北大陸のアーヘルゼッヘ

ふみはなえ

文字の大きさ
26 / 89

26.若さは関係ありません

しおりを挟む
「あなたを侮辱するつもりはありませんでした。むしろ、その若さで責任を任されていることに敬意を覚えます」
「若さは関係ありません」
「ええ。しかし、私は若さを理由に、今まで子供のままでした。それを思うと、あなたをうらやましく思います」
「そんな。だって、あなたがたは、数千年も生きるのですから。私たちの年にすれば、まだ、十にも満たないのではありませんか?」
「え、そんなに若くなってしまうんですか? 人間に換算すると…」
さすがに、それは乳飲み子だと言われているような気がして気分が悪かった。パソンは聖女のごとく微笑んで、
「神々があなたをかくあれと望まれたのです。成人が遅れているからと言って恥ずかしがることはありません」
と穏やかに言った。しかし、聞いていたソンは、むせたようだ。見渡すと、衝立を片していた兵士も、さっきと違った意味で視線を落してみなかった顔をしてあげようと言う、いたわりの空気を湧きあがらせ、そそくさと下がって行った。

「わたくしも帝都の成り立ちを存じています」
パソンは話題を変えた。そこに心配りを感じた。しかし、何に対してだろう、とアーヘルゼッヘは首をかしげる。若い人間の男性は、成人になるために女性と関係するものだ、と言うことをアーヘルゼッヘは知らなかった。そして、さらに、百年近くも女性知らずの男だと誤解されて、同情されたのだ、と言うことも分からなかった。

兵士たちの中には、アーヘルゼッヘが女性だと聞いても信じられない者もいる。おかげで、十四歳の小さな巫女姫が、百歳近いアーヘルゼッヘを同情した、と言うのがあまりにおかしくて、もとい、可哀そうな気がして慌てて離れて行ったのだった。アーヘルゼッヘは周囲の憐みの真ん中にいた。そんな経験は初めてだった。不思議な空気の流れだった。悪くはないが、何となくいたたまれない気がするのはなぜだろう、と考え込んだ。

そんななか、パソンはまじめな顔で、せっせと話題を変えていた。
「神々が南の大陸に降り立って、人々が生きやすいように、水を地下に埋められたのです」
「五千年ほど前の話ですよね」
アーヘルゼッヘにとっては神話ではない。誰かに聞けば当時のことが分かる話だった。パソンもそれに気づいたらしい。軽く咳払いをして、嫌そうな顔をしたが、つんっと澄ました顔を作り、
「もとい。神々がきっと水を大地に引いてくださったのだろう、とわたくしどもは思っております。大陸の中央で風土病におびえていたわたくし達の先祖が、水を見つけて救われたのですから」
と言いなおした。

