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23.パソンと言う少女
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「まあ、お従兄様! ひどい。私は嫌だと申したのに」
若々しいと言うより、幼い女性の声がアーヘルゼッヘの腕の中でした。アーヘルゼッヘは目を開ける。
ソンは、まぶしさに目を閉じた。しかし、恐ろしい気配を感じ、すぐに開いた。開いた時には、目の前に、少女を抱えたアーヘルゼッヘが立っていた。ふくれっ面の黒髪の少女が、重厚な金糸銀糸で織られた着物に包まれて、アーヘルゼッヘの腕の中で暴れていた。
パソンと言う少女だった。皇家出身の巫女で、年は十四。母方の血筋が、チウの家とつながっていて、従妹と言うことになる。正確には、もっと離れた遠縁らしいのだが、便宜上従妹と呼んでいるらしい。
「私の母は、恐れ多くも天神の血を引く御家柄です。その高貴な容姿に誰もがため息をついたと言うほどです」
月が照らす、入口近くのテラスで、衛兵たちが運んだお茶を手に、少女はソファーに座っていた。固い木の椅子に目を見張り、素朴な刺繍のクッションを物珍しそうな顔でいじっていたが、緑の香りが気に入ったらしい。機嫌よく背筋を伸ばして腰かけて、自分のことを語っていた。
「私は、父の宮殿に引き取られて育ちましたけれど、本当は母の離れの宮で過ごす時間の方が多かったのです。ですから、巫女姫として、こうやって、お役目を果たすだけの素養を育てることができたのです」
と誇らしそうな声だった。
都から一瞬にして、連れてこられたのに、全く落ち着いたものだ。アーヘルゼッヘは、都に住む帝都の地位のある人間は、北の力を日常でも使っているのかもしれない。と考えた。
そして、そんなに南の大陸で生きる北の者が多かったのかと考え込んだ。大戦のあと、外交関係でわずかに行き来があるだけだと信じていたのだ。
パソンは、上品な少女だった。一度腰かけた後は、足を横にそろえて伸ばして、カップを手にする時にもそっと手を伸ばすだけで、腰から下がほとんど動かない。上半身も全く揺れない。目線がわずかに動く程度だ。が、その目線自身は雄弁だった。
少女は、二口すすって、あまりお気に召さなかったようだが、何も言わずに、口からカップを遠ざけた。香りもあまり気に行ってはいなかったらしい。確かに野戦用のやかんで入れたお茶は鉄の香りが漂っていた。パソンは、カップを膝の上へ戻すと、
「それで、お従兄様は?」
と言って、周囲を見てからアーヘルゼッヘをまっすぐに見返した。
あれから。チウはどこにもいなかった。チウの家人もいなかった。屋敷中の回廊を、衛兵たちが駆け巡ってチウを探した。回廊の下の森の茂みも、屋敷の周囲一帯も。回廊の屋根も、登れる場所は木の上も。
砂漠にぽつりとある森に、泉を囲んで屋敷が建っているだけで、人っ子一人いなかった。屋敷にいたのは、駈け込んで来たアーヘルゼッヘとソン達と、遠い都に手をのばして、アーヘルゼッヘが引き寄せた、都の姫巫女だけだった。
「わかりません」
とアーヘルゼッヘが答えると、
「そう」
と言って黙り込んだ。カップを膝に置いているが、揺れているように見える。手が震えているのかと思うと、ソーサーを持ち上げて脇にあるティボードへ置いてしまった。アーヘルゼッヘは、まじめに、真剣に、少女に言った。
「都にお返しするわけにはまいりません」
「なぜでしょう?」
「チウが、あなたを逃がしたいと思ったからです」
「頼まれてあなたが手を貸したから、とおっしゃるのですね」
「いいえ。頼まれてはいませんが・・・」
「何ですって!」
と言って、パソンは顔をまっすぐ上げた。顎を引いて、睨むようにアーヘルゼッヘの目を見つめた。
