痛愛と狂恋

Hatton

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光あれ

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神は言った。光あれ、と。

神様はこの世界を作るにあたって、まず光を灯すところから始めた。

そしてこの部屋は、神様が手をつける前の世界を再現したもの。つまり、この世のあらゆる穢れが生まれる前の状態。だから「原初の部屋」と呼ばれている。

3つのドアに阻まれ、わずかな光も届かず。音すらほとんど聞こえず。自分が存在していることすら曖昧になる。

ここに初めて入れられたのは確か…5歳とかだったかな。そのとき私は泣いた。叫びながら、母親や父親の名前を呼び、ドアを叩いて、引っ掻いて、失禁までした。

それでもこのドアが開けられたのは、私が恐怖で気を失ってから。目が覚めたときには自分のベッドにいた。

もう二度とこんなとこに入れられたくない。だから、死ぬ気で間違いを犯さないようにした。常に張り詰め、全身全霊で自分の行動を制御しようとしていた。でもまた入れられた。なんどもなんども、どれだけ気をつけようが、どれだけ両親を喜ばせようが、当たり前のようにこの部屋に放り込まれた。

後で知ったのは、私の行動や言動は関係ないということ。子供の魂は穢れやすいから、頻繁に入れなきゃダメらしい。

大事なのは、穢れを拒絶することではなく、受け入れること。穢れて、浄化し、また穢れてを繰り返すこと。それを魂の洗練と呼ぶ。こうすることで魂は強く美しい輝きを放つ。

筋トレみたいな理論だ。

つまりこの部屋に入ることは、魂のウエイトトレーニングみたいなもの。そして高校生になった今も、週に一度、日曜日には入らなきゃいけない。どれくらい入っているかは、私の話を聞いた母親のさじ加減で決まる。今日は、私の肌感だとたぶん夜中までかかるだろうな。なにせ男子生徒に襲われたのだから、相当な穢れがこびりついているんだろう。

「馬鹿馬鹿しい」せっかく誰も聞いていないんだし、本音を口にしてみた。

跪くのに飽きて、ゴローンと寝そべると、硬い絨毯の質感、床の冷たさが伝わる。寝心地は最悪だ。この硬さは冷たさは、この部屋で溶けて死んでいった色々な「私」の残骸なのかな…なんてね。

この部屋で

最初に消えたのは「怖い」と思う私。やがて「寂しい」とか「不安」もいつの間にか、この部屋で溶けてなくなっていった。そうすると不思議なことに、「嬉しい」とか「楽しい」とかを感じる私もいなくなった。

気づけば私は空っぽになった。

全ての感情は、私にとってはただの動作でしかない。笑うということは、目尻と唇の両端、声帯を意識的に動かすことでしかない。誰かの感情を理解はできても、共感や同調はできない。

そうなると自然と、全ての生き物に興味がなくなる。もちろん人間も含めてだ。

母親、父親、教員、男子生徒、女性生徒、私にとってはその字面以上の意味はない。そこに確かに存在しているが、そこに思いれる余地がない、地図記号のような存在だ。

強すぎる漂白剤につかり過ぎた皮膚細胞みたいに、いくつもの私がここで死んだ。だから誰よりもしっかりと、浄化されたと言えるかもしれない。

でも、そんな私にもたった一つだけ残ったものがある。それが綾人への恋。それが私の全てになった。

綾人という名前が頭をよぎった途端、ほおを乗せた綾人の肩の質感、私の肩を抱いてくれた綾人の手の感触と温度がありありと蘇る。下半身の一番デリケートな部分が濡れてきた。

ああ、私って本当にダメな女だ。でもどうせ他にやることもないからいいか。

慎重に、突起した一部分に触れ、ゆっくりと撫でる。これ以上ないくらい優しくそっと、撫でる。焦れ焦れしてしまうくらい、優しく撫でる。

きっと綾人ならこんな触り方をする。

何千回と繰り返してきた妄想は、自分でもどうかと思うくらいの解像度で脳裏に再生される。私の手は、今や私の意識から外れ、バーチャルな綾人の手として動き始めている。

「はあ…はあ…ん」

思わず声が出そうになって、服の袖を噛む。そして同時にこれは綾人から借りパクしてるパーカーだったことを思い出した。もう綾人の香りなんて残っていないのに、あの日、私をおかしくさせた匂いが鼻腔に再現され、下着をグッショリと濡らすくらい、体液が溢れた。

綾人、あなたに想いを伝えた日、本当に悲しかった。この恋が絶対に叶わないと知ったから。

でも本当に嬉しかった。あなたが誰のものにもならないことがわかったから。そして、やっぱり、私は綾人の一部なんだとわかったから。

だってそうでしょ?私の中には綾人への恋慕しかない。この気持ちは激しい性欲を連れてくる。煮えたぎるのような怒りを燃え上がらせる。喜びも歓びもくれる。心からの笑顔も涙も、全部あなたを通すことでしか生まれない。綾人がいないと、私は本当に空っぽなんだ。



逆に綾人の中には、少し触れるだけで溢れてしまうほどの感情がある。あまりにたくさんありすぎて、自分すら飲み込んでしまうほどの、深い深い愛やら何やらが満ちている。



ほら、私はまるであなたから抜け落ちたカケラみたいじゃない?

綾人の側にいるとき、綾人を想うときだけが、私は私でいられる。私はあなたに恋がなくて構わない。ちょっと悲しいけど、その悲しさすらもあなたがもたらしてくれたもの。あなたがずっと側にいてくれるなら、痛みも苦しみも愛おしい。

あなたに恋をして、絶対にかなわないと知って、それでも心からそばにいたいと思ってる。そんな女は私以外にいるはずがない。そうでしょ綾人?

だから、ずっとずっと一緒だよ。

「ん…んん!ああ!」

とうとう声を抑えきれず、小さく叫びながら私は果てた。肩と内腿がビクビク痙攣して、湿った息が漏れては引っ込む。

ああ、私はやっぱりダメな女だ。あの男子生徒を追放したのも、綾人のためだったはずなのに、こうして上り詰めて、イキ果てると、結局は自分のためだったんだと思い知る。

肩は綾人に触れられた部分だけが、ジンジンと熱を帯びているかのよう。いっそこのまま火傷みたいにくっきり跡がついてほしい。

この熱を得るため、ただそれだけのために、私はあの男子生徒を利用したんだ。あの男子生徒…名前なんだったっけ?

私は結局、私のためにしか動けない。

だからきっとこの気持ちは恋でしかなく、愛に変わることもないんだろう。

でもそれでいい。むしろその方がいい。

綾人?愛にはもうウンザリでしょ?

私の恋は絶対にあなたを縛り付けない、傷つけない。優しく包み込んで、そうだとわからないほど甘やかに、あなたを支配してあげるから。


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