北大陸のアーヘルゼッヘ

ふみはなえ

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6.家を出たつもりはありません

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「家を出たつもりはありません」
「宮廷を飛び出してきた…?」
と、すかさず切り返す。この切り返しで、アーヘルゼッヘの頭が冷えた。飛び出したのには理由があった。おびえて人間の町で立ちつくすために飛び出してきたわけじゃない。
「宮廷を飛び出したわけではありません」
と言った。飛び出したのは、北の館だ。

人間の言うような宮廷は、北大陸には存在しない。だから、嘘を言っているわけではない。男は北の者に詳しい。しかし、それほど詳しいわけではないのかもしれない、とアーヘルゼッヘは思った。安心したような、がっかりしたような不思議な気分になった。

人間など相手にしない。相手にしてもすぐに消えてしまうからだが、覗き込むようにして見上げる目には力があった。アーヘルゼッヘ達が好む強い光があった。

おかげで、すぐ最近まで闘っていた相手で、さらに、こちらを警戒して尋問している相手だと言うのに、つい、うっかり見とれてしまった。男は、その隙を狙ったかのように、
「それで、我らが町に、何用でしょう?」
と再び聞いた。アーヘルゼッヘがつい、
「訪ね人を探しています」
と告白した。
「お訪ね者を?」
「犯罪者ではありません。ただ、希少な方で」
「北の方ですか」
「ええ。そうです」
「この町には、いませんよ」
「知っています」

男が片眉をあげた。それでは、なぜここに来たんだ、と言う顔だった。アーヘルゼッヘは、これだから人間は、と少しばかり思った。力を知らない者を相手にすると、イライラするものなのだ、と僅かばかり高慢に思った。しかし、声は丁寧に、
「ここに来て、私は見まわしました。なのに、北の者は見つかりません」
「音がないということですか」
「ええ、そうです。音がない、と言うことです」
と言いながら、アーヘルゼッヘは考え込んだ。希少な方だった。気配を隠すのは一流だと言う。ここにいるという噂も、噂にしか過ぎず、だから、いないだろうと思ったのだが。もしも、人間に溶け困るほど気配を巧みに隠していたら、と不安になった。

「背の高い、人間らしくない人間はいませんか?」
とアーヘルゼッヘが窺うように問うと、男は首を左右に振った。
「北の方は珍しいんですよ」
と言った。恐怖に遠巻きにする人々がいる。確かに、北の者に慣れているようには見えない。

「噂は? この近くに、北の方が現れた、と言う噂は聞いたことはありませんか?」
「この近く? ありませんな」
「本当に?」
「人間が現れても噂になりますよ。なにせ、砂漠の真ん中です」
と男が言うと、アーヘルゼッヘは力を抜いてうなずいた。
「そうですよね。やっぱり、いないのですよね」
そのつぶやきに、男は軽くうなずいた。そして、そこで立ち上がる。杖は飾り物らしい。寄りかかる様子もなく、ステッキのように石畳にトンと付く。アーヘルゼッヘと同じくらいの長身で、ピンとした背が軍人らしさを表している。しかし、どこか優雅すぎるような気がした。

「それで、これからどうなさいます?」
「あなたに言う必要がありますか?」

とアーヘルゼッヘが尋ね返した。実際は、どうすればいいのか思いつかないだけだった。すると男は杖の手をあげ、ぐるりと杖で周囲を指示した。

「これほど、町がざわめいていて、ほおっておけるものでもないのですよ」
「これほど?」
あたりは遠巻きに見ている人々だけだ。声高に話している者さえいない。
「ええ。ご覧なさい。ほら」
と男が杖を通りに向けると、徐行していた馬車が止まった。
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