自由を求めて

雪水

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三章 決断

逃げよう。

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親が帰ってきてから大和に鍵を渡した旨を伝え、夕飯を食べた。

風呂に入り寝る前にスマホを開くと宵待から連絡が来てた。

「今日なんか神薙が落ち込んでるように見えたから気にかけてやってな、なんて俺が言うことでもないか。」

「ありがと、宵待やさしーねぇ」

さてと、寝るとしますか。

ヴー ヴー

電話がかかってきた。

大和だった。

「斗真くん、あのね、落ち着いて聞いてくれる?」

「ど、どした?いやまぁ聞くけど。」

「僕明日家出する。もう嫌になった。」

「え?」

「ごめんそれだけ、おやすみ。」

「待って!」

「止めないで。いくら斗真くんでもこればっかりは聞けない。」

「別に俺止める気なんてサラサラないけど。」

「え?」

「一緒に行こう。」

「え?」

「逃げよう。明日、午後五時。俺の家の前に来て。」

「でも斗真くんの親心配するんじゃ?」

「大和の家行くって言うよ。」

「帰ったら怒られるんじゃない?」

「家出なのに帰るつもりなのか?」

「確かに。」

「俺も多分疲れてるんだろうな、何も感じなくなってきた。」

「僕も。」

「だから明日さ、もしよかったら。」

「うん。」

「一緒に死のう。」

「嬉しい、僕ね、あの日からずっと考えてたんだ。どうすれば斗真くんを悲しませずに死ねるかなって。一緒に死ねばよかったんだね。」

「それが俺等が出した最適解だよ。」

「楽しみだね、おやすみ。」

「おやすみ。」



親が仕事に行ったタイミングで俺は起きて書き置きを残した。

「今日は神薙のところ遊びに行ってます。遅くなるかも。」

次に大和にラインを送った。

「今から会える?」

直ぐに返事が来た。

「実は今斗真くんの家の前なんだよね。」

ガチャ

鍵が開けられ大和が入ってきた。

「おはよう斗真くん。」

「おはよ、大和。」

「何する?」

「俺まだ眠いから二度寝しようかな~」

「じゃあ僕斗真くんの横にいるね。」

二人で二階の俺の部屋に来た。

「じゃ、おやすみ。30分か1時間経ったら起こして。」

「ん、わかった。おやすみ。」

✦大和目線✦

「...寝た、かな。」

「僕実は一つ嘘ついてたんだ。」

「体育祭の日、あの日僕は連れて行かれるのが怖かった。」

「男が好きってバレるのが怖かった。」

「自分の気持ちが否定されるかも知れなかったことが怖かった。」

「親に斗真くんとの関係が否定された。」

「言えなかった。」

「考えれば考えるほど親への憎しみが強くなって。」

「好きなくせに考えたくなくて。」

「斗真くんが本当に僕のことが好きなのか分からなかった。」

「斗真くんはさ、どんな気持ちで僕と過ごしてたんだろう。」

「男同士で恋愛ごっこして。」

「結婚もできない、親に認められすらしない。」

「子供も作れない、真似事しか出来ない。」

「何も出来ない何もない。」

「楽しいけど虚しい。」

「嬉しいけど悲しい。」

「恥ずかしいけど誇らしい。」

「幸せなはずなのに苦しい。」

「好きなはずなのに辛い。」

「ずっと一緒にいたいけど、」

「もう居れない。」

「この残酷なまでに美しい世界から逃げ出したい。」

「それもこれも全部今日で終わる。」

「終わらせる。」



「...ん~、さっきから何呟いてんの?」

寝ぼけ眼で斗真くんが聞く。

「ごめん、起こしちゃった?」

「別にいいけど...よっと、なんか一人で抱え込んでんじゃないのか?」

体を起こしながら僕に問う。

「あの日から僕たちの生活は変わっちゃったよねってこと、考えてたんだ。」

「変わったな。」

「僕今から遺書書くね。」

「ん、じゃあ俺も書こうかな。」



「いままでありがとうございました。短い間だったけど楽しかったです。僕はもうこの世界から逃げ出します。誰の手も目も声も届かないところで佐野くんとずっと一緒に暮らします。僕たちが死ぬ最大の理由は先日の体育祭の一件です。言葉で傷つけられ、行動で傷つけられ、何も信じることができなくなり、大人が怖くなりました。佐野くんの家や僕の家に来たあの先生は自分の事ばかり考え表面上しか謝罪の姿勢を見せませんでした。僕たちの精神状態が安定していなかったのも知った上で無理に押しかけてきた挙げ句、最終的にクソガキ呼ばわりされ殴りかかられそうになりました。一端の大人が、社会人が、教師がこんなことしたと知られたらどうなるでしょうね。この遺書が読まれる頃僕はおそらくこの世には居ませんがボイスレコーダーだけは残しておくつもりです。そのボイスレコーダー動かぬ証拠をどう学校側で活用するかはよく考えてください。僕たちの唯一の生きた証を、僕たちが死ぬことを決めた一切の理由をどうするもあなた達の自由です。もう僕たちは関係ないので好きにしてください。それでは。 神薙大和」


