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74.丘の中腹にある庭園の中
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アーヘルゼッヘは、すぐに老人の居場所を見つけた。丘の中腹にある庭園の中だった。そこは、巨大な東屋のように見えた。四方の柱が、四角い石の天井を支え、天井からはつる草が花を咲かせて垂れ下がる。その下には満々たる湯が満ちている。
湯からは白い湯気が上がり、花々や果物が浮かんでいて、甘い香りを放っていた。その湯の中央に、四肢を広げて老人は浮いていた。美しい女性達が衣を脱いで、老人をつつくように支えながら、互いに湯をかけあったり、花を投げて遊んでいる。
それが、目もくらむ光を受けてひっくり返ったり、互いに抱きついて悲鳴を上げ、何がなんだか分からなくなった。と思ったら、アーヘルゼッヘが老人の真上に立っていた。アーヘルゼッヘは、瞬きする必要もなく、気がついたら、湯のすぐ上に老人を見下ろしながら立っていた。
「やはり北の者であったか」
老人は、光の渦も目の前に突然現れた銀髪の若者を見ても、動じなかった。筋ばかり目立つ四肢をゆるく動かして、膨れた腹を湯からぽかりと浮かしながら、アーヘルゼッヘを見上げて言った。四方の女性が悲鳴を飲んで、逃げればいいのか、老人を助ければいいのか分からないのか、仲間の腕を掴んで震えていた。
「防戦の準備はしないのか?」
アーヘルゼッヘは湯に浮かぶ老人に訪ねた。老人は四肢を動かしけだるげに瞼を閉じた。
「誰かがやる」
「あなたの帝国ではないのか? あなたが束ねているのではないのか?」
「それなら、こんなところで浮いてはおらぬよ」
そう言って、目を開けた。まっすぐにアーヘルゼッヘを見上げながら、
「権力は欲しくないか? 金なら腐るほどある。わしの手足となって動いてみぬか? この世の栄華を極めたいと思わぬか?」
そう言って、にやっと笑った口からは歯が抜け落ちた歯列が見えた。老人の心の腕がおっかなびっくりと言った様子で伸びてくる。
「わしは皇帝である。この世に並ぶ者とていない、権力者である。わしに従い、わしの力となってみぬか?」
そう言いながら、老人の眼は白濁していく。その老人の心に湧き上がってきた夢は、若い自分が議会を従え、杓杖を振るって帝国に君臨する姿だった。
「何でもやろう。わしの言うことを何でも聞くなら、わしが家名を認めてやろう。爵位が欲しいか? 商権が必要か? 何が欲しいか言うてみよ」
言いながら、夢想の中で夢が徐々に変わりだす。大臣が老人の言葉を聞かなくなり、家臣が関心を買おうと美女を集めて賑やかになる。古い家臣や爵位の者が、儀式が終わるのをじっと待って頭を下げ続けるのを見つめ、終わると同時に、宮殿の下の商人たちの大広間へ忙しそうに去って行く。老人はじっと見送ることになる。夢想か現実かは分からなかった。
「あなたにそんな権威はない」
「忘れたか? 従者の命はわしのものだ」
「いたずらに権力にしがみついているだけの老人だ」
「いたずらだと?! わしがいたずらにしがみついていると申すのか! ここに据えたのは、わしではない。彼らだ。わしが素晴らしい、わしの力が必要だと、さんざん褒め称えて回った彼らが、わしをここへ連れ込んだのだ!」
そう言って、腕をまわして、バランスを崩し、お湯の中に沈み込んだ。必死にもがいて、
「おまえに何が分かる? 若い時に何もかも取り上げられて、わしに残されたのはこの庭と、この風呂と小さな建物のみじゃ。わしにできることと言えば、言われたとおりに権力をやるだけ。わしにやれる権力が欲しくて集まってくる。だからわしはくれてやる。だからやつらは、わしを拝んで、大事にし、わしは世界に君臨するのじゃ!」
湯の中に沈みながら、しわがれ声で必死に叫ぶ。アーヘルゼッヘは空中で半歩下がった。女性が慌てて近寄って老人の腕をつかむ。しかし、細い骨と皮だけの老人は、腕は跳ね上げ、女性達の腕を払った。そして、正面に立つ、銀の髪の若者に、
「おまえへ良いものをくれてやろう。めったに貰えぬものゆえ、大事に致すといい。わしの素晴らしい思い付きじゃ」
そう言って、口をゆがめて歯茎をむき出しにした。老人はおぼれながら、かっと眼を見開くと、
「誰ぞ! この若者はわしの臣下じゃ。わし付きの、わし付きの。どこかの爵位があったじゃろう」
とうめく。女性の一人が何かをささやくと、
