卯月ゆう莉は罪つくり

Hatton

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ショートショート

つられ笑い

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「いまどんな感じ?」

「そろそろ出てきそうです」

「オーケー、終わったら教えて」

「…」

「ねえ!なんで黙るの!?」

「まだ終わってないからですよ」

「静かになったら余計に怖いじゃん!ムード怖さない程度にほどよく喋り続けて!」

「そんな無茶な」

「っていうかもう開けていい?まだ?」

「先輩…怖いところで目を閉じたらホラー映画の意味ないでしょう?」

神崎造かんざきつくるは、ため息混じりに言った。

ソファの左隣には、目をしっかりつむった卯月うづきゆうがいる。

「だって~、うわああああ!」

造の言葉を受け、うっかり目を開けた途端、タイミングよくホラー映画の見せ場が映し出された。

「せんぱ…落ちつい…ゴホッ!くるし…!」

美少女が恐怖のあまりしがみつくという、ベタなラブコメが展開された。

しがみつかれてる当の本人は、容赦のない締めに本気で苦しんでいるようだが…

「もうやだああー!この映画やめるー!」

「だから言ったじゃないですか」

駄々っ子になったゆう莉を引き剥がし、造はリモコンを操作して映画を停止した。

テレビ画面はお馴染みの動画サブスクリプションのUIに切り替わる。

「どうしてホラー苦手な人って、苦手なくせに見たがるんですか?」

「なぜだろうね…わたしにもわからないよ…」

造のもっともすぎる疑問に、ゆう莉は放心状態で答えた。

ゆう莉の家のリビングにて、突発的に開催された映画上映会は、最初の一本めにして中断となった。

ゆう莉は気を紛らわすように、造のお手製フライドポテトを口に放り込み、コーラで流し込んだ。

「うまあ!これぞお家映画の醍醐味よねー!」

ようやく調子を取り戻したゆう莉を尻目に、造はリモコンを操作して次の映画を物色している。

「気分を変えて、次はコメディーにしますか?」

「コメディーか…」ゆう莉は画面ではなく、造の顔をジッと見つめながら言った。

「なにか?」

「コメディを観れば流石に少しは笑うの?」

「…どうでしょう、あんまり変わらないかもです」

「チッ!」

ゆう莉は軽く舌打ちした。

造はもちろんそれが本気の苛立ちでないとわかっている。わかってはいるが、心に小さく痛みが走った。

今日の昼に、クラスメートからなんの気なしにいわれた言葉が蘇る。

「お前さあ、ちょっとは笑えよ」

「シンプルにこえーんだよ、女子とか本気でビビってるやつもいるぞ?」

悪気も本気もない、ただの弄りだった。

だが女子に怖がられているという事実は、少年心にかなりの痛手だった。

何よりも、いま隣でポテトを頬張っている小さな先輩も女子であり、ときに怖がらせているかもしれないと思うと…

「すいません」造はいたたまれないくなり、つい謝った。

「ふえ?なにが?」

「無愛想なことです。たしかにあまり良いことじゃ…!?」

造の言葉は途中で止まった。ゆう莉がほっぺを軽くつねったからだ。

「マジにとらないでよ」と真剣な面持ちで彼女は言い、直後にニカっと笑った。

「わたしは君の仏頂面、けっこー好きだよ」

ゆう莉はあっけらかんと言った。

その花の咲くような笑顔と、ほっぺをつまむ指の感触に、造はモジモジと落ち着かない気分になった。

「それにさあ」とゆう莉は続けながら、ニカッとからニマニマに表情が移り変わる。

「最近は君の表情も読めるようになってきたしねー、慣れると案外わかりやすいよねー?」

「…はやく次の映画決めましょう」

今日も今日とて、卯月ゆう莉は罪つくりである。

画面をスクロールしていた造は、新しく追加された映画の項目で手を止めた。