 確かに、救いの先に水があったのなら、神々の恵みだと思うようになるかもしれない。
「でも、わたくしどもが高慢になり、大陸の覇者だと言い始めたおかげで、水は日に日に枯渇していったのです。神は謙虚で公平なものを貴びます。人の命を大事に思って、助けあいながらたどり着いた私どもの祖先は、神々にとっては大事な子らだったのです。しかし、今は…」
「なら、大地の神に嫁いだら、そうしたら…」
と軽く言おうとすると、厳しいまなざしが止めた。
「地下水が減っているのです。巫女が嫁いだくらいで、湧き出してくるものなら、何人だって嫁ぎます」
と現実的なことを言った。
「なら、火の神に嫁がなくても」
「ええ。先ほど伺いましたから、言いたいことは分かります。無謀だとおっしゃりたいのでしょう。日照りは止まりませんもの。でも、あと数年の間があれば、別の地下水路を見つけ、水を引く方法を見つけられます。その余裕があれば、わたくしどもも混乱なく、みなが自分の人生を過ごすことができるんです」
「もしも見つからなかったら?」
「見つかります」
「それこそ、北の者に頼んで探してもらえばすぐにわかるのではありませんか?」
「そうして、北の力を使い、巨大な力を使えるものとして恐れられ、帝国じゅうに恐怖政治を敷くのですか?」
「恐怖政治を敷かなくても」
「わたくしは幼く詳細は分かりませんでしたが、大戦の間中広がっていた人々の恐怖は、言い知れないものがありました」
「ならば、私が探して、お教えすれば」
「それではだめなのです! もちろん、背に腹は代えられません。もしもの時にはお願いするかもしれません。しかし、恐怖政治の復活だ、と扇動し、人々を内乱に導こうとするものもいるのです。そんなやからに、わたくしたちの大事な帝都を揺るがしにさせるわけにはまいりません」
と断固とした声で言うのだった。
「それで、チウ殿は火の神にささげられるのですか?」
「それはありません」
「なぜです? あなたはあれほど慌てていたではありませんか」
「火の神は男神です。チウ従兄上が行かれても喜ばれるとは思いません」
「そうですか…」
となんだか力が抜けた。が、
「では、何で、代わりにと言われるのです」
「水を祭る祭りがあります。噴き出す水を、帝都の巫女が操るのです。水栓口に蓋をして巫女が棒でたたくと水が噴き出してくる儀式です。それをすれば、繁栄のしるしとして人々が今年も穏やかに暮らすことができる、と信じることができるのです」
「それが地下水が少なくなっているから、吹き上がらなくなっている、と言うことですか」
「ええ。チウ従兄上なら、その工夫をできると言うのです。水を大量に入れるか、ふいごで空気を地下に入れれば、その瞬間だけでも水が噴き出る仕組みを作れる、と言うのです」
「なのに、ここへやってきた?」
「ええ。水の種がここにあって、持って行く、と言うことになっているからです」
「大祭の後に、水の種を帝都に運ぶ。そして、噴水からいつものように水がでる」
「水の枯渇は噂になっています。取水制限も始まっています。ですから、噴き出た水も工夫だけだと噂になれば、儀式の意味がありません。パニックにでもなれば、暴動になります。穀物価格が上昇して、暮らしは日々悪くなり始めているのですから」
「なら、チウ殿が速く帝都に戻れた方が、みんなにとって都合がいいのですね。細工をする時間が長ければ長いほどいいはずです」
「でも、細工程度で、人々をごまかすなど、わたくしは嫌です」
「水を真剣に引く方法を検討させるために、焼身自殺をする、と言うことですか」
とアーヘルゼッヘは怒っていた。
「人を怒りや恐怖で操るなど、ひどいものです」
「しかし! 本当の恐怖で必要もない暴動が起きて命を落とす人々がでるよりずっとましです。神殿には、毎日、毎日、不安を訴える人々が押し寄せているのですよ。先月よりは今月と、その数も増え続けています」
「どうしようもできない恐怖から逃れたい、と言うことですか」
「あなたに何がおわかりですか! 何でもできる能力があって、どこにでもいける。必要な時に必要な場所に移動できる。みんなそれぞれが一人で生きていける。そんな方々に、わたくしどもの悲しみや辛さなどお分かりにはならない!」
アーヘルゼッヘは黙り込んだ。目の前の巫女姫は、座ったままドレスのすそを握りしめていた。そして、
「水の種があるのなら、借りていきたいのです」
と言った。
「わたくしは、水の神にもお祈りしなければなりませんでした。それをすっかり忘れていたのは巫女姫としての怠慢です。ここで、この祭りで、祈りをささげて、ほんの半年。無理なら一月でもいいのです。水の種をお借りして、帝都の地下水を潤わしたいのです」
「水の種はありませんよ」
アーヘルゼッヘは事実を述べた。真剣な検討をしている者に、惑わすような情報は哀れに思ったからだ。が、ひどい事実だったらしい。十四歳とは思えないほど苦い顔をして、
「存じています。ただ、帝都の水の神は、今は青息吐息です。豊穣の神がおられるこちらで神にすがるのが一番の道筋です」
アーヘルゼッヘはじっと少女の顔を見た。本当のことを言っているように見えなかったからだ。少女は深くため息をついて、疲れた顔で言った。
「地下水脈をくみ上げて、帝都へ送る手段がないか、町の人間と話してみたいと思うのです」
「砂漠を通るうちに干上がってしまいますよ」
「ええ。ですから、地下水路を作るんです」
「数年でできるのですか?」
時間をかけてもできないこともある。地下の岩盤の強さは掘るのに向かなかったり、砂のような大地のせいで、水路にならなかったりする。北の者でもできることとできないことがある、と言うことを学ぶ時によく出される例だった。
「わかりません。でも、何もしないでいるよりは!」
「遷都をしたらどうですか? 数年もあれば、肥沃な大地に移れるでしょう」
「その移動先の領主や王国と、数年かけて折衝するのですか? 時には武力に物を言わせて?」
「誰も使っていない大地があれば…」
そんな大地は人が住めないから住まないのだが。
「砂漠から水を引く覚悟があるなら、どんな大地も肥沃な大地になるでしょう」
パソンはうなずいた。が眼はどろんとした、力のないものだった。
「私の友人が頼めば、私は必ず動きます」
と力づけようとした。するとパソンは、
「ええ。本当に。お願するのが一番かもしれません」
とつぶやいた。そして、
「でも、なんで、北の方にできてわたくしたちにできないんです?! 大戦でわたくしたちは対等でした。わたくしたちは負けなかった。わたくしたちは生き抜ける力と誇りがあるのです。わたくしたちの手で、わたくしは生きたい。わたくしは、わたくしを信じたい」
その目は涙で潤んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

道化たちの末路

希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

ここは少女マンガの世界みたいだけど、そんなこと知ったこっちゃない

ゆーぞー
ファンタジー
気がつけば昔読んだ少女マンガの世界だった。マンガの通りなら決して幸せにはなれない。そんなわけにはいかない。自分が幸せになるためにやれることをやっていこう。

処理中です...