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52.嘘も言えるだろうと思います
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震えは収まったようだった。しかし、目の前の拭いとられた血の跡は見れないらしい。アーヘルゼッヘは首を左右に振って、
「いいえ。私がレヘルゾンでなくなったのは確かです。ですから、嘘も言えるだろうと思います。体質として嘘が言えないと言うことは、もうないのです」
と正直に答えると、
「お聞きになりまして? 嘘をつく方は、自分が嘘つきだとは言いませんわ」
「つまり、嘘つきじゃないのに、自分は嘘つきであると嘘を言っていると言うことでしょうか」
セノ卿の言葉は、本当にこの不毛の問答の答えがどうしても必要だ、と言う雰囲気だった。パソンも、
「もちろん、そう言う嘘もつけるようになった、と正直におっしゃっているのですわ」
と真面目に返した。そして、
「つまり、力が戻られた、と言うことですわ。わたくしどもの力がなくても十分大陸を自由に横断し、お探しの方を探せるようになられた、と言うことです」
とまとめた。セノ卿もアーヘルゼッヘへ顔を向け、
「我らが姫巫女はこう仰せであられる。貴殿には、朝が来る前に出立していただきたい」
と言う。理由を問おうとして、ゼ大臣補佐が親切にも教えてくれた。
「暗殺者に追われるような状況で、北の方を守りながら動く気にはなれませんのじゃ。もし、あなたさまに何かあれば、我らだけの問題ではなくなりますのでな。できれば、今すぐにでも、安全な場所へ旅立っていただきたいのですわ」
「しかし、もう、帝都は安全なのですよね?」
「つねに、帝都はこういった危険をはらんでいるのです」
「しかし、帝都へどうぞと言うくらいには安全だったはずです」
「それは我らの妄想だったと判明しました」
「しかし」
セノ卿が腰の剣を鞘ごと抜いて、アーヘルゼッヘの前に突き出した。ゼ大臣補佐とパソンの間に、まるで、衝立でも立てるかのように突き出した。そして言った。
「我らに断わりなく聞き耳を立てておられた。あなたは北の方だとわかるだけで、何者なのか誰も知らない。人を探していると言うが、北の方の力があって、なお、現地に来なくては見つからない相手など、この世にいるのだろうか、と言う疑問がある。さらに、チウ閣下がいなくなられたのはあなたが町へ来てからだ。姫巫女が火難から逃れておいでになられたせいで、我らはあなたが我らのためにここにおられると思いがちだが、それは違う」
「違うと言っても、別に…」
「なぜ! ここに閣下がおられぬのだ。ここに来るまでは、力がないと我らにすがり、今、この瞬間、暗殺者が来る直前まで力がないと言いつづけ、暗殺者が失敗した後、全てを見ていました、私には力がありますとのこのことやってきた。あなたが本当の北の方だと言われるなら、ここでの話を、離れた天幕で聞けたのだと言うのなら、なぜ、ここにのこのこやってくるのだ!」
「暗殺者の仲間ではないからです」
「ならばなぜ、暗殺者が襲いかかるまでほおっておかれた? 姫巫女の命を狙って飛びかかる輩を、なぜ、あなたは、平気で姫巫女の近くに近づけさせた? 姫巫女の力になるために同道している方が、なぜ、姫巫女のそばに暗殺者を近づけさせたのだ? あなたが北の方だと名乗るのは勝手だ。そう言っていれば、庇護が得られると思い込んでいるのも勝手だ。実際、姫巫女が名乗り出たせいで、ゼ大臣補佐が代わりに庇護を約束してくれたくらいだ。良い手だったと感心している。しかし、それもこれも、ここまでだ。すべてを知る力があって、我らのために傍にいる、と言うなれば、もっとうまく立ち回るべきだったな。それとも、もっと上手に立ち回っていたとでも思っていたのか? 暗殺者を見て驚いた顔をしたのは、姫巫女が生きているのを見て驚いたのを隠すためだったのではないのか?!」
「セノ卿、八つ当たりおやめなさい!」
と声を荒げたのはパソンだった。
「あなたも、あの大樹をご覧になったでしょう!」
「両手で樹に触れたのを見ただけです」
「触れただけで、大樹にしたのですよ!」
「それは、神々がなさったことです」
「なぜ、そう言いきれます」
「あなたがあそこにおられた。だから奇跡が起きたのです」
とセノ卿は言った。真剣だった。姫巫女を褒め称えているような顔ではなかった。しかし、心から、悔しがりながらも信じている顔だった。
「あなたは、希代の姫巫女です。噂は事実だったと言うわけです。これで、大地が潤いだせば、本当に、我らはあなたの神のためならなんだったいたします」
「わたくしの力ではありません。わたくしだからこそ知っています」
パソンが、アーヘルゼッヘを見上げた。アーヘルゼッヘはここでも首を左右に振るしかなかった。
「私の力でもありません。あれは、大樹の力です。単に、大地に喜び天に声を届けようとした大樹が、うっかり大きく育ってしまっただけのことです」
