魔術書記官の苦悩~転生した彼女はあきらめることを知らない~

YUKI

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第一話 「前世」

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 金森 美恵。
 それが私の名前。

 横浜のほうでとある会社の経理をしており目まぐるしい毎日を送っていた。

 普通こういうのは充実しているというのだろうか。
 だが、私に充実感なんてみじんもない。


「金森さーん、これ明日までによろしくね」

「金森せんぱーい、私ぃこれから合コンなんでぇ、あとお願いしますぅ」


 個人が発揮できるパフォーマンスをかなり超える仕事量。
 そして夜になると


「金森君、頼むよぉ、あんま残業しないでよねぇ」


 私が受けている嫌がらせを知っているにもかかわらず目を背けていた部長が厭味ったらしく声をかけてくる。
 早くタイムカードを切れという圧力に反抗する気持ちも……。
 任される仕事を断る行動も……。

 今の私にはない。
 すべてあきらめた。
 仕方がない、これが社会だと。 いつか終わると、呪文のように言い聞かせて。

 そして珍しく休日が取れたある日のことだった。


「おひさー、美恵ひさびさに飲まない?」


 学生時代よくしてくれた友人からの電話だった。
 うきうきとした気分で言ったのが間違いだった。

 今更すべてにあきらめていた私が今更持ち直そうとしたのがいけないのだ。


「○○ちゃんはさ、今何やってるの?」

「あ、私? 私はねーーーーじゃじゃ~ん! ついに漫画家にデビューしましたー!」

「す、すごいね……」

「美恵はもう書いてないの?」

「う、うん……もう、書いてないかな」


 漫画家……私がいつしか無理だとあきらめた夢。
 安定もしないだろうし、私なんて才能ないだろうしとあきらめたその夢を大切な友人がかなえていた。

 うれしかった。
 だがそれ以上に私は私に怒れた。

 なんであきらめたんだと。

 でも影を差すように私が私にささやくのだ。
 あきらめたのはお前で、これからもずっとあきらめ続けるのだと。
 ゆっくりゆっくりと落ちていくんだと。

 漫画家になった友人と飲んでから、私はまた一段とあきらめるようになっていた。
 絶対に6時間はとるようにしていた睡眠時間は4時間になり。
 仕事後のゲームも、趣味の読書も、そして友達と遊ぶのも……。

 人間なのに人間じゃないような。
 たまにもういらないとゴミ箱に捨てられる小さく擦り減った消しゴムが自分の同類に思えてきた。

 そんな気持ちだったからだろうか。
 私の一生は不意に終わりを告げる。

 真夜中の交差点。
 ひき逃げに会い、私は地に伏せていた。
 だれも心配することなくゆっくりと時は過ぎてゆく。

 もうあきらめようかーーーー。

 そう思った時だった。
 今まで押し殺されていた自分が叫びだす。

『あきらめるって何? これ以上何をあきらめるの? あきらめていいことがあったの?』

 ーーーーでも、しょうがない。
 私にはあきらめないようにする力がないから……

『あきれた。結局そうやって楽しようとするんだ。自分が不幸であることを引き換えに楽を選ぶんだ』

 わ、私は何も楽なんて!!

『してるよ、楽。誰かに歯向かえば角が立つし、夢を追えば目の前に立つ壁の高さに恐れるようになる』

 だ、だから私は自分を押し殺して……!

『それは逃げてるだけ。誰かから向けられる怒りに、理想と現実の落差から、あなたは逃げているだけ』

 ……。
 逃げて、る……。

『その結果がこれ。ねぇ、何か意味があった?あきらめる人生で楽しかった?』

 楽しくない……。
 もうこんな惨めな思いなんてしたくない。

 言ってやる。
 会社で無理やり仕事を押し付けてくるあいつらにも、厭味ったらしい部長にも!
 もううんざりだって!

 もうあきらめない。
 逃げ出さない!
 だから私はーーーー!

 カバンから顔を出している携帯に手を伸ばす。
 携帯に触れて救急車を呼ぶだけ、今が私の人生のスタートなんだ!
 もうあきらめてやるもんか!!

 ……。
 ……。
 ……。


 
 ぷつりと意識が切れる音がした。




 ぼんやりとした視界、白い靄の中、誰かが目の前から近づいてくる。
 だんだんとその輪郭はくっきりとし始めた。


「誰……?」


 小さな子供……。
 大体5,6歳だろうか。

 すると小さな子はこちらを指さし、ぼそりとつぶやく。


「あ、思い出した……」


 つぶやいた言葉とともに目が覚める。
 まだふわふわと夢心地な感覚。

 焦点が合うように徐々に頭の中で思う動きと感覚がつながり始める。


「ここは……、いや私は……」


 記憶が混濁する。
 
 私が思い出せるのは確か……そうだ、車にひかれて……。
 いや、でも私はさっきまで両親と一緒にご飯を……。


「あぁ、私転生したんだ……」


 聞いてことも、見たこともない。
 だけど、頭が勝手にそう理解する。
 

「……疲れた、寝よ」


 この日、私は前世での暮らしも含めて一番気持ちよく満足いくまで眠った気がした。
                                                    
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