北大陸のアーヘルゼッヘ

ふみはなえ

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24.帝都ですって?

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アーヘルゼッヘは食事をしながら、心の網を外した。嵐のようなパソンの迷いの心を感じた。周囲の外敵からパソンとアーヘルゼッヘを守ろうと、針金のように神経を研ぎ澄まして警戒にあたっているソンの心の動きを感じた。

穏やかな風に交る、森の獣たちの寝息や、満ち足りた食事に心を震わす獣の姿や、消え入る命が薄らぐ様子が、どっと身体に押し寄せた。アーヘルゼッヘは軽く眼をとじ、森から外へ意識を広げた。

天上には美しい半月が輝いていた。荒涼とした砂漠は、砂に混じったガラス質が反射して白く美しかった。遠い稜線には大地の暗い影が落ちる。アーヘルゼッヘは大陸を見渡すように上へ上へと意識を飛ばした。砂漠は平原になり、ところどころ町が見え、海岸線が視界に入る。明るい街の光が海岸線にところどころ宝石のようにちりばめられて、北へ北へと延びている。

アーヘルゼッヘがじっと海岸線にそって光を追いかけていると、まるで真昼のような輝きの場所を見つけた。中央にそびえる山から、四方に流れ落ちるように光が広がっている。
「帝都だ」
と上空で見下ろしながらアーヘルゼッヘはつぶやいた。と、
「帝都ですって?」
と言う声に、森のテラスに引き戻された。目の前に座る少女が、アーヘルゼッヘの膝に手をおいて乗り出すように目を覗き込んでいる。
「巫女姫さま?」
「パソンです。チウ従兄上さまをチウと呼ぶのなら、私もパソンと呼んでいただかなくてはなりません」
と、鼻のすぐ先に顔がある。アーヘルゼッヘの膝に全体重の乗せているように重い。

「帝都を見ていたのですか?」
「上空から見下ろしていただけです」
パソンは、目を見開いて顔をさらに近付けた。
「本当ですの?!」
「嘘は申しません」
「なら、どうです。都は。わたくしの帝都はどうなっていました?! 何か変わったことはありませんか?!」
と言った。

言ってから、顔を近づけすぎていると気づいたのだろう。慌てて離した。しかし、膝に手を乗せたままだ。アーヘルゼッヘは女性には見えない。が、巫女には性別がわかるのかもしれない。とてものびのびして見えた。

アーヘルゼッヘは自分より年下と話したことがない。北大陸にはいないからだ。これが子供の振る舞いなのだろうか? と思いながら、それでも真面目に答えた。

「恐ろしく明るかったですよ。中央の山から光が川のようになって四方に広がっていました」
「ええ。月が中空を過ぎるまでは、明かりを使ってもいいと言う法令があります」
「あれは、普通の町の明かりなんですか…」
アーヘルゼッヘは言葉少なに驚いた。
「それで、他には?」
「まだ、下へ降りてみたわけではありません。ですから、それ以上は」
「またできますか?」
「ええ」
「やっていただけますか?」
「邪魔をなさらなければ」
パソンはむっとした顔をした。

しかし、遠くへ心を飛ばすには、近くの大音響の心の響きを聞かなければならない。やっとそこを乗り越えて、都へ飛んだと言うのに、あっという間に引き戻されてしまったのだ。これが子供の振る舞いだとしても、微笑ましいとは思えなかった。と、ソンが、
「だから、北の方が力を使われているだけだと申し上げたのです」
と遠慮がちに言った。と、パソンが、
「気配がほとんど消えたのですよ! あれが人間だったら死んだもどうぜん。心配しなくてどうするのです!」
と口を尖らせて文句を言った。
「私はそう簡単には死にません」
「ええ。北の方ですから。知ってますとも。でも、心配するのは巫女の性です」
と言って、つんっとしてしまった。

アーヘルゼッヘは、不思議なものを見ているような気がした。気配が薄れた程度で、相手の生死を心配する。北ではありえないことだ。これが、命がはかない者達の、互いに助け合って生きている者達の心の動きなのだろうか、と考えた。そして、だからこそ、心の声が大きいのかもしれない。遠く、帝都へ延びた自分を、引き戻してしまうほどの声を、持つ。きっと、人の命をそうやって互いに引き留めあっているのかもしれない、と考えたのだった。