「そうじゃ。この間、首にした、バテレスト家の主の地位があいていた。主を申請してこないのは、わしに決めて欲しいということじゃ。みなのもの、この者は、バテレスト家の主である! 主にせよ! わしの命令である」
と怒鳴り、女性の手でようやく息ができるほど上半身が湯から上へ引き上げられた。
湯からは白い湯気が上がり、花々や果物が浮かんでいて、甘い香りを放っていた。その湯の中央に、四肢を広げて老人は浮いていた。美しい女性達が衣を脱いで、老人をつつくように支えながら、互いに湯をかけあったり、花を投げて遊んでいる。
それが、目もくらむ光を受けてひっくり返ったり、互いに抱きついて悲鳴を上げ、何がなんだか分からなくなった。と思ったら、アーヘルゼッヘが老人の真上に立っていた。アーヘルゼッヘは、瞬きする必要もなく、気がついたら、湯のすぐ上に老人を見下ろしながら立っていた。
「やはり北の者であったか」
老人は、光の渦も目の前に突然現れた銀髪の若者を見ても、動じなかった。筋ばかり目立つ四肢をゆるく動かして、膨れた腹を湯からぽかりと浮かしながら、アーヘルゼッヘを見上げて言った。四方の女性が悲鳴を飲んで、逃げればいいのか、老人を助ければいいのか分からないのか、仲間の腕を掴んで震えていた。
「防戦の準備はしないのか?」
アーヘルゼッヘは湯に浮かぶ老人に訪ねた。老人は四肢を動かしけだるげに瞼を閉じた。
「誰かがやる」
「あなたの帝国ではないのか? あなたが束ねているのではないのか?」
「それなら、こんなところで浮いてはおらぬよ」
そう言って、目を開けた。まっすぐにアーヘルゼッヘを見上げながら、
「権力は欲しくないか? 金なら腐るほどある。わしの手足となって動いてみぬか? この世の栄華を極めたいと思わぬか?」
そう言って、にやっと笑った口からは歯が抜け落ちた歯列が見えた。老人の心の腕がおっかなびっくりと言った様子で伸びてくる。
「わしは皇帝である。この世に並ぶ者とていない、権力者である。わしに従い、わしの力となってみぬか?」
そう言いながら、老人の眼は白濁していく。その老人の心に湧き上がってきた夢は、若い自分が議会を従え、杓杖を振るって帝国に君臨する姿だった。
「何でもやろう。わしの言うことを何でも聞くなら、わしが家名を認めてやろう。爵位が欲しいか? 商権が必要か? 何が欲しいか言うてみよ」
言いながら、夢想の中で夢が徐々に変わりだす。大臣が老人の言葉を聞かなくなり、家臣が関心を買おうと美女を集めて賑やかになる。古い家臣や爵位の者が、儀式が終わるのをじっと待って頭を下げ続けるのを見つめ、終わると同時に、宮殿の下の商人たちの大広間へ忙しそうに去って行く。老人はじっと見送ることになる。夢想か現実かは分からなかった。
「あなたにそんな権威はない」
「忘れたか? 従者の命はわしのものだ」
「いたずらに権力にしがみついているだけの老人だ」
「いたずらだと?! わしがいたずらにしがみついていると申すのか! ここに据えたのは、わしではない。彼らだ。わしが素晴らしい、わしの力が必要だと、さんざん褒め称えて回った彼らが、わしをここへ連れ込んだのだ!」
そう言って、腕をまわして、バランスを崩し、お湯の中に沈み込んだ。必死にもがいて、
「おまえに何が分かる? 若い時に何もかも取り上げられて、わしに残されたのはこの庭と、この風呂と小さな建物のみじゃ。わしにできることと言えば、言われたとおりに権力をやるだけ。わしにやれる権力が欲しくて集まってくる。だからわしはくれてやる。だからやつらは、わしを拝んで、大事にし、わしは世界に君臨するのじゃ!」
湯の中に沈みながら、しわがれ声で必死に叫ぶ。アーヘルゼッヘは空中で半歩下がった。女性が慌てて近寄って老人の腕をつかむ。しかし、細い骨と皮だけの老人は、腕は跳ね上げ、女性達の腕を払った。そして、正面に立つ、銀の髪の若者に、
「おまえへ良いものをくれてやろう。めったに貰えぬものゆえ、大事に致すといい。わしの素晴らしい思い付きじゃ」
そう言って、口をゆがめて歯茎をむき出しにした。老人はおぼれながら、かっと眼を見開くと、
「誰ぞ! この若者はわしの臣下じゃ。わし付きの、わし付きの。どこかの爵位があったじゃろう」
とうめく。女性の一人が何かをささやくと、
「そうじゃ。この間、首にした、バテレスト家の主の地位があいていた。主を申請してこないのは、わしに決めて欲しいということじゃ。みなのもの、この者は、バテレスト家の主である! 主にせよ! わしの命令である」
と怒鳴り、女性の手でようやく息ができるほど上半身が湯から上へ引き上げられた。
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