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1. 由貴子と那由
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少なくともその学校において月之宮由貴子のことを知らない生徒はいない。
身分は華族。
母方の祖父は財閥の長。
そしてその母はその家に生を受けた一人としていくつもの会社を経営している。
父は血筋をたどれば、歴史上の人物が飽きるほど出てくる家系に生まれ、血に基づく交友は、社交界の一角を成している。
まあ、わかりやすくいうと、すごい大金持ちにして、名家の娘であり、これに美貌と才能というやつを加えたのが由貴子という少女である。
あれです。古典的な少女マンガに出てくる、取り巻きを率いて高笑いと共に登場するような子です、はい。
ともあれ、名家のお嬢様として生を受けた由貴子さまは、名家のお嬢様として育てられ、名家のお嬢様として相応の学校に入った。
幼稚園から大学までの一貫教育を行うその女子校は彼女の性格に合っていたらしい。生来の気質は温室のような環境でのびのびと育ち、結果、由貴子は美しくかつ傲慢な少女に育った。
どのくらい傲慢なのかというと、中等部卒業に際し、涙ながらに見送る後輩たちからの「お姉さま、高等部で待っていてください」という嘆願に対し「わたしを待たせる? そのような資格を有すると考えるような不遜な輩とは二度と会いたくないわ」と答えたほど。
なぜか人気はさらに上がったが。
かくして高等部に入った由貴子は、自主的に親衛隊と称する少女たちにかしずかれ、一部上級生からの冷たい視線を鼻先であしらい、そのくせ授業中の態度と成績は優等生という、第三者視点で見るといろいろとアレな日々を満喫していた。
ともあれ。
由貴子にとっての高校生活は輝きに満ちたものであった――のだが、煌めきの中だけで生きていれば飽きてくるのが人間というもの。
甘いお菓子がいくら好きであっても、毎日食べ続けていればたまには塩気のあるものをつまみたくなるのと同じような感覚で、ある日、由貴子は一人の同級生に目を向けた。
那由、というその生徒は、高等部からの受験入学組である。いわゆる「外生」と呼ばれる生徒は、中等部からの進学組であり全体の八割以上を占める「内生」と交友関係となることはほとんどない。ましてやそのトップに位置する由貴子とは、同じクラスの名簿上に名前があるだけの存在――であるはずだった。
だからこそ。
六月の下旬。午前の授業が終わり、お昼休みに入ったときに起きた由貴子のその行動は――外生である那由に話しかけるなどというその行為は、クラス中の生徒たちの注目を集めずにはいられなかった。
「あなた、お昼はどうしているのかしら」
声をかけられた那由は静かに顔を上げた。手入れの行き届かない髪が瞳の辺りまで伸びているせいか、表情がいまひとつ読みにくい。
「お昼ごはんを食べています」
「わたしの問いかけが求めている答えがそうでないことはわかっているはずよ。わたし、バカは嫌いだけれども、バカのふりをする人はもっと嫌いなの」
由貴子の整った瞳が、那由を捕らえる。
「わたし、今日は気分が良いのよ。桜並木の入り口にある喫茶店を知っているでしょう? そのお店は美しく年を重ねられたご夫婦が経営されていて、わたしの登校時間はいつも二人で表を掃除されているの。それなのにこの一週間、奥様の姿がなく、わたしとても心配をしていたのよ――なにか病を得てしまったのではないかと。でも、本日から奥様がまたお姿を見せてくれたのよ。わたし、車を止めさせて、なにがあったのか聞いたの。なにがあったと思う? 奥様は、学生時代のお友達とご旅行に行かれていたそうよ。わたしの嬉しさがわかる? 奥様はご無事で、しかもご病気でもなかった。久々だわ、こんなに嬉しくなったのは。だから、もう一度聞いてさしあげるわ」
由貴子は那由から瞳を逸らさず、唇を開いた。
「『あなた、お昼はどうしているのかしら』」
「昼食を食べています」
さきほどとまったく同じ言葉が、同じ声で返ってきた。由貴子の瞳の形が変わる。同じ教室にいる生徒たちが凍り付く。
「わたしを怒らせたいのかしら、あなたは」
「はい」
数秒の沈黙が落ちた。
そしてそれは、由貴子の笑いによって破られた。
「あなた、面白い子ね。おめでとう。あなたの企ては成功したわ。わたし、とても怒っているのだもの。ええ、可能であれば形にして見せてあげたいわ。きっと猛々しい形をしているに違いないわ、わたしの怒りは」
でもね、と由貴子は指を少女のほほにあてた。あごから頬へと流れたそれは、とつぜん方向を変えて唇をなぞる。
「あなたはこう考えたのではなくて? 『この答えに月之宮由貴子は怒る。そして自分には二度と声を掛けないだろう』と。ええ、そうよ。そのような気持ちになったわ。でも、わたしは誰かの思惑通りに動くことがなにより嫌いなの。わかるかしら? わたしは怒っているのよ。同じ教室にいるあなたの姿を視界の端にも置きたくないくらいにね。でも、わたしはそれ以上にあなたが考えたとおりに動く自分が許せないの。だから――」
由貴子は顔を近づけた。
吐息が那由の唇にかかる。
「今日は一緒に帰るわよ。早退などしないようにね」
返事など待たずに美しく身をひるがえすと、由貴子は教室を出ていった。親衛隊がその後を――正確には、那由を一睨みしてから――追いかける。