「すぐにわたくしを帝都へお戻しください」
「それはできません。と先ほど申し上げました」
「北の方が、南に手出しをしてよいのですか? なんの依頼もなく力を使ってよいとでも思っておられるのですか? それこそ、先の大戦で交わされた終結条約をお忘れですか!」
まだ、四つになるかならずかの頃の大陸間の条約を、少女はしっかり学んでいた。もちろん、アーヘルゼッヘは当時の情勢を、北の館ですごしながら肌で感じて見聞きしていた。
人間への真摯な約束と、人間が欲しいと言う膨大な量の紙の証書を取り交わしたのだ。証書は、アーヘルゼッヘも作るのを手伝った。破ろうと思えば、簡単に破れる紙に書いて、いったい何の効力があるのだろう、と思ったものだが。それが、何代にもわたって記憶を語り継がなければならない、命の短い人間達の編み出した知恵だった。
「私は彼の友人です。彼が望むことをして、それが条約違反になるとは思えません」
「そんな。子供のような言い訳が成り立つとでも御思いですか!」
そばで聞いていたソンは、まるで、少女が子供に言って聞かせているように見えた。その子供と言うのは、穏やかな顔の紳士のように見える女性で、たぶん、ここにいる誰よりも齢を重ねているはずだった。
アーヘルゼッヘは、軽く笑って、パソンをいなした。
「友情と条約は別物です。そう、協定には書かれています」
「そんないい加減な話を、わたくしが信じるとでも思っているのですか?!」
「信じてください。北の者はそうでなければ、約束などできません」
「あなたがたは、何でも、そんな感情ばかりに頼って…」
と悲しいため息混じりの声だ。もちろん、十四の少女の口からだ。まるで、老齢な大人の声音のように聞こえた。
アーヘルゼッヘは、まっすぐパソンを見た。人間は、理性的でありたいと望んでいる。と聞いている。もちろん、自分だって理性的だと思いたい。北の屋敷を飛び出したことはこの際脇へ置いておいて、アーヘルゼッヘは、丁寧に、自分たちのことを語った。
「人間には見えない心の波が見えるのです。見えるものを見えないふりして過ごすわけにはまいりません。友ともなれば、心を開いた相手の声です。耳をふさぐようには、心の声をふさぐすべはありません。苦しめば自分も苦しく、悲しめば自分も悲しむ。友の悲しみのために命を落とすものもいます。条約には、友のためには例外である、とうたわない限り、我らは恐ろしすぎて約束はできないのです」
ソンには不思議な話だった。友情も大切で、友が心を痛めると自分も痛める。それは人間も同じである。しかし、そう言って、そう口実にして攻めることもできる。これでは、いくらでも口実を与えることになってしまう。
「もちろん、書かれたものの中にはありません。立ち会った者達の中で確認した内容です」
「それでは、ないのも同じこと」
と言ったのは、パソンだった。ソンもうなずいて、
「書かれていない約束はないのと同じです」
アーヘルゼッヘはほほ笑んだ。
「あの時立ち会った人間も同じことを言いました。しかし、我らはそう言って協定を結んだのです。その時には、口頭での約束ならと人間も受け入れましたが、協定は有効です」
「しかし、当事者を集めて確認しなければ、それが有効かどうかなんてわかりません」
パソンの気難しい声に、アーヘルゼッヘは首を左右に振った。
「お忘れですか? われわれ北の者の中には、嘘をつけないものがいます。レヘルゾンと言うありすぎる力にとらわれている者達です」
自分もその一人なのだが、レヘルゾンは北の館に認められている者達だ。誇り高い、北の主に忠誠を誓い、それを許されている者達だった。今のアーヘルゼッヘにその資格があるとは思えなかった。成人して、北の館に戻ったとして、もしも許されるのなら、あの誇り高い仲間の一人として働きたいと願っている。今は、願いでしかない。
