悪役令嬢諸国漫遊記

清水裕

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第二十六話 悪役令嬢、ダンジョンへと向かう。3

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 初めてのモンスターとの戦いから2時間ほど時間が経過しました。
 ですがわたくしとカエデは未だ薄ぼんやりとした灯りの灯る通路を歩き続けています。
 あれからモンスターの姿は見かけてはいません。ですが、ここがホムンとクルスが言っていたケーミィさんが何時も使用していたというショートカット用の通路とは違っているように感じられました。
 だって、二人の創造主であるケーミィさんが移動していたというのに、これだけの地下深くの上に知らない人が入り込んだ際に追い出すとしても……スラながらもあれだけの危険性が高いモンスターが出る現状は異常だと思います。
 そして……、
「お嬢様、気づいていますか?」
「……ええ、薄ぼんやりとした灯りだから錯覚し易いけれど、この通路……段々と曲がっていますね」
 カエデの言葉に返事を返すわたくしですが、真っ直ぐ歩けば到着すると言われていた通路は曲がっており、まるで遠回りさせるかのような造りとなっていました。
 気づいていなかったら、どれだけ歩いても着かないと思ってしまうことでしょう。
「お嬢様、今からでも外へと出ませんか?」
 何時までも続くこの道に不信感を抱いたのか、カエデがわたくしへと提案します。
 ですがそれは……無理でしょうね。
「出たらマシンスパイダー達に再び追われることになるわよ? それに、今から外に出ようにも上への階段が無いじゃないの」
「……そう、ですね」
 わたくしの言葉にカエデはしゅんと落ち込みながら肩を落とします。
 ですが、ずっと歩き続けていますが……真っ直ぐと伸びるように見える通路には、他へと移動する為の横道もなければ、上へと向かう為の階段も、さらに下へと向かう為の階段もまったく見かけません。
「今がどの辺りか分かったら良いのだけど……、都合よく現在地が分かる地図が壁に設置されていないかしら?」
「あれば便利だと思いますが、それは無理じゃないですか?」
 わたくしの言葉にカエデは苦笑しつつ返事を返し、歩きつづけます。
 その途中で休憩を挟みつつ、うねうねとまるで街の地下を這い回るように歩き続けること2時間。
 ようやくわたくし達の移動は終わりが見えてきたようでした。
 何故なら、通路の先にある物が見えたのですから……。
「あれは……扉?」
「扉、ですね?」
 わたくし達の目線の先には壁に埋め込まれるようにして、木の扉が埋め込まれていました。……いえ、どちらかというと扉がある壁の質感も通路の物とは違うように感じますから、通路の目の前に家が埋め込まれているといった感じでしょうか?
 そんなことを思いながらわたくしは扉へと近づこうとしますが、カエデに止められました。
「お、お嬢様! 先程も言いましたが、不用意に近づいて触ろうとしないでください! 罠だったらどうするんですかっ!?」
「ごめんなさいねカエデ。気になってしまったものですから」
「だからって自分から行おうとしないでください! こういう時は私に指示をしてください!」
 焦りながら怒鳴るカエデを見ながら、わたくしは苦笑します。
 そんなわたくしの態度を見て、カエデはオーガの笑みを浮かべたので……不用意に触らないように注意しましょう。
「分かったわ。それじゃあ、カエデ……開けてもらえるかしら?」
「かしこまりましたお嬢様」
 カエデを丸め込むのは無理、そう判断したのでお願いすると彼女は恭しく頭を下げ、返事をします。
 そして、壁にある扉を開けようとします……が、押しても引いても開かないようでした。
「ん、ぎぎ……っ」
「駄目よカエデ、無理矢理開こうとしたら」
「ですがお嬢様」
 時折脳筋なことをするんですよね、カエデって……。そんなことを思いつつ、後ろから扉を改めて見ますが……扉は開かないようです。
 押し戸でも引き戸でもない、繋ぎ目もないようですから開き戸でもなさそうですね……。
 ジッと扉を観察しながら、触ろうとしますが……途中で気づかれてカエデに阻止されます。
「……やはり開きませんね。どうしましょうか?」
「そう言いながら刀に手を掛けないでちょうだいカエデ。とりあえず……大事な事があるでしょう?」
「大事なこと……ですか? って、お嬢様、前に出ないでください!」
 鞘に手を掛け、強制的に扉を開こう斬ろうとするカエデを止め、わたくしは扉の前へと立つ。
 ハッとしてわたくしを止めようとするカエデを手で制します。
「大丈夫よ。貴女が触っていても何ともなかったでしょう?」
「そ、そうですが……」
 わたくしの言葉にカエデは返事を返しますが、不安そうにします。
 けど、わたくしが行わなくてはこの子、扉を叩き切って開く手段に出ると思いますし……。
 そう思いながら、わたくしは扉の前に立つと……この方法で合っていて欲しいと思いながら扉をノックしました。
 コン、コン、コン、コン、とゆっくりとしたテンポでのノックを4回、木の扉は乾いた音を立て、周囲に音を響かせます。
 ……静寂、ノックの音が止み、静かになりましたが、扉が開かれる様子はありません。
「お嬢様、やはりここは無理矢理開きましょう」
 まったく変化が無いことが尺に触ったのか、カエデは再び鞘に手を掛けます。
