自由を求めて

雪水

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三章 決断

だから何だ

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体育祭の次の日の夕方にあの失格にするとかどうのこうの言っていた先生がうちに来た。

「佐野さん、本当に申し訳ないと思っている。申し訳ない。この通りだ。」

言いながら先生は土下座の格好をしている。

「謝らなくてもいいですよ、先生。俺らは先生の浅はかな発言のせいで謝ってどうこうなる程度でない程の深い傷を負ったんです。謝られたとしても許すことは出来ません。」

「あの後佐野さんのご両親が私のもとに来てお話をしたんだ。」

「はぁ...?」

いきなり何の話だ。

「本当に神薙さんと付き合ってたんだよな、知らなかったんだ。もちろん知らなかったことが免罪符になるなんて到底思ってなんかない。」

じゃあ。だったら。

「なんで謝りに来たんですか?」

「それは佐野さんや神薙さんに不快な思いをさせて...」

「でもその原因って結局先生が知らなかったことに収束するじゃないですか。自分で免罪符にならないって言いながらなんで謝ってるんですか?俺に謝ったっていう実績を作りたいからですよね。どうせ教頭先生とかに言われたんじゃないですか?佐野に謝ってこいって。学校側の自己満に付き合ってられるほど俺は今安定してる状態じゃないんですよ、わかりますよね?そのくらい。」

先生はついに黙ってしまった。

「はぁ、先生。」

「な、なんだ?」

「お茶くらいなら出すんであがってください。今の状態の先生じゃ何が言いたいかわかんないんで一回二人共落ち着きましょう。」

「...すまない。」

「どうせなら神薙も呼びましょうか?先生としても一石二鳥ですよね。」

「わかった。」

程なくして大和がうちに来た。

「ごめんな、いきなり呼んで。」

「別に僕は良いけど...それより昨日あんな帰り方して今日も休んでるからみんな心配してたよ?後でグループラインにでも生存報告しといたほうが良いんじゃない?」

少々大げさな大和の物言いに俺は笑った。

「生存報告って、そんな大層にしなくてもいいだろ。」

「でもほんとにみんな心配してたからさ?」

「あとでラインしとくよ、ありがとな」

「うん、思ったより元気そうで安心したよ。」

「じゃあ先生、改めて。ここに何しに来たんですか?」

「うむ...正直に言うとあの俺の発言が原因で佐野さんが不登校なんかになってしまうと俺の責任になってしまうんだ。」

「だから学校に来いと?なんで先生に傷つけられた挙げ句その先生の責任を軽くするために俺がわざわざ助けないとだめなんですか?第一、やっぱり俺に謝りに来たわけじゃないんですね。」

「あの先生の発言で佐野くんはもちろん、僕も深く傷つきました。なのに先生って自分のことしか考えないんですね。保身が行き過ぎる先生みたいな人、今すぐ先生やめたほうが良いと思います。」

「お前ら...こっちが下手に出てりゃあぬけぬけとそんなこと抜かしやがって...クソガキが。」

「やっと本性表したっすね、じゃあ今の発言全部録音してあるんでさっさと帰ってください。明日にでも校長先生に渡しに行くんで。」

「お前ええええ!!」

先生が掴みかかってこようとした刹那、大和が冷酷に言い放った。

「傷害罪も付け加えるんですか?人として落ちぶれすぎですよ。」

先生はぐっと留まった。

俺は言う。

「しばらく学校には生きません。親とも相談しました。明日以降、なにか言いたいことがあるなら俺の両親と先生、校長か教頭との四者で面談してください。俺は絶対に行かないです。」

大和も言う。

「体育祭の後、佐野くんは一人で公園で泣いていました。先生はここまで人を傷つけてしまったんです、口だけの謝罪や弁明なんかでもう取り返せないところまで来てるんです。わかったら今すぐ僕たちの目の前から消えてください。」

そこまで言うと先生は、いや、は帰っていった。

「...ごめんな、大和。」

大和は何も言わず俺の頭を撫でてくれている。

その大和の優しさと、先生の発言に苦しめられたこと、今俺は何も出来ないという無力感からまた泣いてしまった。

そんな俺を見る大和の目はとても暖かく、赤く濡れていた。

「グスッ...ごめん、ごめんな大和...ほんとにごめん。こんな俺でごめん。こんな俺と付き合わせてごめん。」

はぁ、と大和がため息をついた。

そして

平手が飛んできた。

パチンッ

もう一発、パチッ

さらにもう一発、ペシッ

どんどん弱くなっていく平手。

大和が口を開く。

「僕は中学校始まってから誰も好きになったことがなかったのに、それでも好きになったのが斗真くんなの!別に付き合わせて、じゃないの。僕が好きだから、付き合いたいから、付き合ってたいから付き合ってるの!そんなこといわないでよ...僕が斗真くんのこと好きってこと、斗真くんが一番わかってる...はずでしょ?」

最後の方は泣き声も混ざっていた。

「ごめん...いや、ありがとう。」

「こちらこそ。」

俺たちは静かに泣きながら抱き合った。


どうやら泣きつかれて寝ていたようだ。大和の姿はない。

そうだ、生存報告しなきゃだった。

そう思いスマホを開くと学校から電話がかかってきていた。

まぁ良いやと思いラインを開いてクラスのグループを開いて文を組み立てる。

「昨日はごめん。みんなをびっくりさせてしまった自覚はある。今日もだな、あんなこと言ってから次の日も休んでたらびっくりしたんじゃないかって思う。ごめん、しばらく学校には行かないから授業でどのくらい進んだかとか、今日はどんな事があったとか教えてくれたら嬉しい。わがままでごめんw」

送信してしばらくすると誰かから返事が来た。

宵待だった。

「そんくらい任せとけ!この俺が逐一報告してやるからな?早速今日あった出来事の話からするわ。昨日のあれがあったからか今日は神薙がすげぇ人気だったぜ。質問攻めにされて神薙の目が冗談抜きでぐるぐるになってて正直笑っちまったw 今日あったことはそれくらいかな。またいつでも待ってるからな、ゆっくりでいいからまた学校来いよ?そんときゃ佐野と神薙のこと洗いざらい教えてもらうからな~!!」

涙が溢れて止まらなかった。

ふと見ると大和からもメッセージが届いてた。

「二人共寝ちゃってたね、勝手に帰ってごめんね?話は変わって提案なんだけど明日からも放課後、斗真くんの家行っていい?」

一も二もなく返信をした。

「もちろん、待ってるよ。」

その後俺は学校の電話場号を着信拒否リストに追加した。

スッキリした。

正直学校に行かないっていう選択をしたのはちょっとだけ後悔した。

大和に会えないから。

だけど明日の放課後からも大和が来てくれるなら話は別だ。

多分俺は二度と学校に足を踏み入れることはないだろう。

そうして俺の受けるべき義務教育は修了した。

✦次の日✦

学校に行かなくて良いのも学校からかかってくる連絡に悩まされることもない朝はとても心地の良いものだった。

時刻は午前11時、少し早いお昼ごはんを食べようかと冷蔵庫を開いたときだった。

ピンポーン

インターホンが鳴った。

校長だった。

「...なんですか。」

「佐野、ドアを開けてくれないか?先生と少し話をしよう。」

「嫌です。もう何も話すことはありません。」

「まぁそう言わずに、今日は俺だけで来たから。」

「インターホン越しに話すのではだめですか。」

「佐野が学校に行っていないこと近所にバレてもいいなら。」

「別にいいですよ、それくらい。」

「思ったよりメンタルが強いんだな、まぁ良い。佐野がその気なら俺もずっとここに居てやる。」

「はぁ...もう好きにしてください。切りますね。」

ブチッ

気を取り直してお昼ごはんを作ろうと冷蔵庫を開けると冷やご飯と卵があったのでチャーハンでも、と思い材料を出したときまたインターホンが鳴った。

警察だった。

「...はい?」

「今さっきお宅の前に不審な人物がいるって通報があったんだけども。」

「それうちの校長先生ですね。」

「校長?」

「はい、校長先生です。」

「なんで校長先生が君の家の前に座り込んだりなんかしてるのさ。」

「...」

「言いにくいかな?」

「...」

「君は不登校気味で学校に行かないといった。」

「...?」

「それを心配した校長先生が君の家の前に居た。違うかい?」

ピタリと言い当てられすごいと思う反面、なぜそこまでわかるのか不思議でならなかった。

「なんでここまで当てられたかわからないって顔してるね。君の校長がずっと言ってたんだよ。」

「え?」

「俺はこの子の心に傷を癒やしてまた学校に来れるようにする義務がある、ってね。」

「そうなんですか。」

「どうやら君のその様子だとあの人は本当に校長なんだろうね。」

「はい、そうですよ。」

「じゃあ開放しても大丈夫かな?」

「まぁ僕としては家に来ちゃうのであれですけど開放しても大丈夫だと思いますよ。」

「ご協力感謝します。」

ブツッ

「なんか、起きぬけから疲れた...」

俺はチャーハンを作り食べきってからもう一度自分の部屋に戻った。

ふと玄関に目をやると家の鍵とメモ用紙があった。

そこには父親の筆跡で

「今斗真はすごく辛い時期だと思う。そんなときは恋人にめいっぱい甘えると良い。父さんも体育祭で斗真の彼氏見たけどいい子そうな感じで安心したよ。母さんとも話し合って一つ決めたことがあるんだ。そこに多分鍵があると思う。その鍵をもしよかったら斗真の彼氏に渡してもいいぞ。そうすればいつでも会えるだろ?もし斗真が寝ていても彼氏くんが勝手に入れたら便利かなと思ったからそういう結論に至った。まぁ鍵を渡すか渡さないかは斗真に任せるよ。」

親公認かぁ、なんていかにもけだるげに言ってみたもののこの上なく嬉しい申し出だった。

大和早くこないかな、なんて考えながら俺は自分の部屋でゲームを立ち上げた。

気がつけばそろそろいつも俺が返ってくる時間くらいだったから下に降りて大和を待つことにした。

階段を降りている途中でインターホンが鳴ったが、校長だったらどうしようと思いその場で返事はせずにモニターまで行って確認すると大和だった。

「今出る。」

そう言い残し俺は玄関の鍵を開けた。

「ただいま~!」

「おぉ!?おかえり、大和。」

いきなり抱きつかれてバランスを崩しそうになったが何とかこらえた。

そうだ、鍵。

「なぁ大和?」

「んー?」

「俺の親がさ、大和俺んちの合鍵渡してもいいって言ってくれたから渡しとくわ。」

はいこれ、と言いながら鍵を渡す。

「これあったら放課後俺寝てても来れるだろ?」

「そっそうだね...!」

大和の顔が真っ赤だ。

「ところでさ、斗真くん。」

「どした?」

「僕も学校やめようかなって。」

「そなのか、親は?」

「体育祭来てたから事情はわかってもらえたし、斗真くんのこともすごく気に入ってるみたいだからいいんだけど...」

「だけど?」

「その、僕の家にも来るんだよね、先生とか先生からの電話とか。」

「そうだったのか...ほんとにゴメンな。やな思いいっぱいしてるよな。」

「んーん、僕あのとき斗真くんが迷いなく僕のとこ来てくれたのすごい嬉しかった。」

「大和以外誰のとこ行くんだよ。」

「僕以外だったら僕泣いてたかも知れないね。」

「そか、俺は何も言ってやれないけどやめたかったらやめていいと思うよ。」

「そうかな、だよね。僕の人生だもんね。」

沈黙が訪れる。

「ねぇ斗真くん?」

「ん?」

「...」

「どうした?」

「キス、したい。」

一気に俺の頭はパンクした。

「...?」

「だめ、かな?」

「大和、目瞑って。」

大和がギュッと目を瞑る。

俺は少しいたずらがしたくなって大和の鼻を軽く弾いた。

「えっ?」

「キスされると思った?」

「お、おもっ、た。」

「大和のえっち。」

ちゅっ

言うと同時に俺は大和に軽く口付けをした。

「...斗真くんのいじわる。」

「ごめんってば!」

少し涙目になっている大和を前に俺はドキドキが止まらなかった。

「ねぇ斗真くん。」

「ん?」

「目瞑って?」

「ん、」

「べ~ってして?」

何をさせられてるのか分からず大和に聞く。

「俺今何させられてるの?」

いいからいいから、といわれ俺は舌を出す。

舌に何かふわっとしたものが触れたと思ったらいきなり何かが俺の舌に絡んできた。

たまらず目を開けると目の前には目を閉じた大和がいた。

舌と舌が絡み合いお互いの口の中に入り込んでいく。

感覚が鈍り、どっちがどっちの舌かもわからないようになったとき俺は息ができなくなった。

一呼吸置こうとしても絶えず大和の舌が俺の口の中を蹂躙しているので息ができない。

「んっ...ぅあっ...!」

何とか一呼吸置けたと思ったら自分の声じゃないような声が口から漏れた。

大和は一向気にする様子もなく口の中を責め立ててくる。

俺は快感に身を寄せた。

一度、二度俺の身体が意志とは関係なく跳ねたところで大和は口を離した。

二人の口の間は細い唾液の糸で繋がっていた。

「ねぇ斗真くん。」

「はっ...はあっ...はぁっ...ん、なに?」

「気持ちよかった?」

「ん、うん。」

「僕の味覚えてくれた?」

「なんかすげー優しい味がした。」

「なんか恥ずかしいね?」

「てかそろそろ俺の親返ってくるけど良いのか?」

「えっ嘘もうそんな時間?じゃ帰るね!鍵ありがとう!」

大和が帰った後も俺の口の中には余韻が残っていた。
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