25 / 51
23
しおりを挟む
一ヶ月のつもりだった俺の休暇は、結果的には二週間で終わった。
「これ、どこに展示すれば良いですか?」
「えっと…とりあえず店頭のケースのどれかに」
床に雑然とダンボールが転がり、壁一面に空のガラスケースが立ち並ぶ、十坪程度の敷地にて、俺と部下の並木さんはせかせかと作業していた。
「ちょっと休憩しようか」
「そうですね」
並木さんは肩を回しながら、疲れ混じりの声で告げた。
スラリとしたモデル体系であるためか、Tシャツにジーンズというラフな格好でもサマになる。
似たような格好の俺はというと、ただの服に無頓着なオッサンにしか見えんだろうな。
うーん、と伸びをした彼女の、裾から覗く白い肌から、俺はそっと目を逸らす。
「一から店を作るって大変なんだなあ」
「前の会社ではオープニングの経験なかったんですか?」
「そもそも新店舗自体あんまり出してなかったから」
並木さんは会話しつつも、床に直置きされたコーヒーメーカーをいじっている。
手持ち無沙汰な俺はダンボールの中にあるブランドバッグを手に取り眺め、どこに展示するかを思索していた。
「どうぞ」
「え?」
「あ、コーヒー苦手でしたか?」
「ううん、そんなこと無いよ。どうもありがとう」
彼女は俺の分までいれて持ってきてくれたのだ。
前の店では絶対に起こり得なかった気遣いに、面食らってしまった。
じんわりと沁みる色々な温もりにひっそりと感動しながら、ふと壁にかけた時計を見ると。
「うわ、もうこんな時間か。並木さんはもう上がっていいよ」
時刻は夜八時を回っていた。朝から作業しているから、とうの昔に時間外労働だ。
ところが、彼女は大きく首を振りながら、意気揚々と答える。
「いえいえいえ、せめて床が綺麗になるくらいまでは片付けちゃいますよ」
「それくらい俺がやっとくから」
「それじゃあ岩城さんが帰れないじゃないですかー」
高校、大学と陸上部に所属していたという彼女は、スポーツ女子らしい爽やかな笑みを俺に向け、快活に答えた。
前の職場の田淵さんと同じ歳くらいだったはずだが、こうも違うものか。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと目が疲れてね。おじさんはすぐに色んなとこが疲弊するから困るよ、ははは」
俺はなぜか熱くなった目頭を抑えていた。
「…っていうことがあってさ、なんかこう、不思議とグッときちゃったんだよね」
いつものファミレスで、俺は数日前の体験を話した。
「ふーん」
杏子は相変わらず聞いてるんだか聞いてないんだかわからない調子で、ポテトを齧りながら相槌を打った。
「歳のせいか、自分でもよくわからないとこで涙腺が刺激されて困ったもんだよ」
「山王戦の後半でポロッと泣いたゴリとおんなじ気持ちだったんじゃね?」
「ああ!確かにそんな感じ…ってなんでそのネタ知ってるの?」
「ママが日本の漫画大好きだったから、うちに全巻あったんだよね」
杏子は垂れそうになったピザのチーズを舌で受け止め、口の中におさめ飲み込んでから、ペロリと唇を舌でなぞった。
その動作に艶っぽさを感じた俺は、情けなくも心臓が跳ねてしまう。
「ちなみにアタシはメガネくん推しだったなー」
「また渋い趣味だね」
アラサーとJKの共通言語になり得るとは、スラダンってやっぱりすごい作品だ。
しばらく名作バスケ漫画談義に花を咲かせていたが、ひと段落ついたところで杏子がふと尋ねた。
「で?新しい職場はどんな感じ?」
「まあ、まだ働いて三週間だからなんともだけど…」
「前の同僚が社長やってるんだっけ?」
「そうそう、仕事辞めたって話したらさ…」
俺よりも三年も前に辞めたその同僚とは、年に何度か連絡しあう程度の仲だった。
だから自らブランド買取系の会社を興していたのは知っていたが、どうやらかなり順調らしい。
そして、新店舗を立ち上げるから、ノウハウを持っていて信頼できる人材に任せたいとのことで…
「そんで、岩城さんを誘ったと」
「そんな感じ」
「なんか前の仕事の二の舞?になりそうだけど?」
「そこは俺も心配してる。でもたぶん大丈夫」
「なんで?」
「だって週休二日は確保してくれるし、残業代も出してくれるからね」
いっても立ち上げて間もないベンチャー企業なので、忙しいし残業も少なくないが、その辺はきっちりやってくれていた。
自信満々に告げる俺に対し、杏子は地に落ちたアイスクリームを見つめる視線をよこした。
「岩城さん…それ、普通のことでしょ?」
「それを言っちゃあおしめえよ」
「はあ、働くってムナシーね」
寅さんネタは伝わらなかった。まあ当然か。
「ところでその並木さんって美人?」
「まあ爽やか系美人って感じか…な?」
「ふーん」
杏子はコーラに刺さったストローを回し、不自然に沈黙した。
「どうかした?」
「セクハラで訴えられないようにね」
「そ、そんなことするわけないだろ!?」
「知ってた?エロい目でジロジロ見んのもセクハラなんだよ?」
「…」
そこに関しては、はっきりと否定しにくい。
杏子は少し前のめりになって、胸を机の上にポンと載せた。いや、むしろ「ドサっと載せた」の方が正しいかもしれん。
「そうそう、そんな感じの目」
「猛省いたします」
俺と杏子の一風変わったパパ活は、こんな風続いていた。
ハタからの見え方はともかくとして、ただ会って飯食って話すだけの、いたって健全な付き合いだ。
ただ一点、俺が彼女に本気で惚れていることが、どうにも後ろめたく、とにかく不健全な要素だった。
