ベル先生と混人生徒たち

清水裕

文字の大きさ
10 / 43
第一章 賢者と賢者の家族

第9話 ディック、気まずい体験をする。

しおりを挟む
 洗濯物を干し始めてから少し時間が経ち、2人は食事を行っていた。
 だが、食事を行っている2人には会話というものが存在せず、ズズッ、ズズズッ……とパン粥を啜る音だけが響いていた。
 しかもその啜る音は不規則である。
 それというのも、啜る音を立てている人物であるディックは、対面に座っているベルへとちらりと視線を向けるが、しばらくすると顔を赤くしながら顔を下に向けてパン粥を啜ると言うことを繰り返しているからだ。
 そんな彼の様子を見ながら、見られている本人であるベルは何と言えば良いのか分からない表情を浮かべつつ……ようやくディックへと話しかけた。

「……ディック、別にあのことは気にしなくても良いわよ?」
「っ!? べ、べつに気にしてなんてねーからっ!! ――はぐはぐはぐはぐはぐ、おかわりっ!」
「もう、ちゃんと良く噛んで食べなさいね? はい、どうぞ」

 顔を真っ赤にしてベルの言葉を否定し、お代わりを要求するディックへとお代わりをよそうと引っ手繰るように器を受け取って話しかけるなとばかりに食事を続ける。
 そんな彼の様子を見ながら、ベルも少しだけ冷めてしまったパン粥を口に含めつつ心で悩んでいた。

(うぅ~~ん、9歳だからちょっと大人ぶってるんだと思うけど、そこまで過剰な反応見せられると何だか……恥かしいなぁ……)

 そう思いながら、ベルは先ほどまでの洗濯物を干していたときのことを思い出す。
 ……と言っても、特にたいしたことは起きてはいなかった。そう、たいしたことは……。

 ただ単に、ディックが干している中にベルの下着が混ざっていたというぐらいだけれど……、彼はそれが何であるのか分かっていなかったのだ。
 首を傾げながら彼が両手で広げた逆三角形な下着を見たときは、ベル自身も苦笑してしまっていた。

 ――ちなみにこの世界の下着は基本的にはかぼちゃパンツの通称で呼ばれるドロワーズが主流なのだが、動き易さを求める冒険者や騎士たちはそんな着膨れする下着は不評であった。
 その結果、彼ら彼女らは下着を履かないでいた。だがあるとき、ある商会が販売した『ヒモパン』という下着が出回り出すと彼ら彼女らはこぞってその下着を着用し始めた。
 程好く股間を包み込み、汗で蒸れることもない。それは彼らにとって革命であった。
 所謂、『下着革命』である。
 そして『ヒモパン』タイプの下着には特殊な素材を使われた高級な下着として、紐で横を結ぶのではなく伸縮性の素材でお尻にフィットするタイプの『パンティー』と呼ばれる物があった。
 とは言っても、貴族の殆どはこのタイプの下着は破廉恥だといって着用をする者はあまり居なかったりする。
 だからディックにはこれが何であるのか分からなかったのだろう。

 『パンティー』を広げながら、これが何であるかまったく分かっておらず、きょとんと首を傾げているディックへとベルは声をかけたのだが……それは失敗だった。それも大が付くほどの。
 何故なら普通見慣れない物があったら聞いてしまうのが世の常であり、ディックもそれに従ったのだ……。
 更に言うと、何となくな母性本能が全開になってしまっているベルは聞かれたら答えようと考えてしまっていた。
 結果――、

「ディック? どうかしたかしら?」
「何か……、へんな布があったんだけど……これって何なんだ?」
「ああ、分かってなかったのねディック。これはね、下着よ。ちなみに私のね」
「…………え?」
「こんな感じだけど、れっきとした女性用の下着なの……ディック? どうかしたの?」

 ぽかん、としていたディックだったが段々と顔が真っ赤になっていくのがベルの瞳に映り……。

「あ、あわ……あわわ、わ……わ~~~~~~っ!!」
「きゃっ!? ディ、ディック、どうしたのーーっ!?」

 叫び声と共にポ~ンとベルの下着を空高く手放すと、ベルが止める間も無くディックはすぐさま家の中へと駆け出して行った。
 いったいどうしたのかと彼女は首を傾げていたが、すぐに恥かしかったんだと理解しつつ、久しぶりにこういう反応を見たことで懐かしいと思っていた。
 同時に何というか過剰すぎる反応にベルは驚いたが、子供でも男の子だなぁと思うことにして残りの洗濯物を干してから家の中へと入った。
 ……そしてディックは家の中へと入ってきた彼女を見ないように壁のほうを見ながら、リビングの隅で縮こまっていた。

