ベル先生と混人生徒たち

清水裕

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第一章 賢者と賢者の家族

第8話 ベル、ディックと洗濯をする。

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 ベッドで静かに眠るディックの腕へと、カーテンの付いていない窓から陽が差し込み、彼の腕を日焼けさせようと張り切る。
 だが、腕に当たる熱にディックは身動ぎまだ眠っていたいと主張するかの如く体を柔らかいベッドの中央で丸めた。

(はやく、おきないと……どやされる……。それに、ごはん……たべれない……)

 必死に目覚めようとディックは頑張ろうとする。しかし、このふかふかのベッドに耐えることは出来ず……彼の意識は未だ夢の狭間を彷徨っていた。
 ……が、ふと彼は疑問に思った。

(……あれ? なんで、こんなふかふかのベッドでねてるんだ? ……いつも、チクチクいたいわらのうえでねてるのに…………)

 湧き上がる疑問に従うように、ディックはゆっくりと目蓋を開ける。
 するとそこは……家畜小屋の中にある彼の部屋ではなかった。というよりも、見慣れない部屋だった。

「…………え?」

 呆然としながら、彼は口から間抜けな声を上げていた。
 すると、その声が呼び水となったのか、寝惚けていた頭が一気に覚醒し――ベッドから跳ね起きた。

「え? え? ど、どこだ、ここ??」

 慌てながら、ディックは室内を見回した。
 部屋の中は服を入れるためのタンス、読書などをするための机と椅子、そしてベッドがあるだけだった。
 ……簡素な何もない部屋だった。それに、少しホコリっぽい。
 けれど、あの家畜小屋よりも数倍も良いだろうが……、自分がどうして此処に居るのか分からず彼は戸惑った。
 そんな中、外から鼻歌が聞こえ、ディックの耳がピクピクと動き……彼は鼻歌の主を確かめるべく、窓のほうへと近づいて行った。

『ふんふ~ん♪ ふふふ~~ふ~ん♪』
「……あれは…………」

 楽しそうに鼻歌を歌っているのは、彼よりも少し年上かそれとも同い年ぐらいに見える少女だった。
 彼女は長めのスカートを太股辺りまで捲り上げながら、タライの中に足を入れて弾むような仕草でピョンピョンと跳んでいた。
 その度に、緑がかった銀色の髪はサラサラと舞って、日の光によって輝いて見えた。

「そうだ……。おれ、あの子に連れてこられたんだ……」

 ポツリと呟きつつ、ディックは窓から少女――ベルと名乗った少女を改めて見る。
 すると何をしているのか初めは分かっていなかったが、タライの中には洗濯物と水が入っているようで、彼女はそれを踏み洗いしているようだった。
 しかも、その水には石鹸が使われているのか、彼女が体を弾ませる度にタライの中には白い泡が立ち、ザブザブと音が立つ中で、白い泡は空へと飛んでいくのがディックの瞳に映った。
 その姿は、あの王女なんかよりも、学園の女子たちよりも遥かに綺麗だった。
 だから、彼はもっとその姿を見たい。そんな風に思いながら、窓に手を当てながらベルの姿をマジマジと見ていた。

 ――ギィ。

 だが運が悪いことに、手を当てていた窓が音を立てながら開いてしまったのだ。
 当然、その音が原因でベルは彼が起きたことにも気がついた。

「わ、わわっ!?」
「ふんふ~~……あ、ディック、起きたのね?」

 焦りながら開いた窓をすぐに閉じようとするも、時既に遅く開かれた窓を掴んだディックを見ながらベルは優しく微笑んだ。
 対するディックは先程まで彼女に抱いていた感情が何なのか分からないままモヤモヤする気持ちを隠しながら、ベルを見る。

「あ、ああ、うん……」
「そっか、お腹空いていない? まだだったら、洗濯を先に終わらせても良いかしら?」
「い……良い、から」
「うん、ありがとうね。……そうだ。部屋に閉じこもっているのも良いけど、良かったらこっちに来ない? 嫌だったら、茶の間……リビングで待ってても良いわよ」

 ベルの言葉を聞きながら、ディックは考える。
 正直なところ、部屋から出たいとは思わない。……だけど、リビングで待つか彼女のところに行っていないとごはんにありつけないだろうと彼は考えた。

 そして、出した結論は…………。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


「おはよう、ディック。すぐに終わらせるから待っててね」
「お、はよう……」

 玄関から顔を出したディックにベルは優しく微笑みながら、朝の挨拶を行う。
 普通に挨拶をすれば良い。それだけで良いはずなのに、上手く喋ることが出来ずにたどたどしい挨拶を行った。
 だけど、ベルにはそれが嬉しいのか再び優しい笑顔を彼へと向ける。
 ……と、あることに気づき、彼の足元を見た。

「ああ、ごめんなさいディック。靴はどれを履けば良いのか分からなかったのね」
「え、あ……! ご、ごめんなさい……! 叩かないで!!」

 ベルの言葉に、自分が裸足で玄関まで顔を出したことに気づき、彼は顔を蒼ざめさせて頭を抱えながら謝る。
 そんな彼の様子をベルは何とも言えない表情で見つめていたが……、一度だけ悲しい表情を浮かべてからすぐに優しくも困った表情へと切り替えた。