「宵待へ。 俺もう無理だ、ゴメンな。宵待があの後のクラスの雰囲気を良くしてくれたんだよな?大和に最初に質問しに言ったのも宵待だったらしいじゃねーか、無理ないよな。そりゃあ俺だってクラスメイトの立場ならすごい気になるもん。話は変わるけどこれを宵待が読んでる頃に俺は同じ世界には居ないと思う。大和と心中することに決めたんだ。これを書いてる今はもちろん生きてるけど後数時間後には死ぬ予定。何回も言うけどありがとうな、宵待。俺らのためにクラス盛り上げてくれて、いつでも戻りやすい環境作ろうとしてくれてるって聞いたぜ。その優しさに答えられないのはすごい残念だけどもう二人共限界なんだ。流石に逃げてもいいよな。最後に、この遺書を読んだら俺の家に来てほしい。俺の部屋のクローゼットに俺が書いていた日記があるんだ。それを俺が生きた証として他でもない、宵待に持っててほしいんだ。最後までわがままでごめん。 佐野斗真」


「父さんと母さんへ。俺はもう死にます。多分これを読んでる頃にはすでに決行済みだと思います。場所も何も明かさないで逝く親不孝の俺をどうか許してください。先日の体育祭の一件、いきなり押しかけてきた先生の一件、色々ありすぎて何をするにもやる気が出なくなりました。生きる気力すら失いました。神薙がボイスレコーダーを持っているので証拠として学校に提出します。多分もみ消されるでしょうが。なので父さんと母さんでボイスレコーダーを回しながらその証拠を学校に持って行ってほしいです。もし何も学校側から動きがなければその時のボイスを再生できるように準備してから行ったほうが良いと思います。最後になったけどいままで幸せだったよ。母さんが作るコロッケが一番好きだった。普段喋らないくせによく静かに笑ってる父さんの顔が好きだった。コロッケはもう食べられないし父さんの笑顔を見ることが出来ないのはすごく残念だけどもう俺は神薙と一緒に誰の手も届かないところに逃げることにしました。さよなら。 佐野斗真」

ん~、書けた。

斗真くんが伸びをしながらつぶやく。

「後は明日届くように投函するだけだね。」

「俺は今から宵待に渡しに行こうかな、まぁ学校だから郵便受けに入れるだけだけど。もう一つは家用だからここに置いといていいやつだし。」

「じゃあ行くときにこれ投函しようかな。」

「それでいいんじゃないか?」

✦ここから視点が斗真に戻ります✦

さてと、

「いつ行く?」

「んー、夕方と夜の間とかでどう?七時くらい。」

「ちょうどいいな、出歩いてても何も言われないしすぐに暗くなるから見つかりにくい。」

「ところで斗真くんってなんでそこまで宵待くんと仲良くなったの?」

「なんでだっけなぁ、確か前から存在は知ってたけど...」

「あ、知ってたんだ。」

「ま、去年も同じクラスだしな。」

「ふーん。」

「でもちゃんと喋ったのは今年の体育祭が最初だったかな。」

「何喋ったの?」

「俺と大和は付き合ってるのかどうかってこと聞かれた。」

「いきなりだね!」

大和が笑う。

「なんでいきなりそんな話になったの?」

「俺らの会話聞かれてたらしい...」

「え、」

「なるよな、わかるぜその反応したくなるの。」

「ど、どこから?」

「大和が『僕のかっこいい彼氏が~』のところから。」

「全部じゃん!」

「そだね、全部だったわ。」

そんなことを話しているうちに俺も大和もまた眠ってしまった。

もうすぐ終わるという安心感からか、いつもよりも眠気が強いような気がする。

ふと目を覚ますともう外は暗くなり始めていた。

横で眠っている大和を起こす。

「大和~、起きて。」

大和の体を揺すりながら言う。

「んん、、」

「もうそろそろ行く時間だよ?」

「ん、、くぁぁ...わかった。じゃあ行こうか。」

あくび混じりに返された。

時刻は18:48、出発するにはちょうどいい時間だ。

「持ち物どうしよっかな、遺書と...スマホだけでいいか。」

「そうだな、俺も宵待に渡す遺書とスマホだけ持っていくわ。」

「じゃあ行こっか。」

「うん。」


ガチャ...