パソンがぷっと吹き出した。そして、目の中に笑いを含んでつぶやいた。
「いいえ。私がレヘルゾンでなくなったのは確かです。ですから、嘘も言えるだろうと思います。体質として嘘が言えないと言うことは、もうないのです」
と正直に答えると、
「お聞きになりまして? 嘘をつく方は、自分が嘘つきだとは言いませんわ」
「つまり、嘘つきじゃないのに、自分は嘘つきであると嘘を言っていると言うことでしょうか」
セノ卿の言葉は、本当にこの不毛の問答の答えがどうしても必要だ、と言う雰囲気だった。パソンも、
「もちろん、そう言う嘘もつけるようになった、と正直におっしゃっているのですわ」
と真面目に返した。そして、
「つまり、力が戻られた、と言うことですわ。わたくしどもの力がなくても十分大陸を自由に横断し、お探しの方を探せるようになられた、と言うことです」
とまとめた。セノ卿もアーヘルゼッヘへ顔を向け、
「我らが姫巫女はこう仰せであられる。貴殿には、朝が来る前に出立していただきたい」
と言う。理由を問おうとして、ゼ大臣補佐が親切にも教えてくれた。
「暗殺者に追われるような状況で、北の方を守りながら動く気にはなれませんのじゃ。もし、あなたさまに何かあれば、我らだけの問題ではなくなりますのでな。できれば、今すぐにでも、安全な場所へ旅立っていただきたいのですわ」
「しかし、もう、帝都は安全なのですよね?」
「つねに、帝都はこういった危険をはらんでいるのです」
「しかし、帝都へどうぞと言うくらいには安全だったはずです」
「それは我らの妄想だったと判明しました」
「しかし」
セノ卿が腰の剣を鞘ごと抜いて、アーヘルゼッヘの前に突き出した。ゼ大臣補佐とパソンの間に、まるで、衝立でも立てるかのように突き出した。そして言った。
「我らに断わりなく聞き耳を立てておられた。あなたは北の方だとわかるだけで、何者なのか誰も知らない。人を探していると言うが、北の方の力があって、なお、現地に来なくては見つからない相手など、この世にいるのだろうか、と言う疑問がある。さらに、チウ閣下がいなくなられたのはあなたが町へ来てからだ。姫巫女が火難から逃れておいでになられたせいで、我らはあなたが我らのためにここにおられると思いがちだが、それは違う」
「違うと言っても、別に…」
「なぜ! ここに閣下がおられぬのだ。ここに来るまでは、力がないと我らにすがり、今、この瞬間、暗殺者が来る直前まで力がないと言いつづけ、暗殺者が失敗した後、全てを見ていました、私には力がありますとのこのことやってきた。あなたが本当の北の方だと言われるなら、ここでの話を、離れた天幕で聞けたのだと言うのなら、なぜ、ここにのこのこやってくるのだ!」
「暗殺者の仲間ではないからです」
「ならばなぜ、暗殺者が襲いかかるまでほおっておかれた? 姫巫女の命を狙って飛びかかる輩を、なぜ、あなたは、平気で姫巫女の近くに近づけさせた? 姫巫女の力になるために同道している方が、なぜ、姫巫女のそばに暗殺者を近づけさせたのだ? あなたが北の方だと名乗るのは勝手だ。そう言っていれば、庇護が得られると思い込んでいるのも勝手だ。実際、姫巫女が名乗り出たせいで、ゼ大臣補佐が代わりに庇護を約束してくれたくらいだ。良い手だったと感心している。しかし、それもこれも、ここまでだ。すべてを知る力があって、我らのために傍にいる、と言うなれば、もっとうまく立ち回るべきだったな。それとも、もっと上手に立ち回っていたとでも思っていたのか? 暗殺者を見て驚いた顔をしたのは、姫巫女が生きているのを見て驚いたのを隠すためだったのではないのか?!」
「セノ卿、八つ当たりおやめなさい!」
と声を荒げたのはパソンだった。
「あなたも、あの大樹をご覧になったでしょう!」
「両手で樹に触れたのを見ただけです」
「触れただけで、大樹にしたのですよ!」
「それは、神々がなさったことです」
「なぜ、そう言いきれます」
「あなたがあそこにおられた。だから奇跡が起きたのです」
とセノ卿は言った。真剣だった。姫巫女を褒め称えているような顔ではなかった。しかし、心から、悔しがりながらも信じている顔だった。
「あなたは、希代の姫巫女です。噂は事実だったと言うわけです。これで、大地が潤いだせば、本当に、我らはあなたの神のためならなんだったいたします」
「わたくしの力ではありません。わたくしだからこそ知っています」
パソンが、アーヘルゼッヘを見上げた。アーヘルゼッヘはここでも首を左右に振るしかなかった。
「私の力でもありません。あれは、大樹の力です。単に、大地に喜び天に声を届けようとした大樹が、うっかり大きく育ってしまっただけのことです」
パソンがぷっと吹き出した。そして、目の中に笑いを含んでつぶやいた。
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