6 / 89
6.家を出たつもりはありません
しおりを挟む
「家を出たつもりはありません」
「宮廷を飛び出してきた…?」
と、すかさず切り返す。この切り返しで、アーヘルゼッヘの頭が冷えた。飛び出したのには理由があった。おびえて人間の町で立ちつくすために飛び出してきたわけじゃない。
「宮廷を飛び出したわけではありません」
と言った。飛び出したのは、北の館だ。
人間の言うような宮廷は、北大陸には存在しない。だから、嘘を言っているわけではない。男は北の者に詳しい。しかし、それほど詳しいわけではないのかもしれない、とアーヘルゼッヘは思った。安心したような、がっかりしたような不思議な気分になった。
人間など相手にしない。相手にしてもすぐに消えてしまうからだが、覗き込むようにして見上げる目には力があった。アーヘルゼッヘ達が好む強い光があった。
おかげで、すぐ最近まで闘っていた相手で、さらに、こちらを警戒して尋問している相手だと言うのに、つい、うっかり見とれてしまった。男は、その隙を狙ったかのように、
「それで、我らが町に、何用でしょう?」
と再び聞いた。アーヘルゼッヘがつい、
「訪ね人を探しています」
と告白した。
「お訪ね者を?」
「犯罪者ではありません。ただ、希少な方で」
「北の方ですか」
「ええ。そうです」
「この町には、いませんよ」
「知っています」
男が片眉をあげた。それでは、なぜここに来たんだ、と言う顔だった。アーヘルゼッヘは、これだから人間は、と少しばかり思った。力を知らない者を相手にすると、イライラするものなのだ、と僅かばかり高慢に思った。しかし、声は丁寧に、
「ここに来て、私は見まわしました。なのに、北の者は見つかりません」
「音がないということですか」
「ええ、そうです。音がない、と言うことです」
と言いながら、アーヘルゼッヘは考え込んだ。希少な方だった。気配を隠すのは一流だと言う。ここにいるという噂も、噂にしか過ぎず、だから、いないだろうと思ったのだが。もしも、人間に溶け困るほど気配を巧みに隠していたら、と不安になった。
「背の高い、人間らしくない人間はいませんか?」
とアーヘルゼッヘが窺うように問うと、男は首を左右に振った。
「北の方は珍しいんですよ」
と言った。恐怖に遠巻きにする人々がいる。確かに、北の者に慣れているようには見えない。
「噂は? この近くに、北の方が現れた、と言う噂は聞いたことはありませんか?」
「この近く? ありませんな」
「本当に?」
「人間が現れても噂になりますよ。なにせ、砂漠の真ん中です」
と男が言うと、アーヘルゼッヘは力を抜いてうなずいた。
「そうですよね。やっぱり、いないのですよね」
そのつぶやきに、男は軽くうなずいた。そして、そこで立ち上がる。杖は飾り物らしい。寄りかかる様子もなく、ステッキのように石畳にトンと付く。アーヘルゼッヘと同じくらいの長身で、ピンとした背が軍人らしさを表している。しかし、どこか優雅すぎるような気がした。
「それで、これからどうなさいます?」
「あなたに言う必要がありますか?」
とアーヘルゼッヘが尋ね返した。実際は、どうすればいいのか思いつかないだけだった。すると男は杖の手をあげ、ぐるりと杖で周囲を指示した。
「これほど、町がざわめいていて、ほおっておけるものでもないのですよ」
「これほど?」
あたりは遠巻きに見ている人々だけだ。声高に話している者さえいない。
「ええ。ご覧なさい。ほら」
と男が杖を通りに向けると、徐行していた馬車が止まった。
「宮廷を飛び出してきた…?」
と、すかさず切り返す。この切り返しで、アーヘルゼッヘの頭が冷えた。飛び出したのには理由があった。おびえて人間の町で立ちつくすために飛び出してきたわけじゃない。
「宮廷を飛び出したわけではありません」
と言った。飛び出したのは、北の館だ。
人間の言うような宮廷は、北大陸には存在しない。だから、嘘を言っているわけではない。男は北の者に詳しい。しかし、それほど詳しいわけではないのかもしれない、とアーヘルゼッヘは思った。安心したような、がっかりしたような不思議な気分になった。
人間など相手にしない。相手にしてもすぐに消えてしまうからだが、覗き込むようにして見上げる目には力があった。アーヘルゼッヘ達が好む強い光があった。
おかげで、すぐ最近まで闘っていた相手で、さらに、こちらを警戒して尋問している相手だと言うのに、つい、うっかり見とれてしまった。男は、その隙を狙ったかのように、
「それで、我らが町に、何用でしょう?」
と再び聞いた。アーヘルゼッヘがつい、
「訪ね人を探しています」
と告白した。
「お訪ね者を?」
「犯罪者ではありません。ただ、希少な方で」
「北の方ですか」
「ええ。そうです」
「この町には、いませんよ」
「知っています」
男が片眉をあげた。それでは、なぜここに来たんだ、と言う顔だった。アーヘルゼッヘは、これだから人間は、と少しばかり思った。力を知らない者を相手にすると、イライラするものなのだ、と僅かばかり高慢に思った。しかし、声は丁寧に、
「ここに来て、私は見まわしました。なのに、北の者は見つかりません」
「音がないということですか」
「ええ、そうです。音がない、と言うことです」
と言いながら、アーヘルゼッヘは考え込んだ。希少な方だった。気配を隠すのは一流だと言う。ここにいるという噂も、噂にしか過ぎず、だから、いないだろうと思ったのだが。もしも、人間に溶け困るほど気配を巧みに隠していたら、と不安になった。
「背の高い、人間らしくない人間はいませんか?」
とアーヘルゼッヘが窺うように問うと、男は首を左右に振った。
「北の方は珍しいんですよ」
と言った。恐怖に遠巻きにする人々がいる。確かに、北の者に慣れているようには見えない。
「噂は? この近くに、北の方が現れた、と言う噂は聞いたことはありませんか?」
「この近く? ありませんな」
「本当に?」
「人間が現れても噂になりますよ。なにせ、砂漠の真ん中です」
と男が言うと、アーヘルゼッヘは力を抜いてうなずいた。
「そうですよね。やっぱり、いないのですよね」
そのつぶやきに、男は軽くうなずいた。そして、そこで立ち上がる。杖は飾り物らしい。寄りかかる様子もなく、ステッキのように石畳にトンと付く。アーヘルゼッヘと同じくらいの長身で、ピンとした背が軍人らしさを表している。しかし、どこか優雅すぎるような気がした。
「それで、これからどうなさいます?」
「あなたに言う必要がありますか?」
とアーヘルゼッヘが尋ね返した。実際は、どうすればいいのか思いつかないだけだった。すると男は杖の手をあげ、ぐるりと杖で周囲を指示した。
「これほど、町がざわめいていて、ほおっておけるものでもないのですよ」
「これほど?」
あたりは遠巻きに見ている人々だけだ。声高に話している者さえいない。
「ええ。ご覧なさい。ほら」
と男が杖を通りに向けると、徐行していた馬車が止まった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
ここは少女マンガの世界みたいだけど、そんなこと知ったこっちゃない
ゆーぞー
ファンタジー
気がつけば昔読んだ少女マンガの世界だった。マンガの通りなら決して幸せにはなれない。そんなわけにはいかない。自分が幸せになるためにやれることをやっていこう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる