続きを書かない物語

日八日夜八夜

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入界

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 ざぶざぶと沼をかき分け、ようやく岸に手をかける。

 どうして水たまりを踏んだだけで沼で溺れ死にそうな羽目に陥るんだ!
 文句をまともに聞いてくれる相手がいた例もない。

 ぬるぬるとぬかるんだ地表に自分を引っ張りあげる。

 見渡す限りの湿原だった。所々水が溜まり、ひょろひょろと不健康そうな草がぼうぼうと生えている。
 空は、否が応にも不吉を感じさせる不快な紫だった。

 生ぬるい風が吹いた。
 子どもの泣き声が流れてくる。
 おいでなすった。さほど待つこともなく、早速嫌なことが起こるのだろう。

 じっとしている。
 どうせあっちから近づいてくる。

 足の折れたじじいが竜になり、タンポポの綿毛が亡霊どもになる。
 今度は何が来るのやら。

 来るなら来い、どうとでもなれだ。
 どうせなら別嬪の女にでも化けやがれ。

 だが意に反して泣き声は遠ざかっていく。
「?」
 見回すが、声の主らしいものは見当たらない。

「おじさん、僕を探してるの?」 
 ギクリとして振り向くと、いた。

 黒い筒を抱えた水干姿の愛らしいといって差し支えない童|《わらべ》。
 くそ、こいつらはいつも不意をついてこっちをびびらせたがる!
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