「それは、聞いたことはありますけれど」
そんなことは信じられないと言う顔だった。
「単なる体質です。嘘は言えませんし、彼らが言ったことは本当です。そして、彼らが言っている真実を覆せるものはこの世にいません」
「大げさな話ですわ」
と言うパソンに、アーヘルゼッヘは、
「もし、空は黄色だと彼らが言えば、空は黄色に染まります。ですから、彼らは嘘が言えないのです。協定も同じです。もしも彼らが、真実の協定としてすべてを文書にしたいと言ったとします。そうしようと同意をすれば、誰も疑わずに、追記としてえがかれていますよ。そして、すべての人々があったことだと信じます」
「なにか、恐ろしい感じがする力です」
「ええ。ですから、彼らはレヘルゾンなのです」
「それはどういう意味ですか?」
「誓いを立てて生きるもの、と言う意味です。誓いのおかげで自由が利かなくなりますが、周囲は安心して近寄ることができるのですから。穏やかに生きていきたいと思う力あるものならば、レヘルゾンになりたいと思うでしょう」
「地位と名誉があるからではありませんか? レヘルゾンになりたいと思うのは」
パソンは、深層の巫女姫の割には、辛辣だった。人々の悲しみや憤りを日々、神殿の中の暗がりでなだめるために聞きつづけているせいもあったのだが。それでも、十四歳とは思えないほどしっかりしていた。アーヘルゼッヘの方が、ずっと深層の姫君のように見えた。と、ソンは思った。あながち、チウ閣下が言った、北の深層の姫君が迷い込んだ、と言う話も嘘じゃないかもしれないと思うのだった。
「もちろんです。地位も名誉も、権威と義務と誇りと喜びを与えてくれます。欲しがらない者はあまりいません」
「正直ですのね」
「ええ」
「ならば、あなたには、その大事な友人の居場所がわかってらっしゃるの?」
とパソンが聞いた。アーヘルゼッヘは悲しい気持ちになった。疑っているのが声でわかった。信じていないのも空気でわかった。そのすべては、人間なのだから仕方がないとあきらめられる。しかし、この事実だけは諦められない。
「居場所はわかりません」
「あなたの友人は、チウ従兄上だけですの? 都に別の友人がいるのではなくて?」
と聞いてくる。
「どういう意味でおっしゃっていますか?」
「北のもっと優先する友人がおられるのなら、そちらの意思を先にしたとしても不思議ではありません」
と言って、アーヘルゼッヘを睨みつけた。
「あなたをさらって、チウ殿を代わりに帝都へ渡した、とおっしゃりたいのですか?」
「私は、あそこから出てはいけなかったんです。なのに、ここへ連れてこられた。私が消えて喜ぶのは、都を移したい大公家の者達だけです」
「それなら、あなたが火に飛び込んで喜ぶのも大公家とかいう人々だけではありませんか!」
「まさか! 私が火の神に嫁いだら、数年はみな都で頑張っていこうと思います」
「そうしたら、日照りも収まるとでも言いたいのですか?」
「私が神に頼みにまいるのです。もちろん、収まるはずです」
アーヘルゼッヘは考えた。そして言った。
「それなら、火の神に行くのではなくて、水の神にもっと頑張ってくれと言いに行く方がいいのではありませんか?」
「それは…」
とパソンは口ごもった。
「つまり、そんなにいろいろな手があると言うのに、単純に火の神に嫁げばいいとだけ思っているのでは、おちおち都にいさせられない、と思うのも無理ありません」
「わたくしが単純で無計画だとおっしゃりたいの?」
「勇気がありすぎるせいで、チウ殿が心配していたのだと申し上げたいだけですよ」
パソンは黙り込んでしまった。
ソンの部下が、野戦用にそろえた肉を水で戻して煮てくれた。変わった風味で不思議な味だ。パソンは肉は食べられないのです、と言いながら、水で戻した香りと薬草の入った粥を口に運んだ。質素だが、穏やかな夕食だった。農家で分けてもらった果実をつぶしてジュースにし、小さな器に薬草と混ぜて飲む。穏やかなここちのする飲み物だった。
