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27.小さな努力の積み上げで
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「あなたがたには分からないと思うのです。自分達がつまらない生き物のようになってしまう瞬間があるんです。あなたがたが話していることを聞くと。あまりに何もできなくて。でも、わたくしは知っているんです。小さな努力の積み上げで、びっくりするくらい大きなことができるんです。ですから、その力を信じて、自分はちっぽけな生き物じゃないと信じたいんです。みんな、南の大陸に住む者達は、大切な未来を切り開いていけるほど自分達は力強い生き物なんだと信じたいんです」
「私たちも無力感を感じることがあります」
パソナの目を見てさらに言う。
「本当です。誰にも助けられない者が、大地に眠っているんです。だから友人のためには動きたいと思うんです。助け合いたいと思うのですよ」
「ありがとうございます」
そう言って、パソンは静かにほほ笑んだ。
力強い祈りの言葉をつぶやく少女は、大陸に住むすべての人々のために祈り続ける小さな聖者だった。アーヘルゼッヘは心が動いた。
「大祭は明日です。いっしょに参りましょう。大陸中の人々が集まるそうです。誰かが何か、いい知恵や知識を持っているかもしれません」
「そうですね。そう。チウ従兄上がしようと思っていたことです。私と入れ替わりになってしまったんですもの。私が代わりにやらなくては」
そう言って、こぼれそうになっていた涙を慌ててぬぐった。
長い庇の下で、アーヘルゼッヘはたたずんでいた。月は傾き、森の木々の陰に隠れた。星の輝きが遠い砂漠の砂を照らしている。パソンは、ソン達が用意した奥の建物で眠りについた。あれから、どこを探しても屋敷の家人はいなかった。チウと共に帝都へ連れて行かれたか、それとも、チウが帝都へ連れて行かれたと知って、砂漠を馬で駆け帝都へ向かったのか、アーヘルゼッヘにもソン達にも分からなかった。
きれいに片付いた屋敷は、まるで以前からいなくなるとわかっているかのようで気味悪かった。森の中にあるせいか、建物が点在している造りのせいか、季節外れの別荘のように静かだった。
まるで、自分のようだ、とアーヘルゼッヘは思う。熱く友のためにと語った自分は、他人のようだ。チウを襲った光が消えて、北の者が関係しているとわかった時にはじけた気持ちも収まって、気配が目まぐるしく変わる少女が眠った。アーヘルゼッヘを混乱に陥れていたすべてが寝静まっていき、森の大地の気配が濃くアーヘルゼッヘを包みだす。
獣の気配も、寝静まった鳥の寝息も、風にそよぐ静かな枝葉のささやきも、人の熱気にはかなわない。
「友のために」
と呟いて、アーヘルゼッヘは額に片手を当てた。嘘ではないのに、真実とも思えない、これまで味わったことのない奇妙な気持ちを感じていた。レヘルゾンは嘘を言わない。言うことができないのだが、まさしく、嘘をつくとこういう気持ちになるのだろうかと言うような不安が襲う。
「北の館を飛び出した時から、レヘルゾンの戒めが消えてしまっているのかもしれない」
とアーヘルゼッヘはつぶやいてみた。自分の力や存在が変わってしまったような不安を感じた。しかし、北の主といえども、他人の存在を変えることはできない。つまりは、すべては自分の気のせいで、昨日までの自分と今の自分は同じはずだった。なのに、なんでこんなに不安に思うのだろう、とアーヘルゼッヘは再びため息をつく。
遠くに光る砂の海に、アーヘルゼッヘに夢の中ように感じた。三日ほど、点々と移動しただけで、遥かかなたにやってきたような気がしてくる。太陽がすべてを伝え、北であろうが南であろうが世界はひとつであったのに、この小さな森の世界に切り取られてしまったかのような、北とのつながりが希薄に感じる。
「追われているのだから大丈夫」
と奇妙なことをつぶやいていた。逃げているのに、捕まってはいけないのに、まるで捕まって北に戻って、どこか大陸の片隅で、無益な子供に戻って静かに息づいていたいようなそんな思いに襲われる。
「北の主が見放すような、気迫のない性格だったと言うことだろうか」
と不安は不安を呼んだ。
「これだから、大人になれないと思われてしまうのさ」
と自分で自分を笑ってみたが、悲しい気持ちしかわいてこない。チウの為に、帝都の為に、パソンの為に、全力で生きている彼らを見て、自分の無力さを感じている。悲しみはそのせいだ。アーヘルゼッヘは自分で自分を観察した。ため息はさらに深く、憂いを帯びた。と、そこに、
「まだ、お休みにならないのですか?」
と階の下から声がかかった。
見ると、巡回中のソンだった。部下は四方へ目を向けて、静かな夜だと言うのに警戒を怠らない。ソンはアーヘルゼッヘの視線の先を見て、町を見ていると思ったらしい。