 しかし、そんな彼女が行動に移ろうとした時、ギギィと音を立てながら扉は開かれました。
「やはり、ノックをすることはマナーですね。カエデも何時もならその考えに至ったでしょう?」
「そう……ですね。混乱し過ぎて焦っていたようです。申し訳ありませんでした、お嬢様」
 わたくしの言葉にカエデは先程の行動を悔いるように、顔を顰めています。
 ですが、あまり気を落とさないで欲しいですね。
「とりあえず、落ち込むのは後にしましょう。さ、カエデ! 中へと入るわよ!」
「っ! は、はいっ、お嬢様!!」
 パンパンと手を叩くとハッとカエデは顔を上げ、わたくしと共に開いた扉の中へと入り始めます。
 ちなみに扉の中へと入った瞬間、上のほうから『う、ぇ、る、か、む』とガラガラとした声になっていない声が聞こえ、少しだけ驚きながら上を見上げると……扉の上のほうに装飾といえば良いのか分からない不気味な顔が付いていました。よく見ると、目もギョロギョロと動いていますね。
 多分、それが家に入ろうとする者を選別する役割でも持っていたのでしょう。……やっぱり、マナーは大事ということですね。
 そう思いながら扉の中へと入りましたが、扉の中はある程度の広さの居間のようでした。
 その中を満たすのは匂いの強い草花のにおいで、部屋の中央には巨大な釜がひとつ置かれているのが見えますので居間であり作業場といったところでしょうか?
 そんな作業場と区切るかのように衝立が置かれており、カエデに見て貰うとそこにはテーブルセットが置かれていると言います。
 多分ですが、作業中の休憩場か話を行う為の場所と予想しましょうか。
「……つまりは薬師か、錬金術師の作業場……いえ、住居ということですね」
 作業場の隅の地下へと続く階段、入ってきた扉近くにある二階へと続く階段と吹き抜けとなっている通路を見ながら、わたくしは予想を立てます。
 そして高い確立でここはホムンとクルスを創った錬金術師のケーミィさんの家でしょう。……けど、何故地中に家が?
「誰か事情が分かる人が居たら良いのですが……、いえ、ホムンとクルスが居たら良いのですが」
「とりあえず、二階を見てみましょう」
「そうね。見つからなかったら地下に行ってみたら良いでしょうし」
 カエデの言葉に頷き、彼女を先頭にしてわたくし達は階段を上がって行きます。
 居間の床と同じように階段もしっかりとしているのか、特に軋む様子はないので急造で創り上げたといった感じではないようですね。いえ、どちらかというと内側の造りからして元々こんな場所にあった建物ではないと思います。
 そう思いながら二階に上がり、一番手前の扉をカエデが少しだけ開けました。
「これは……」
 室内の様子を見て、戸惑う彼女の様子に疑問を抱きつつわたくしも後ろから覗くと、一人部屋だったであろう部屋の半分は土砂で埋もれていました。
 構造からして向こうには窓があると思うので、窓を突き破って土砂が入り込んだのでしょう。
「やはり、元々地上にあった物が地底に移動した……? 多分だけど原因はケーミィさんが領主の娘であるロディフィーユとの最後の戦いの際に彼女が起動したという道具?」
 目の前の光景を見ながら、どうしてこれが起きたのかを考えながらわたくしは呟く。
 そんなわたくしの邪魔をしないようにと思っているのか、カエデは静かに次の部屋を確認すべく歩いてきます。
 そして静かに、それでいて部屋の中を注意しながら扉を開けたようですが……すぐにこちらを見てきました。
「っ!? これは……お、お嬢様! 来てくださいっ!!」
「え? ええ、わかったわ」
 カエデの焦る様子に戸惑いつつ、わたくしはカエデが立つ場所まで歩き、促されるように部屋の中を覗く。
 部屋の中は先程と同じ……いえ、先程の部屋は土砂でしたがこちらの部屋は岩がめり込んで……違いますね、部屋の中と一体化しているようでした。
 そして、一体化した岩の表面には見覚えのある少年が埋め込まれていました。
「これは……ホムン?」
 ぽつりと呟いたわたくしの声が耳に届いたのか、ホムンはゆっくりと瞳を開けます。
「――13番目からの生態リンク確認、同番のクルスは確認できません……。体内に残った残量魔力で覚醒開始。…………おはようございます。サブマスターパナセア、わたしはマスターケーミィのアトリエの管理を任せられている3番目のホムンです。どうぞよろしくお願いします」
 岩に埋もれながら、ホムンは淡々とした口調で告げました。
 ケーミィのアトリエ……やはり、ここはホムン達を創り出したケーミィさんの住んでいた家で間違いないようですね。
 そして、岩と一体化しているホムンを見ながら、わたくしは尋ねます。
「ホムン、話を聞きたいのですが大丈夫ですか?」
「……体内に残る残量魔力により、あと2時間は話す事が可能です。充填は外部魔力を受ける器官が壊れており不可能となっております。その為、2時間後にはわたしは消えてしまいますが……その間でよろしければどうぞ」
「そう……、分かったわ。それじゃあ、あなたが動かなくなるまでこのアトリエがどうしてこんな場所にあるのかを教えてちょうだい。そして、あなたのマスターに伝えるべきことも」
「ありがとうございます、サブマスターパナセア……。それでは、お話させていただきます」
 そう言って、ホムンはわたくしへと説明を始めてくれました。
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