若々しいと言うより、幼い女性の声がアーヘルゼッヘの腕の中でした。アーヘルゼッヘは目を開ける。
ソンは、まぶしさに目を閉じた。しかし、恐ろしい気配を感じ、すぐに開いた。開いた時には、目の前に、少女を抱えたアーヘルゼッヘが立っていた。ふくれっ面の黒髪の少女が、重厚な金糸銀糸で織られた着物に包まれて、アーヘルゼッヘの腕の中で暴れていた。
パソンと言う少女だった。皇家出身の巫女で、年は十四。母方の血筋が、チウの家とつながっていて、従妹と言うことになる。正確には、もっと離れた遠縁らしいのだが、便宜上従妹と呼んでいるらしい。
「私の母は、恐れ多くも天神の血を引く御家柄です。その高貴な容姿に誰もがため息をついたと言うほどです」
月が照らす、入口近くのテラスで、衛兵たちが運んだお茶を手に、少女はソファーに座っていた。固い木の椅子に目を見張り、素朴な刺繍のクッションを物珍しそうな顔でいじっていたが、緑の香りが気に入ったらしい。機嫌よく背筋を伸ばして腰かけて、自分のことを語っていた。
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と誇らしそうな声だった。
都から一瞬にして、連れてこられたのに、全く落ち着いたものだ。アーヘルゼッヘは、都に住む帝都の地位のある人間は、北の力を日常でも使っているのかもしれない。と考えた。
そして、そんなに南の大陸で生きる北の者が多かったのかと考え込んだ。大戦のあと、外交関係でわずかに行き来があるだけだと信じていたのだ。
パソンは、上品な少女だった。一度腰かけた後は、足を横にそろえて伸ばして、カップを手にする時にもそっと手を伸ばすだけで、腰から下がほとんど動かない。上半身も全く揺れない。目線がわずかに動く程度だ。が、その目線自身は雄弁だった。
少女は、二口すすって、あまりお気に召さなかったようだが、何も言わずに、口からカップを遠ざけた。香りもあまり気に行ってはいなかったらしい。確かに野戦用のやかんで入れたお茶は鉄の香りが漂っていた。パソンは、カップを膝の上へ戻すと、
「それで、お従兄様は?」
と言って、周囲を見てからアーヘルゼッヘをまっすぐに見返した。
あれから。チウはどこにもいなかった。チウの家人もいなかった。屋敷中の回廊を、衛兵たちが駆け巡ってチウを探した。回廊の下の森の茂みも、屋敷の周囲一帯も。回廊の屋根も、登れる場所は木の上も。
砂漠にぽつりとある森に、泉を囲んで屋敷が建っているだけで、人っ子一人いなかった。屋敷にいたのは、駈け込んで来たアーヘルゼッヘとソン達と、遠い都に手をのばして、アーヘルゼッヘが引き寄せた、都の姫巫女だけだった。
「わかりません」
とアーヘルゼッヘが答えると、
「そう」
と言って黙り込んだ。カップを膝に置いているが、揺れているように見える。手が震えているのかと思うと、ソーサーを持ち上げて脇にあるティボードへ置いてしまった。アーヘルゼッヘは、まじめに、真剣に、少女に言った。
「都にお返しするわけにはまいりません」
「なぜでしょう?」
「チウが、あなたを逃がしたいと思ったからです」
「頼まれてあなたが手を貸したから、とおっしゃるのですね」
「いいえ。頼まれてはいませんが・・・」
「何ですって!」
と言って、パソンは顔をまっすぐ上げた。顎を引いて、睨むようにアーヘルゼッヘの目を見つめた。
「すぐにわたくしを帝都へお戻しください」
「それはできません。と先ほど申し上げました」
「北の方が、南に手出しをしてよいのですか? なんの依頼もなく力を使ってよいとでも思っておられるのですか? それこそ、先の大戦で交わされた終結条約をお忘れですか!」