「今頃は、町の周囲に俄か町が生まれていて賑やかです。ここからでも明かりが見えます」
言われて視線を左に向けると、果樹園の向こうに黒い影が見え、砂漠の大地に広がっている。
「寝静まっているように見えます」
「町の中にいるのでしょう。前夜祭が始まっているはずですから」
「アゼル殿は何とおっしゃっていましたか?」
「もちろん、巫女姫のご来場を歓迎しておられます」
と言うが、顔には微妙な影が落ちる。アーヘルゼッヘが先を待つと、言いにくそうに、
「警備責任者でもあられるので、警備計画に変更等がありまして」
「短気なお方なのでしょうか?」
「計画は長期間かけて練って作る、と言うのがお好きな方なのですよ」
アーヘルゼッヘは目が和んだ。ソンは上司をやさしく庇う。
「それでは、急な変更で周囲の方々にはご迷惑をおかけしていますね」
「いいえ。それは違います。ここでも安全ではないとわかったので、できる限り早く向こうへお招きしたいと申しております」
「チウ殿がいなくなってしまいましたから」
「ええ。隊長は、烈火の如く怒り狂って、自分を責めておられます」
「どこにいても、北の力が入っていれば同じだったと思います」
「北の方は介入されていません。そう約条がなされています」
「しかし、あの力は…」
ソンはアーヘルゼッヘを見て首を横に振っていた。
「帝都では、北との戦いの間であってもあの力はあったのです。私はそう聞いています。北の助けではありません。われわれの力です」
とソンは言った。パソンの誇りに満ちた言葉でもなく、屈辱を吹き飛ばそうとする言葉でもなかった。彼にとっての事実を述べただけだった。
「明日にも町へ入れます。こちらの警護も万端ではないとわかった今は、少しでも早く近くで警護したいと言うのが隊長の考えです」
「それなら、今からでも」
「ご冗談でしょう? 巫女姫が来たとわかれば祭り以上の騒ぎになります。なんの準備もしていない中、お呼び立てするのはいくらなんでも無謀です」
と軽くいなされてしまった。チウが連れ去られた今、巫女姫がここにいると知っているのは帝都の人間しかいない。あの力ならどこに居ても抗えないが、人間にならこの森が一番安全だ、と言うことらしい。それなら、と、
「巫女姫一人くらいなら、私が守ります」
アーヘルゼッヘが言うと、ソンはそれこそ軽くいなしてくれた。
「それがもっとも隊長の嫌がることです」
アーヘルゼッヘの表情は変わらなかった。ソンは階の下からアーヘルゼッヘを見上げて、
「北との争いほど、人間にとって忌むべきことはないのですから」
と続けた。アーヘルゼッヘも同感だった。アーヘルゼッヘが動くことで争いが生まれたら、この十年の平和が水の泡だ。数百年かけて紛争を収める努力をした仲間たちの思いが水の泡になってしまう。おかげで、アーヘルゼッヘも、うなずくだけだった。
「私たちも無力感を感じることがあります」
パソナの目を見てさらに言う。
「本当です。誰にも助けられない者が、大地に眠っているんです。だから友人のためには動きたいと思うんです。助け合いたいと思うのですよ」
「ありがとうございます」
そう言って、パソンは静かにほほ笑んだ。
力強い祈りの言葉をつぶやく少女は、大陸に住むすべての人々のために祈り続ける小さな聖者だった。アーヘルゼッヘは心が動いた。
「大祭は明日です。いっしょに参りましょう。大陸中の人々が集まるそうです。誰かが何か、いい知恵や知識を持っているかもしれません」
「そうですね。そう。チウ従兄上がしようと思っていたことです。私と入れ替わりになってしまったんですもの。私が代わりにやらなくては」
そう言って、こぼれそうになっていた涙を慌ててぬぐった。
長い庇の下で、アーヘルゼッヘはたたずんでいた。月は傾き、森の木々の陰に隠れた。星の輝きが遠い砂漠の砂を照らしている。パソンは、ソン達が用意した奥の建物で眠りについた。あれから、どこを探しても屋敷の家人はいなかった。チウと共に帝都へ連れて行かれたか、それとも、チウが帝都へ連れて行かれたと知って、砂漠を馬で駆け帝都へ向かったのか、アーヘルゼッヘにもソン達にも分からなかった。
きれいに片付いた屋敷は、まるで以前からいなくなるとわかっているかのようで気味悪かった。森の中にあるせいか、建物が点在している造りのせいか、季節外れの別荘のように静かだった。
まるで、自分のようだ、とアーヘルゼッヘは思う。熱く友のためにと語った自分は、他人のようだ。チウを襲った光が消えて、北の者が関係しているとわかった時にはじけた気持ちも収まって、気配が目まぐるしく変わる少女が眠った。アーヘルゼッヘを混乱に陥れていたすべてが寝静まっていき、森の大地の気配が濃くアーヘルゼッヘを包みだす。
獣の気配も、寝静まった鳥の寝息も、風にそよぐ静かな枝葉のささやきも、人の熱気にはかなわない。
「友のために」