「あ」と思わず声が出る造。

「ん?なんかいいのあった?」

「いや、この映画もう見放題に追加されたんだと思って」

「このピエロのおじさんのやつ?」

「ええ、まあ」

「あ!思い出した!ちょっと前に公開されて話題になったやつだよね、アカデミー賞もとったっていう」

「そうですね、監督と主演俳優が両方とも受賞しました」

「たしか、アメコミヒーローのスピンオフ的なやつだっけ?」

「一番人気の悪役を主人公にしたって感じですかね」

「観たことある感じ?」

「劇場で」

「面白かった?」

「…俺は好きでしたけど」

造は劇場公開されたと同時に、友人とこの映画を観にいった。

終わった後、造はここ数年で一番の傑作だと思い、友人は「金をドブに捨てたわー」と豪語するほどの酷評だったのである。

実際にこの映画は「傑作」と「駄作」で評価が真っ二つに分かれるタイプだ。公開当初のレビュー評価もかなり荒れた。

最高の映像体験をさせてもらった映画であると同時に、自分の好きを分かち合えなかったというもの寂しい思い出もある映画でもあるため、少し複雑な感情を造は抱いていたのである。

だからゆう莉にも手放しでお勧めできなかった。

「じゃあ観てみよっと」

「いや、でも…」

「どしたん?めっちゃ怖いとか?あ、それとも元のヒーロー映画に詳しくないとダメとか?」

「どっちでもないですが、わりかし好みがはっきり分かれるタイプで」

「いいねえ!そういう尖った感性の作品大好き!」

ゆう莉はすっかり乗り気である。そして付け加えるように言った。

「それに君の趣味はけっこう信用してるからね」

造はまたモジモジと落ち着かない気分になりつつ、画面の再生アイコンをクリックした。

二人は黙って映画を観始めた。

ゆう莉は真剣に画面に食いついている。

造はまだ落ち着かず、ソワソワしていた。

友人と評価が分かれたときは、もの寂しくはあっても、ただの趣味の違いだと割り切れた。

でも、もしも、ゆう莉が友人と同じ感想だったら、もの寂しいでは済まない気がしていたのだ。

造は祈るような気持ちで、ゆう莉の真剣な横顔をこっそりと見つめた。

2時間後、エンドロールが流れた。なんだかんだで造も見入っていた。

思い出したようにゆう莉の顔を見やると、彼女は大きく息を吐き出してぽそりと呟いた。

「なんか…思ってたのと違った…」

造は心臓が重いローラーでならされるような感覚がした。

「なんていうか、想像以上にヤバかった!!」

ゆう莉の溌剌とした声に、造はうつむきがちだった顔を上げる。

「なにこれ!?ヒーロー映画の皮を被った社会派サスペンスじゃん!同時にサイコスリラー!?どこまでが妄想で現実?すごすぎでしょ!あの階段を踊りながら下るシーンなんて鳥肌もんだよ、もいっかい観ていい?」

興奮気味に語りながら、ゆう莉は画面を巻き戻してお気に入りのシーンをまた流した。

「ここ本当にやばい、最高すぎる…ああ!私も劇場で観たかったあああ!」

ゆう莉の絶賛を聴きながら、造は心からホッとする気持ちと、色とりどりの喜びが体の中心から湧き上がるのを感じた。

頰がかすかに火照り、口の中がムズムズと蠢き、顔の筋肉が自分の意思でコントロールできなくなった。

「いま2が製作中みたいですよ」と造はゆう莉に教える。

「そうなの!?それは絶対に観にいこ…」

造からの良い知らせを受け、彼の顔を見たゆう莉は目を見開き、言葉を止めた。

「どうかしました?」

造は不自然に沈黙したゆう莉に問いかけた。

ゆう莉は、フッとほどけるように笑った。まるで、、笑った。

「ううん、なんでもないよ。2は絶対に観に行こうね、一緒にさ」

「ええ、必ず」

この後の二人の感想会は、映画の上映時間より長く続いた。
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