雀女のお宿

日八日夜八夜

文字の大きさ
6 / 12

しおりを挟む



 ということで。
「あっ、お帰りなさい、夏雪君」

 きょとん、としてこちらを見返したお顔も美しくて、もじもじしてしまう。
「あの、雀女さん、それは」
「おーい、雀女、こっちの最後の配膳の手伝いも頼む。お、帰ったか、夏雪」
 ひょこっと、月弧さんが顔を出す。

「月弧?! お客さんになんて格好をさせている?!」
 ふふん、と月弧は自慢げな顔をする。
「どうだ、可愛いだろう。客の失せもの猫が置いていった宿代のコスプレメイド服が活用できていなかったからな」
「宿代って服でもいいんですか?」
「使う用途があれば、交渉次第だ。姿のない客もおるからな。食事や体験型の観光を楽しむために、かりそめの姿が必要な時もあるから、服を依り代にしたり一時的に人形に移ったりする」
「ほえー」

「そういうことじゃなくてっ」
「なんだ、不満なのか、夏雪」
「似、似合ってなかったかな……?」
 黒茶×ピンク基調のメイド服のひらひらしたスカートの端をつまんで、シュンとする。

「乙女心のわからんやつめ、けなげに宿の手伝いを申し出て張り切っているというのに」
「え、いや、とても可愛いですけど、問題はそこではなくて」
「ホント?! 可愛い?! やったー! 残りは〈若芽の間〉の雛人形さんたちだよね、任せて!」
 夏雪の言葉に舞い上がった雀女がるんたったと駆けていく。

「転ぶでないぞ」
「はーい」
「……、月弧」
「目の潤いであろ。わらわに感謝せよ。男ばかりの学校に、怪しげなあやかしばかりの日々にははながなくていかん。宿代は労働対価との申し出じゃったが、意外に手先も器用でな、彫刻家を目指しておったそうな。家を継ぐ事情で学びは断念したそうだが、デザートを任せたら芸術的で客にも好評だったぞ」
「そう、だから鏡を覗いていたのかな……」

 考え深げになる夏雪を引き立てるように月弧が明るい声を出す。
「ま、誰しも色々ある。正直あの格好だけで元が取れたな。お主はちっっとも着てくれんし」
「うん、それは無理。普通に無理。趣味に付き合えなくてごめんね。それより宿の手伝いって、他の部屋にもいれたの? 雀女さんをおやつと勘違いするお客様もいるのに」
「わらわがついておってそんな間違いはあらぬ。それに見てみい」

 雀女の後ろから、柱の影にいたニット帽の地蔵が後をついていく。
 さらにその後をまるっこいひよこの幽霊が続く。
「〈ひなさかの間〉にいるさいの神様?」
「ほほ、部屋のひよこを手なづけた上で、ストーカーよろしく雀女の後をくっついてまわっておるからな、滅多なことも起きまいよ。それにしても眼福がんぷくじゃのう、わらわは獣神じゃからか、あのひよこたちは近づいて来んし」
 
「ずっと部屋から出て来なかったのに。そういう契約だったのかな? 『宿の人間を守る』、とか」
 
 宿の主と客は個々に逗留契約をとり結ぶ。
 先代である母親が病んで、彼女の迎えた客との契約内容が分からず、無理に追い出すこともできずに支払いも曖昧あいまいなままという状態で塞がっている部屋がいくつかあった。
 先代の守りを務めていたあやかしも、彼女が夫を失った時死んでいて、契約がわかるのが彼女本人しかいない。

「そう言われれば、わらわをやたら毛嫌いするのもそなたには既にわらわがおって、役目を果たせなかったらか? あやつめ、話が出来るそうだから、後で詰めてやるがよいぞ、夏雪」
「え、そうなんだ」

「ところで雀女はなんとかなりそうか? わらわとしては、いつまでいてもらっても構わぬが。部屋に困るなら、相部屋でもいいぞ」
 月弧は夏雪の守り神として〈緋の間〉を占有している。

「うん、骨董屋さんに頼もうかと思ったけど、今日は留守だった。途中で巡査さんの奥さんと一緒になったし、お店に伝言だけ残してきたよ。真贋寺の和尚さんはアバウトだから、浦島太郎みたいなことになっても雀女さんがかわいそうだし。深瀬さんが連れてくるお客様がどんな方かわからないから、できるだけ急ぎで連絡が欲しいとは頼んだよ、鉢合わせしないに越したことはない」
「それについては同意するしかないな。深瀬のやつを完全に信用しているわけでなくて安心した」

 夏雪はふわんと透明な笑みを浮かべる。
「必要な人だよ、未熟な今の僕にとっては。あの人には、あの人なりの思惑があるのかもしれないけど、誰だってそういうものなんだから、そこまで嫌わなくていいのに」
「虫が好かん。それにあいつは、可愛くない。最悪、宿が乗っ取られでもしたらどうする」
「また一から始めるしかないかな?」
「なにをのんきな。借金もあるのだぞ」
「いざとなったら売るもの売って払えなくもないし、月弧は人の事情なんて心配しなくていいよ」
「お前、それはっ」
「この話はおしまい。それにしても雀女さん、あんなに足だして寒くないのかな?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...