那由は無言でカバンからお弁当箱を取り出すと、教室の残った生徒たちの視線を受けながらそっと教室を出た。
誰にも気づかれぬように小さくため息をつきながら。
身分は華族。
母方の祖父は財閥の長。
そしてその母はその家に生を受けた一人としていくつもの会社を経営している。
父は血筋をたどれば、歴史上の人物が飽きるほど出てくる家系に生まれ、血に基づく交友は、社交界の一角を成している。
まあ、わかりやすくいうと、すごい大金持ちにして、名家の娘であり、これに美貌と才能というやつを加えたのが由貴子という少女である。
あれです。古典的な少女マンガに出てくる、取り巻きを率いて高笑いと共に登場するような子です、はい。
ともあれ、名家のお嬢様として生を受けた由貴子さまは、名家のお嬢様として育てられ、名家のお嬢様として相応の学校に入った。
幼稚園から大学までの一貫教育を行うその女子校は彼女の性格に合っていたらしい。生来の気質は温室のような環境でのびのびと育ち、結果、由貴子は美しくかつ傲慢な少女に育った。
どのくらい傲慢なのかというと、中等部卒業に際し、涙ながらに見送る後輩たちからの「お姉さま、高等部で待っていてください」という嘆願に対し「わたしを待たせる? そのような資格を有すると考えるような不遜な輩とは二度と会いたくないわ」と答えたほど。
なぜか人気はさらに上がったが。
かくして高等部に入った由貴子は、自主的に親衛隊と称する少女たちにかしずかれ、一部上級生からの冷たい視線を鼻先であしらい、そのくせ授業中の態度と成績は優等生という、第三者視点で見るといろいろとアレな日々を満喫していた。
ともあれ。
由貴子にとっての高校生活は輝きに満ちたものであった――のだが、煌めきの中だけで生きていれば飽きてくるのが人間というもの。
甘いお菓子がいくら好きであっても、毎日食べ続けていればたまには塩気のあるものをつまみたくなるのと同じような感覚で、ある日、由貴子は一人の同級生に目を向けた。
那由、というその生徒は、高等部からの受験入学組である。いわゆる「外生」と呼ばれる生徒は、中等部からの進学組であり全体の八割以上を占める「内生」と交友関係となることはほとんどない。ましてやそのトップに位置する由貴子とは、同じクラスの名簿上に名前があるだけの存在――であるはずだった。
だからこそ。
六月の下旬。午前の授業が終わり、お昼休みに入ったときに起きた由貴子のその行動は――外生である那由に話しかけるなどというその行為は、クラス中の生徒たちの注目を集めずにはいられなかった。
「あなた、お昼はどうしているのかしら」
声をかけられた那由は静かに顔を上げた。手入れの行き届かない髪が瞳の辺りまで伸びているせいか、表情がいまひとつ読みにくい。
「お昼ごはんを食べています」
「わたしの問いかけが求めている答えがそうでないことはわかっているはずよ。わたし、バカは嫌いだけれども、バカのふりをする人はもっと嫌いなの」
由貴子の整った瞳が、那由を捕らえる。
「わたし、今日は気分が良いのよ。桜並木の入り口にある喫茶店を知っているでしょう? そのお店は美しく年を重ねられたご夫婦が経営されていて、わたしの登校時間はいつも二人で表を掃除されているの。それなのにこの一週間、奥様の姿がなく、わたしとても心配をしていたのよ――なにか病を得てしまったのではないかと。でも、本日から奥様がまたお姿を見せてくれたのよ。わたし、車を止めさせて、なにがあったのか聞いたの。なにがあったと思う? 奥様は、学生時代のお友達とご旅行に行かれていたそうよ。わたしの嬉しさがわかる? 奥様はご無事で、しかもご病気でもなかった。久々だわ、こんなに嬉しくなったのは。だから、もう一度聞いてさしあげるわ」
由貴子は那由から瞳を逸らさず、唇を開いた。
「『あなた、お昼はどうしているのかしら』」
「昼食を食べています」
さきほどとまったく同じ言葉が、同じ声で返ってきた。由貴子の瞳の形が変わる。同じ教室にいる生徒たちが凍り付く。
「わたしを怒らせたいのかしら、あなたは」
「はい」
数秒の沈黙が落ちた。
そしてそれは、由貴子の笑いによって破られた。
「あなた、面白い子ね。おめでとう。あなたの企ては成功したわ。わたし、とても怒っているのだもの。ええ、可能であれば形にして見せてあげたいわ。きっと猛々しい形をしているに違いないわ、わたしの怒りは」
でもね、と由貴子は指を少女のほほにあてた。あごから頬へと流れたそれは、とつぜん方向を変えて唇をなぞる。
「あなたはこう考えたのではなくて? 『この答えに月之宮由貴子は怒る。そして自分には二度と声を掛けないだろう』と。ええ、そうよ。そのような気持ちになったわ。でも、わたしは誰かの思惑通りに動くことがなにより嫌いなの。わかるかしら? わたしは怒っているのよ。同じ教室にいるあなたの姿を視界の端にも置きたくないくらいにね。でも、わたしはそれ以上にあなたが考えたとおりに動く自分が許せないの。だから――」
由貴子は顔を近づけた。
吐息が那由の唇にかかる。
「今日は一緒に帰るわよ。早退などしないようにね」
返事など待たずに美しく身をひるがえすと、由貴子は教室を出ていった。親衛隊がその後を――正確には、那由を一睨みしてから――追いかける。
那由は無言でカバンからお弁当箱を取り出すと、教室の残った生徒たちの視線を受けながらそっと教室を出た。
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