「ディック、私がこんなことで怒るわけがないじゃないですか。でも、一度足は綺麗にしましょうね。さ、こっちに入ってください」
「え……? たたか、ないのか……?」
「叩きませんよ。それとも、叩いてほしいのですか?」

 ベルがそう言うと、ディックはブンブンと首を振ってから彼女が勧めるようにタライの中へと足を踏み入れた。
 すると、彼の足裏にぬるりと濡れた洗濯物が当たる感触がした。
 汚れた足で入れて、本当に良かったのだろうか。そう思いながら、彼は不安そうにベルを見るのだが……彼女の答えはディックの手を掴むことだった。

「さあ、ディック。踊りましょう!」
「え!? わ、わわっ!!」

 戸惑いながら声を上げたディックにお構い無しと言うように、ベルはタライの中に入れた足を先程と同じように踏み締め始めた。
 驚くディックだったが、何もしないわけにはいかないと考えたのか、恐る恐るベルと同じようにタライの中で足を使って洗濯物を踏み始める。
 それを見ながら、ベルは微笑みながらしばらく踏み続けた。

「さてと、それじゃあ……石鹸を落とすために水洗いを始めましょうか」

 石鹸により、服の汚れとディックの足の土を洗い終えたベルは空間からサンダルを二足取り出すとタライの前へと置き、ディックに履かせてから自身も履くとタライから出て、石鹸の入った水を流し始めた。
 いったいこれからどうやって水洗いをするの分からないまま、ディックはベルとタライをみながら……ふと気になり始めた。

(あれ? そういえば……水って何処で汲むんだ? 井戸が見当たらないし……)

 周囲を見渡しても井戸は見当たらず、ディックは首を傾げる。
 だが、その答えはすぐに理解出来た。

「少し離れていてくださいね、ディック。――『ウォーターボール』」
「っ!? こ、これ……でかい」

 ベルが唱えた魔法はすぐに形となり、魔力が水へと変換されると洗濯物だけが入ったタライにフィットするほどの大きさの水玉が現れた。
 現れた水球は、ゆっくりとタライの中へと沈むと上部をが玉のままタライを満たしていく。まるで水のドームのようである。

「――『スクリュー』」

 そう小さくベルが呟いた途端、タライにフィットし盛り上がった水のドーム内で洗われた洗濯物がグルグルと回転を始めた。
 グルグルと水が回転し、水中を漂い始めていた洗濯物も同じようにグルグルと回り始めていき……綺麗だった水のドームを洗濯物が泳いで行く度に徐々に濁り始めていく。
 その汚れは石鹸と洗濯物についていた汚れなのだろう。
 ディックにもそれが理解出来たのだが、その光景はすぐに驚きへと変わった。
 何故なら濁り始めた水のドーム内が段々と先程と同じように澄み始めたのだ。
 それは汚れが消えていっているわけではなく、濁った水や溜まった土汚れなどを自ら一箇所に溜まっていくように見えた。……いや、実際そうなのだろう。
 一定量溜まると水のドームの端から汚れが落ちていくのをディックは見て、それがあと2、3回続くのを見てから彼も確信をした。
 その確信を得た瞬間、横に立つベルが口を開いた。

「便利でしょう?」
「え?」
「一応、『ウォーターボール』と『スクリュー』って魔法の複合なんだけど、洗濯物の汚れを取り除くのには便利なんですよ」
「そう、なんだ……」
「そうなんです」

 良く分からないながらもベルの言葉に相槌を打ちながらディックは洗われている洗濯物を見続ける。
 ……魔法に疎いディックだからそんな返事を返しているのだが、実際のところ使われてる2つの魔法にはかなりの魔力が込められていた。
 しかも、本当はこの2つの魔法はの魔法だったりする。特に『スクリュー』は水中に潜むモンスターや種族を一箇所に纏め上げながら互いの体で対象を叩き潰すというえげつない魔法だった。

 残虐な説明をするならば、この2つの魔法を使う対象を例えば学園に指定した場合、『ウォーターボール』が敷地内を包み大半の生徒や教師などは溺死し、さらに『スクリュー』による回転が運良く生き残った生徒たちを瓦礫と死体のぶつかり合わせることで殺していくことだろう。

 そんな使いかた次第で大量殺戮に使われるであろう魔法を……ただの洗濯に使うというのは賢者だからなのかどうなのかは、正直分からない。

「さ、そろそろ綺麗になってきましたし、水を流しますね。ディック、良かったら干すのを手伝ってくれませんか?」
「え? そ、それくらいなら……」

 タライの水のみを浮き上がらせ、敷地の一番端の地面に捨てながら、ベルはディックにお願いをする。
 一方お願いされたディックは驚きながらも、戸惑いつつ返事を返した。
 その返事を聞きながら、ベルは優しく微笑みつつタライに残った洗濯物をディックと共に干し始めるのだった。
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