも、二千万なんてリアリティないですし。だから、印象には残ってますよ」
怜一郎は淡々と告げた。
「誤解があるようなので申し上げておきます。その件は事実です。私の祖父が砂関モータースに二千万円を遺贈したいと、遺言を残したんですよ」
詐欺にしては時間とお金がかかってるな、と清良は感心する。それに人員も割いている。
とすると、この日向野ホールディングスの名刺も偽物なんだろうか? 本物っぽいロゴが入っていてよくできているけど。
「ちょっと……信用できないですね。申し訳ないんですけど」
申し訳なく思う筋合いもないが、清良はとりあえず言う。このやり取り、いつまで付き合わないといけないんだろう?
怜一郎は不快そうにわずかに顔をしかめて言った。
「二千万円、いらないんですか?」
まるで脅しみたい。清良の目つきは険しくなる。
「あの、何度も言いますけど、私忙しいんですよ。警察を呼びますよ?」
怜一郎は顔色一つ変えずに即答した。
「どうぞ。早く警察を呼んでください」
堂々としているどころか、むしろ偉そうですらある怜一郎の態度を見て、清良はふと察した。
え? もしかして、これってまさか……本当の話なの?
この人のおじいさんが本気でうちにお金を遺したの?
いやいやいや。そんな訳ない。二千万円だぞ、騙されるな。こうやって詐欺被害に遭う人は年々急増しているのだ。
けど、今の彼の態度……。警察を呼んでくれてまったく構わない、むしろ呼んでくれたほうが身の潔白が証明できるといわんばかりだ。
そもそもこの男、あまりに一流のオーラを放ち過ぎて、詐欺業者に見えない。品のある威風堂々とした振る舞いが日向野ホールディングスの副社長にふさわしい。
待て待て待て。そもそも詐欺師なんだから、本物に見えるのは当たり前。こうやって時間とお金をかけ、闇バイトを巧みに使って詐欺組織は暗躍するのだ。決して騙されてはならない……
怜一郎はあきらめたように、腕時計をチラリと見た。ファッションに疎い清良でさえ知っている、スイスの高級ブランドの時計だ。
もし詐欺師なら、小物まで凝ってるなと感心してしまう。本物のエリートビジネスマンっぽい。
清良は腕時計をしない。スマートフォンを見れば事足りるからだ。付き合いのある、周りの人たちもそうだった。
「砂関さん、今夜予定はありますか?」
唐突に聞かれ、清良は「特にありません」と反射的に答えてしまう。
「なら、一緒に食事でもどうですか? もちろん私がごちそうさせていただきます。その場で私の祖父のことや遺贈の経緯についてお話ししますので。会計上の処理についても気になるでしょうし」
予定がないと言ってしまったことを後悔しながら、清良は声を上げた。
「そんな! 急に言われても無理ですよ。忙しいんです。今夜も作業が詰まってて遅くなりますし……」
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