ともあれ、アーヘルゼッヘは、感謝した。心が心に触れたとき、慌てて戻らなければならないと思うほど暖かだったのだ。パソンの言葉に嘘はない。
「ありがとうございます。私は大丈夫ですから」
パソンは無言でうなずいた。

巫女は人の生死にかかわる場面で神に祈りを捧げる仕事をする。アーヘルゼッヘは知らないのだが、自分が引き止めそこねたばかりに亡くなっていく命がある、とパソンは信じていた。少しでも、そんな消えゆく命を減らしたいと願っている。すべての救うべき命は救っている、とすべての人々が思っているせいで、パソンは自分の願いを語ることはできなかった。

「それでは、ちょっと失礼します」
とアーヘルゼッヘは言った。と、思うと、すぅっと空気が薄れた。少女が穏やかに手を組み合わせて膝の上において月を見上げた。そして、目を閉じ何かを唱えた。唱えたとたん、アーヘルゼッヘの周囲にあった音が消えた。あれほど、心の耳に負担になる、人々の不安や悲しみ、憤りと言った負の感情が、穏やかな優しさに入れ替わっていた。

空へ上り、森を上から見下ろした。すると、やさしい白い光に包まれていた。
「これが巫女の力か」
とアーヘルゼッヘはつぶやいた。帝都にいなければならない、と言った、少女の言葉の意味がわかったような気がした。人間の集まる場所は、あんな小さな砂漠の町でも負の感情があふれている。それが、あの広大な帝都ともなれば、どんな負の感情が都をむしばんでいたとしてもおかしくない。

アーヘルゼッヘは、一瞬目をつぶった。先ほど見た景色は鮮明で、すぐにその景色の場所まで意識を飛ばせた。見降ろすと、山の頂上から、北にかけて町の明かりが落ちている。帝都周辺には城壁が取り巻いていた。古いものは山裾にあり、平原の中央にも低い厚みのある城壁があり、最後に、草原と町との境目に、まだ造りかけの城壁が伸びていた。長い年月をかけて、巨大に膨れ上がっていく都だった。

城壁の外近くはすっかり明かりが落ちていた。帝都をぐるりと囲む壁の明かりが縁飾りのように見える。中には山に向かう広々とした道があり、城壁から伸びている。アーヘルゼッヘは、チウの心の声を探した。

パソンの力は砂漠までしか届かないらしい。帝都は寝静まった人々もいるとはいえ、アーヘルゼッヘにとっては騒音の渦の中だ。そこから、チウの心の溜息でも聞こえないかと耳をすませた。場所が分かればまだ分かるのにと、上空を大通りに沿って山へ向かう。

チウの声は聞こえない。アーヘルゼッヘは心のかせをさらに外した。どんっと胸を叩かれたような感じがした。恐ろしく強い力がアーヘルゼッヘを下から上へ押し上げる。心の声の水流が胸にどっと当たったように感じた。それでも、そこから、下へ潜航する。

ゆっくりと人の声と心の声をくぐるように、負の感情が濁流となって足をさらう。が、それもチウはこんな心の声はしてない、と言う思いがわくと、不思議なほど気持ち良くかいくぐれる。目指す声を信じていると、なんて探しやすいのだろう、と思いながら、大通りに立つ。

真正面には二つ目の城壁の門扉が見える。アーヘルゼッヘはまっすぐ進んで厚い門扉を空気のように通り抜けた。そして、山の上にそびえる白亜の宮殿を見つけた。上からでは分からなかった白い光る壁が、山のふち飾りのように見えた。
「音がいっさい流れてこない」
とアーヘルゼッヘは気がついた。白亜の宮殿からは何の音も聞こえない。亡くなる時の恐怖の名残や、寝静まった後に聞こえる寝息のような心のつぶやきも。人間はおろか、獣も虫も。なにもかもが静まり返ってしまっている。
「不思議だ」
そう呟いて、アーヘルゼッヘは大通りをさらに山へと歩き出した。と思った瞬間、強烈な何かにぶつかった。目をたたかれたような感じがした。あっと思った時には、森のテラスで、額に手をやって座っていた。

「大丈夫ですの?」
とパソンが心配そうな顔をしていた。長い時間がたったらしい。お茶の支度も終わって、ソファーで休めるようにクッションが並べてあった。パソンはそこで待ちくたびれたらしく横になっていたようだ。今は、体を起こして、アーヘルゼッヘへ傾けている。
「大丈夫です」
そう言って、おでこをこする。ひりひりする。あの強烈な壁は身体に影響するほどリアルだったと言うことだった。
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