まだ、四つになるかならずかの頃の大陸間の条約を、少女はしっかり学んでいた。もちろん、アーヘルゼッヘは当時の情勢を、北の館ですごしながら肌で感じて見聞きしていた。
人間への真摯な約束と、人間が欲しいと言う膨大な量の紙の証書を取り交わしたのだ。証書は、アーヘルゼッヘも作るのを手伝った。破ろうと思えば、簡単に破れる紙に書いて、いったい何の効力があるのだろう、と思ったものだが。それが、何代にもわたって記憶を語り継がなければならない、命の短い人間達の編み出した知恵だった。
「私は彼の友人です。彼が望むことをして、それが条約違反になるとは思えません」
「そんな。子供のような言い訳が成り立つとでも御思いですか!」
そばで聞いていたソンは、まるで、少女が子供に言って聞かせているように見えた。その子供と言うのは、穏やかな顔の紳士のように見える女性で、たぶん、ここにいる誰よりも齢を重ねているはずだった。
アーヘルゼッヘは、軽く笑って、パソンをいなした。
「友情と条約は別物です。そう、協定には書かれています」
「そんないい加減な話を、わたくしが信じるとでも思っているのですか?!」
「信じてください。北の者はそうでなければ、約束などできません」
「あなたがたは、何でも、そんな感情ばかりに頼って…」
と悲しいため息混じりの声だ。もちろん、十四の少女の口からだ。まるで、老齢な大人の声音のように聞こえた。
アーヘルゼッヘは、まっすぐパソンを見た。人間は、理性的でありたいと望んでいる。と聞いている。もちろん、自分だって理性的だと思いたい。北の屋敷を飛び出したことはこの際脇へ置いておいて、アーヘルゼッヘは、丁寧に、自分たちのことを語った。
「人間には見えない心の波が見えるのです。見えるものを見えないふりして過ごすわけにはまいりません。友ともなれば、心を開いた相手の声です。耳をふさぐようには、心の声をふさぐすべはありません。苦しめば自分も苦しく、悲しめば自分も悲しむ。友の悲しみのために命を落とすものもいます。条約には、友のためには例外である、とうたわない限り、我らは恐ろしすぎて約束はできないのです」
ソンには不思議な話だった。友情も大切で、友が心を痛めると自分も痛める。それは人間も同じである。しかし、そう言って、そう口実にして攻めることもできる。これでは、いくらでも口実を与えることになってしまう。
「もちろん、書かれたものの中にはありません。立ち会った者達の中で確認した内容です」
「それでは、ないのも同じこと」
と言ったのは、パソンだった。ソンもうなずいて、
「書かれていない約束はないのと同じです」
アーヘルゼッヘはほほ笑んだ。
「あの時立ち会った人間も同じことを言いました。しかし、我らはそう言って協定を結んだのです。その時には、口頭での約束ならと人間も受け入れましたが、協定は有効です」
「しかし、当事者を集めて確認しなければ、それが有効かどうかなんてわかりません」
パソンの気難しい声に、アーヘルゼッヘは首を左右に振った。
「お忘れですか? われわれ北の者の中には、嘘をつけないものがいます。レヘルゾンと言うありすぎる力にとらわれている者達です」
自分もその一人なのだが、レヘルゾンは北の館に認められている者達だ。誇り高い、北の主に忠誠を誓い、それを許されている者達だった。今のアーヘルゼッヘにその資格があるとは思えなかった。成人して、北の館に戻ったとして、もしも許されるのなら、あの誇り高い仲間の一人として働きたいと願っている。今は、願いでしかない。
「それは、聞いたことはありますけれど」
そんなことは信じられないと言う顔だった。
「単なる体質です。嘘は言えませんし、彼らが言ったことは本当です。そして、彼らが言っている真実を覆せるものはこの世にいません」
「大げさな話ですわ」