もう二度と聞くことがないであろう自宅のドアの施錠音を噛み締めてから歩みを進めた。

「じゃあまずは宵待の家行こうか。」

「はーい。」

「やっとだな。」

「そうだよ?」

「疲れたな、今まで。」

「うん、短かったんだろうけどとても長かった。」

「だけど今日で終わりなんだよな?」

「ちょっとだけ名残惜しいけど。」

「そうなのか、」

「ん、僕まだ斗真くんと過ごしたかったなって。」

「俺もそれは思う。まだまだ足りない。」

「それもこれも全部学校の先生あいつらのせいだ。」



「ん?神薙と佐野じゃん、何してんのー?」

「うおっ!?」

「にぇっ??!」

「ってなんだ宵待かよ、びっくりさせんなし...」

「あはは、わりーわりー。てかまじで何してんの?」

「デートだよ、デート。」

「ほぉ~お熱いですねぇ。10月ももう中旬だというのに。」

「宵待こそ何してんだ?こんな時間に。もうとっくに下校はしてるだろ?」

「...日課の散歩だよ。」

「健康で良さげだな。」

「そだろ?健康が一番なんだよ、結局は。」

「ねぇ斗真くん、今渡したら?ちょうどいいし。」

「ん?あぁそうだな、宵待?」

「どした?」

「これ、手紙。」

「手紙?なんで急にまた。」

「嬉しかったんだよ、こんな俺を気にかけてくれて。」

「なんか照れるな、今開けてもいいやつか?」

「いや、やめてくれよそれはw できれば明日まで我慢してほしいかな。」

「ふーん、まぁ家帰ってから決めるわ。」

「そーしてくれ。じゃ、俺たちそろそろ行くわ。」

「おう、体気をつけてな。」

「おう...ありがとな。」

「じゃあね、宵待くん。」

、佐野、神薙。」


「...」

「...」

「ねぇ斗真くん。」

「うん、わかってる。」

「またなって、言ってくれた。」

「言ってくれたな。」

「斗真くんはどう思った?」

「俺は、嬉しかった。嬉しかったけど悲しかった。申し訳なかった。」

「僕も嬉しかった、嬉しかったのと同じくらい辛かった。もうまたなって言ってもらえないことにも、宵待くんの期待を裏切ることになるのも全部辛い。」

「でも仕方ないじゃん、これが俺等の出した答えだろ?」

「うん...」

「ほら行くぞ?」

大和は二回深呼吸をしてから力強く応えた。

「うん!」

「逃げよう、今を楽しもう!」


俺たちは無我夢中で走った。人気がない方へ。

だんだん街灯が少なくなり風も冷えてきた。辺りは一面真っ暗で一抹の不安感が頭をよぎった。

「大丈夫、俺たちならきっと。」

大和に聞こえないように小さく呟いた。

走っているうちに周囲からは俺らの足音しか聞こえなくなり、前を走っている大和の気配すら感じ取ることが難しくなってきた。

「大和!!」

「なに~?どうかした?」

大和が立ち止まってくれたおかげで追いつくことが出来た。

「ちょ、ちょっとはや、はやい...」

息も絶え絶えにそう伝えると大和は あぁ、ごめんね? と笑ってごまかしてきた。

「こっからは歩いてかない?」

「賛成~」

「大和、手繋ご。」

「ん。」

俺たちは並んであるき出した。

数分歩くと目の前には橋が見えてきた。

だいぶ高い位置にある橋で、真下には森とダムが見える。

大和が口を開く

「だいぶ高いとこまで来ちゃったね。」

「そうだな、誰にも見つからなさそうだし良いんじゃないか?」

「そうだね、飛び降りようか。」

「その前に俺はもうちょっとこの二人っきりの時間過ごしたいな。」

「僕もそう思ってた。」

俺たちの指は強く強く絡み合っている。
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