と呟いて、アーヘルゼッヘは額に片手を当てた。嘘ではないのに、真実とも思えない、これまで味わったことのない奇妙な気持ちを感じていた。レヘルゾンは嘘を言わない。言うことができないのだが、まさしく、嘘をつくとこういう気持ちになるのだろうかと言うような不安が襲う。
「北の館を飛び出した時から、レヘルゾンの戒めが消えてしまっているのかもしれない」
とアーヘルゼッヘはつぶやいてみた。自分の力や存在が変わってしまったような不安を感じた。しかし、北の主といえども、他人の存在を変えることはできない。つまりは、すべては自分の気のせいで、昨日までの自分と今の自分は同じはずだった。なのに、なんでこんなに不安に思うのだろう、とアーヘルゼッヘは再びため息をつく。
遠くに光る砂の海に、アーヘルゼッヘに夢の中ように感じた。三日ほど、点々と移動しただけで、遥かかなたにやってきたような気がしてくる。太陽がすべてを伝え、北であろうが南であろうが世界はひとつであったのに、この小さな森の世界に切り取られてしまったかのような、北とのつながりが希薄に感じる。
「追われているのだから大丈夫」
と奇妙なことをつぶやいていた。逃げているのに、捕まってはいけないのに、まるで捕まって北に戻って、どこか大陸の片隅で、無益な子供に戻って静かに息づいていたいようなそんな思いに襲われる。
「北の主が見放すような、気迫のない性格だったと言うことだろうか」
と不安は不安を呼んだ。
「これだから、大人になれないと思われてしまうのさ」
と自分で自分を笑ってみたが、悲しい気持ちしかわいてこない。チウの為に、帝都の為に、パソンの為に、全力で生きている彼らを見て、自分の無力さを感じている。悲しみはそのせいだ。アーヘルゼッヘは自分で自分を観察した。ため息はさらに深く、憂いを帯びた。と、そこに、
「まだ、お休みにならないのですか?」
と階の下から声がかかった。
見ると、巡回中のソンだった。部下は四方へ目を向けて、静かな夜だと言うのに警戒を怠らない。ソンはアーヘルゼッヘの視線の先を見て、町を見ていると思ったらしい。
「今頃は、町の周囲に俄か町が生まれていて賑やかです。ここからでも明かりが見えます」
言われて視線を左に向けると、果樹園の向こうに黒い影が見え、砂漠の大地に広がっている。
「寝静まっているように見えます」
「町の中にいるのでしょう。前夜祭が始まっているはずですから」
「アゼル殿は何とおっしゃっていましたか?」
「もちろん、巫女姫のご来場を歓迎しておられます」
と言うが、顔には微妙な影が落ちる。アーヘルゼッヘが先を待つと、言いにくそうに、
「警備責任者でもあられるので、警備計画に変更等がありまして」
「短気なお方なのでしょうか?」
「計画は長期間かけて練って作る、と言うのがお好きな方なのですよ」
アーヘルゼッヘは目が和んだ。ソンは上司をやさしく庇う。
「それでは、急な変更で周囲の方々にはご迷惑をおかけしていますね」
「いいえ。それは違います。ここでも安全ではないとわかったので、できる限り早く向こうへお招きしたいと申しております」
「チウ殿がいなくなってしまいましたから」
「ええ。隊長は、烈火の如く怒り狂って、自分を責めておられます」
「どこにいても、北の力が入っていれば同じだったと思います」
「北の方は介入されていません。そう約条がなされています」
「しかし、あの力は…」
ソンはアーヘルゼッヘを見て首を横に振っていた。
「帝都では、北との戦いの間であってもあの力はあったのです。私はそう聞いています。北の助けではありません。われわれの力です」
とソンは言った。パソンの誇りに満ちた言葉でもなく、屈辱を吹き飛ばそうとする言葉でもなかった。彼にとっての事実を述べただけだった。
「明日にも町へ入れます。こちらの警護も万端ではないとわかった今は、少しでも早く近くで警護したいと言うのが隊長の考えです」
「それなら、今からでも」
「ご冗談でしょう? 巫女姫が来たとわかれば祭り以上の騒ぎになります。なんの準備もしていない中、お呼び立てするのはいくらなんでも無謀です」
と軽くいなされてしまった。チウが連れ去られた今、巫女姫がここにいると知っているのは帝都の人間しかいない。あの力ならどこに居ても抗えないが、人間にならこの森が一番安全だ、と言うことらしい。それなら、と、
「巫女姫一人くらいなら、私が守ります」
アーヘルゼッヘが言うと、ソンはそれこそ軽くいなしてくれた。
「それがもっとも隊長の嫌がることです」
アーヘルゼッヘの表情は変わらなかった。ソンは階の下からアーヘルゼッヘを見上げて、
「北との争いほど、人間にとって忌むべきことはないのですから」
と続けた。アーヘルゼッヘも同感だった。アーヘルゼッヘが動くことで争いが生まれたら、この十年の平和が水の泡だ。数百年かけて紛争を収める努力をした仲間たちの思いが水の泡になってしまう。おかげで、アーヘルゼッヘも、うなずくだけだった。
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