と言うパソンに、アーヘルゼッヘは、
「もし、空は黄色だと彼らが言えば、空は黄色に染まります。ですから、彼らは嘘が言えないのです。協定も同じです。もしも彼らが、真実の協定としてすべてを文書にしたいと言ったとします。そうしようと同意をすれば、誰も疑わずに、追記としてえがかれていますよ。そして、すべての人々があったことだと信じます」
「なにか、恐ろしい感じがする力です」
「ええ。ですから、彼らはレヘルゾンなのです」
「それはどういう意味ですか?」
「誓いを立てて生きるもの、と言う意味です。誓いのおかげで自由が利かなくなりますが、周囲は安心して近寄ることができるのですから。穏やかに生きていきたいと思う力あるものならば、レヘルゾンになりたいと思うでしょう」
「地位と名誉があるからではありませんか? レヘルゾンになりたいと思うのは」
パソンは、深層の巫女姫の割には、辛辣だった。人々の悲しみや憤りを日々、神殿の中の暗がりでなだめるために聞きつづけているせいもあったのだが。それでも、十四歳とは思えないほどしっかりしていた。アーヘルゼッヘの方が、ずっと深層の姫君のように見えた。と、ソンは思った。あながち、チウ閣下が言った、北の深層の姫君が迷い込んだ、と言う話も嘘じゃないかもしれないと思うのだった。
「もちろんです。地位も名誉も、権威と義務と誇りと喜びを与えてくれます。欲しがらない者はあまりいません」
「正直ですのね」
「ええ」
「ならば、あなたには、その大事な友人の居場所がわかってらっしゃるの?」
とパソンが聞いた。アーヘルゼッヘは悲しい気持ちになった。疑っているのが声でわかった。信じていないのも空気でわかった。そのすべては、人間なのだから仕方がないとあきらめられる。しかし、この事実だけは諦められない。
「居場所はわかりません」
「あなたの友人は、チウ従兄上だけですの? 都に別の友人がいるのではなくて?」
と聞いてくる。
「どういう意味でおっしゃっていますか?」
「北のもっと優先する友人がおられるのなら、そちらの意思を先にしたとしても不思議ではありません」
と言って、アーヘルゼッヘを睨みつけた。
「あなたをさらって、チウ殿を代わりに帝都へ渡した、とおっしゃりたいのですか?」
「私は、あそこから出てはいけなかったんです。なのに、ここへ連れてこられた。私が消えて喜ぶのは、都を移したい大公家の者達だけです」
「それなら、あなたが火に飛び込んで喜ぶのも大公家とかいう人々だけではありませんか!」
「まさか! 私が火の神に嫁いだら、数年はみな都で頑張っていこうと思います」
「そうしたら、日照りも収まるとでも言いたいのですか?」
「私が神に頼みにまいるのです。もちろん、収まるはずです」
アーヘルゼッヘは考えた。そして言った。
「それなら、火の神に行くのではなくて、水の神にもっと頑張ってくれと言いに行く方がいいのではありませんか?」
「それは…」
とパソンは口ごもった。
「つまり、そんなにいろいろな手があると言うのに、単純に火の神に嫁げばいいとだけ思っているのでは、おちおち都にいさせられない、と思うのも無理ありません」
「わたくしが単純で無計画だとおっしゃりたいの?」
「勇気がありすぎるせいで、チウ殿が心配していたのだと申し上げたいだけですよ」
パソンは黙り込んでしまった。
ソンの部下が、野戦用にそろえた肉を水で戻して煮てくれた。変わった風味で不思議な味だ。パソンは肉は食べられないのです、と言いながら、水で戻した香りと薬草の入った粥を口に運んだ。質素だが、穏やかな夕食だった。農家で分けてもらった果実をつぶしてジュースにし、小さな器に薬草と混ぜて飲む。穏やかなここちのする飲み物だった。
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