「これ、どこに展示すれば良いですか?」
「えっと…とりあえず店頭のケースのどれかに」
床に雑然とダンボールが転がり、壁一面に空のガラスケースが立ち並ぶ、十坪程度の敷地にて、俺と部下の並木さんはせかせかと作業していた。
「ちょっと休憩しようか」
「そうですね」
並木さんは肩を回しながら、疲れ混じりの声で告げた。
スラリとしたモデル体系であるためか、Tシャツにジーンズというラフな格好でもサマになる。
似たような格好の俺はというと、ただの服に無頓着なオッサンにしか見えんだろうな。
うーん、と伸びをした彼女の、裾から覗く白い肌から、俺はそっと目を逸らす。
「一から店を作るって大変なんだなあ」
「前の会社ではオープニングの経験なかったんですか?」
「そもそも新店舗自体あんまり出してなかったから」
並木さんは会話しつつも、床に直置きされたコーヒーメーカーをいじっている。
手持ち無沙汰な俺はダンボールの中にあるブランドバッグを手に取り眺め、どこに展示するかを思索していた。
「どうぞ」
「え?」
「あ、コーヒー苦手でしたか?」
「ううん、そんなこと無いよ。どうもありがとう」
彼女は俺の分までいれて持ってきてくれたのだ。
前の店では絶対に起こり得なかった気遣いに、面食らってしまった。
じんわりと沁みる色々な温もりにひっそりと感動しながら、ふと壁にかけた時計を見ると。
「うわ、もうこんな時間か。並木さんはもう上がっていいよ」
時刻は夜八時を回っていた。朝から作業しているから、とうの昔に時間外労働だ。
ところが、彼女は大きく首を振りながら、意気揚々と答える。
「いえいえいえ、せめて床が綺麗になるくらいまでは片付けちゃいますよ」
「それくらい俺がやっとくから」
「それじゃあ岩城さんが帰れないじゃないですかー」
高校、大学と陸上部に所属していたという彼女は、スポーツ女子らしい爽やかな笑みを俺に向け、快活に答えた。
前の職場の田淵さんと同じ歳くらいだったはずだが、こうも違うものか。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと目が疲れてね。おじさんはすぐに色んなとこが疲弊するから困るよ、ははは」
俺はなぜか熱くなった目頭を抑えていた。
「…っていうことがあってさ、なんかこう、不思議とグッときちゃったんだよね」
いつものファミレスで、俺は数日前の体験を話した。
「ふーん」
杏子は相変わらず聞いてるんだか聞いてないんだかわからない調子で、ポテトを齧りながら相槌を打った。
「歳のせいか、自分でもよくわからないとこで涙腺が刺激されて困ったもんだよ」
「山王戦の後半でポロッと泣いたゴリとおんなじ気持ちだったんじゃね?」
「ああ!確かにそんな感じ…ってなんでそのネタ知ってるの?」
「ママが日本の漫画大好きだったから、うちに全巻あったんだよね」
杏子は垂れそうになったピザのチーズを舌で受け止め、口の中におさめ飲み込んでから、ペロリと唇を舌でなぞった。
その動作に艶っぽさを感じた俺は、情けなくも心臓が跳ねてしまう。
「ちなみにアタシはメガネくん推しだったなー」
「また渋い趣味だね」
アラサーとJKの共通言語になり得るとは、スラダンってやっぱりすごい作品だ。
しばらく名作バスケ漫画談義に花を咲かせていたが、ひと段落ついたところで杏子がふと尋ねた。
「で?新しい職場はどんな感じ?」
「まあ、まだ働いて三週間だからなんともだけど…」
「前の同僚が社長やってるんだっけ?」
「そうそう、仕事辞めたって話したらさ…」
俺よりも三年も前に辞めたその同僚とは、年に何度か連絡しあう程度の仲だった。
だから自らブランド買取系の会社を興していたのは知っていたが、どうやらかなり順調らしい。
そして、新店舗を立ち上げるから、ノウハウを持っていて信頼できる人材に任せたいとのことで…
「そんで、岩城さんを誘ったと」
「そんな感じ」
「なんか前の仕事の二の舞?になりそうだけど?」
「そこは俺も心配してる。でもたぶん大丈夫」
「なんで?」
「だって週休二日は確保してくれるし、残業代も出してくれるからね」
いっても立ち上げて間もないベンチャー企業なので、忙しいし残業も少なくないが、その辺はきっちりやってくれていた。
自信満々に告げる俺に対し、杏子は地に落ちたアイスクリームを見つめる視線をよこした。
「岩城さん…それ、普通のことでしょ?」
「それを言っちゃあおしめえよ」
「はあ、働くってムナシーね」
寅さんネタは伝わらなかった。まあ当然か。
「ところでその並木さんって美人?」
「まあ爽やか系美人って感じか…な?」
「ふーん」
杏子はコーラに刺さったストローを回し、不自然に沈黙した。
「どうかした?」
「セクハラで訴えられないようにね」
「そ、そんなことするわけないだろ!?」
「知ってた?エロい目でジロジロ見んのもセクハラなんだよ?」
「…」
そこに関しては、はっきりと否定しにくい。
杏子は少し前のめりになって、胸を机の上にポンと載せた。いや、むしろ「ドサっと載せた」の方が正しいかもしれん。
「そうそう、そんな感じの目」
「猛省いたします」
俺と杏子の一風変わったパパ活は、こんな風続いていた。
ハタからの見え方はともかくとして、ただ会って飯食って話すだけの、いたって健全な付き合いだ。
ただ一点、俺が彼女に本気で惚れていることが、どうにも後ろめたく、とにかく不健全な要素だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる