北大陸のアーヘルゼッヘ

ふみはなえ

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12.逃げ出して来た者だ

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あの「下がりなさい」と言う声は、永遠に館に来るなと言う意味だった。

「はい」と応えれば、アーヘルゼッヘは二度とあそこへ戻れなくなる。そのくらい、強烈な言葉の波を持っていた。アーヘルゼッヘは、その瞬間、世界を飛んだ。あの場所から、飛び出していた。答える前に逃げたのだ。

「戻れるだろうか…」
とつぶやくと、戻りたい、と言う思いが湧き上がってくる。戻るには、成人しなければならない。成人するには成鳥を見つけなくてはならない。北では姿を消したという、万年の時を生きている北の者を。

「会えばわかるはずだ」
とアーヘルゼッヘはつぶやいた。成鳥に、成人するための最後の一押しをしてもらわなければならない。

アーヘルゼッヘは肩をぽんと叩かれた。飛び上るほど驚いた。こんなに簡単に、レヘルゾンに触る者は、北の大陸には存在しない。ましてや、北の者に直に触るような人間は、きっとほとんどいないだろう。人間は、北の者に恐怖を感じるらしいから。

目の前の白髪の男は、気軽にアーヘルゼッヘの肩を叩いて、苦い顔で笑った。

「と言うことで、あなたはしばらく私の客人になっていただく」
「と、言うことで?」
「聞いていなかったのか?」
とあきれた声で言われた。

ほんの一瞬、物思いに浸っていたと思っていたが、ずいぶん考え込んでいたらしい。

アーヘルゼッヘは、慌てて、時間に耳を澄ました。力を使うわけではない。つまりは、自然に圧力をかけるわけではない。漂う音の余韻に耳を澄まして、ここ数分の声を拾う。離れて散っていく音へ、静かに耳を傾ける。

アゼルとの話のあとだ。チウの声が聞こえだす。彼は、周囲に話しかけていた。
「北大陸との仲介者として、大祭を、祝いに来てくれた方だ!」
声は響いて、広場の中でこだまする。
「大祭のために、おいでになられた」
と建物から見下ろしている人々に聞こえるように大声を上げていた。通りのざわめきに対しても聞こえるように、
「大祭は、大陸の違いを超えて、世界をたたえる大事な祭りだ。この町に、仲介者がくるほどの祭りである!」
と怒鳴っていた。

これが聞こえていなかったとは、とアーヘルゼッヘは自分であきれた。時を戻して、空間の中で思い出に浸っていたようなものだ。アーヘルゼッヘは軽く頭を下げた。そして言った。
「嘘はよくない」
「嘘じゃない」
今、目の前にいる、チウが言った。

「私は仲介者ではない」
「北大陸から来たお方でしょう」
「逃げ出して来た者だ」
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