「お待たせ、ディック。それじゃあ、ごはんを作るわね」

 そんな彼の様子を見ながら、ベルは一声掛けてから食事の準備をし始めると……料理の匂いに釣られたのか尻尾がピコッと動き始め……その様子を見ながらベルはパン粥を作るとディックと共に食べ始めたのだった。
 なお、今日のパン粥はコンソメ風のスープで煮込んだ出汁がしっかり取れた少しだけ辛いけれど、味がしっかりした物であった。

 そして……。

「うぅ……き、きもちわるい…………」
「あんなに急いで大量に食べるからよ。少し休みなさい」
「…………う、ん」

 食事を終えた2人だが、予想通りと言うべきかディックはベルが作ったパン粥を思った以上に食べており、吐き気と腹痛に苛まれながら、リビングで横になっていた。
 そんなディックに心配するようにベルは声を掛けつつ、食べ終わった器を洗うために調理場へと消えていく。
 彼女の後ろ姿を見ながら、ディックは何でこんなにも無茶して食べたのか考えようとする。……しかし、理由が分からない。
 ……ただ、言えることがあるとすれば、ベルと面と顔を合わせることが恥かしくて話しかけることも出来ず、必死に食べることしか出来なかったのだ。

(う、うぅ~~……、あのしたぎってよくわからない形だったけど、おれが見たらいけないものだったんだぁ……!)

 むかむかとするお腹の中と、奥から込み上げてくる吐き気を感じながらディックは二度と下着には触れないことを心の中で誓うのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇


 それから2時間ほどが経過し……太陽が真上に近づき、もう少しで昼になりそうな時間になって、ようやくディックのお腹は回復し、起き上がることが出来た。

「ディック、もう大丈夫かしら?」
「……だ、大丈夫。もう、おなかいたくないから」
「そう、良かったわ。……それじゃあ、きみに必要な物を買いに行こうと思うんだけどどうかな?」
「えっ?! べ、別におれは、このままでも……」

 心配そうに訊ねるベルの顔を見ないようにしながらディックは返事を返す。
 その反応を見つつ、彼女は本日の目的を口にしたのだが……ディックは驚いた反応を見せながら首を振る。
 というよりも、これ以上何かを貰ってはいけないと思ったのか、彼は「このままでも良い」と言おうとした。
 ――だがそれよりも前にベルが優しく彼の肩へと手を置いた。

「ディック……、これはね。私が勝手にやろうとしていることなの。だから、きみは遠慮なんてしないでちょうだい。というよりもむしろ何が欲しいかって言ってくれると……私は凄く嬉しいわ」
「あ、う……そ、その……」

 優しく微笑むベルの顔をまともに見ることが出来ないディックは俯くようにしながら、顔を赤くしてボソボソと言葉にならない言葉を呟く。
 まあ、そうなるのも当然だろう。
 昨日から今現在までの出来事は、ディックにとっては全てが刺激的であると同時に全てが始めての出来事の連続なのだから。
 そんなディックへと、ベルはもう一度優しく口にする。

「ディック、きみに必要な物……買いに行きましょう?」
「…………うん」

 断れない。そう覚悟したのか、ディックはこくりと頷き……それを見てベルは微笑んだ。
 胸の奥が凄く暖かくなる。そんな陽だまりのように優しい微笑みだ。
 その微笑みを向けられ、ディックは胸の奥が何だか変な気分になるのを感じたが……、良く分からないけれど嫌な気分じゃないと感じていた。

「それじゃあ、準備をして出かけましょうか」
「え、どこに?」
「言ったでしょ? お買い物をしに行きましょうってね」
「あ……うん」

 ベルの言葉にディックは頷くが、何というか買い物という言葉が慣れない彼は現実味を帯びれないようだった。
 ベルにもそれが分かっているようで、詳しいことは何も言わず……彼の手を引いて家の外へと出ると家から少し離れた所で立ち止まった。

「それじゃあ、今から商会に飛ぶけど怖がらなくても良いからね」
「……え? ……あ」

 彼女の言葉にディックは唖然としたが、すぐに自分を此処へと連れて来た方法で移動をするのだということに気づき、何も言わずに黙る。
 そんな彼の様子を見ながら、ベルは目的地である商会へと転移を始める。

 直後、彼らを包むように光が放たれ……それが止むと、2人の姿はもう既にそこには無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった

あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。 戦闘能力ゼロ、初期レベル1。 冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、 新人向けの雑用クエストしか回ってこない。 しかしそのスキルは、 ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する” という、とんでもない能力だった。 生き残るために始めた地味な探索が、 やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。 これは、 戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。 同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。 夫と婚姻してから三年という長い時間。 その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

処理中です...