おじょうさまとごえい

ハフリド

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6. 由貴子さまのお部屋にて

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由貴子の寝室は二階の一番奥にあった。人生でいちばんつかれる入浴を終えた那由は、部屋に入るなり、由貴子のベッドに突っ伏した。

着替えとして借りたパジャマの裾がはためく。

「あらあら、お行儀悪いわよ、那由。確かにわたしは言ったわよ。自分の家にいるように過ごしてね、と。でも、断りなしにベッドに寝転がるのはどうかと思うわ。那由でなければ、怒るところよ」

「もうしわけありません、由貴子さま。少し……つかれてしまって」

「仕方ないわね。髪も整えてあげたというのに。まったく、那由は甘えん坊さんね」

由貴子がその横で寝転がった。近い距離に顔を置く。

「こうやって見る那由も悪くないわね」

指を伸ばす。

また髪先を触れるのか、と思っていると、その指は頬に触れた。頬の輪郭をなぞり、あごをくすぐる。

由貴子の指がまた動いた。今度は唇をなぞってくる。

いかん。

いつのまにか、さわられることが当たり前になってしまっている。

「お嬢様」

ノックの音がした。ばあやさんの声が続く。

「本邸から使いの者がまいっていますよ」

「すぐにいくわ」

由貴子は身体を起こした。

「あなたたちのことについて、説明する人がきたようね。ああ、いいわ。那由はそこで寝ていなさい。おふとんの中に入ってもかまわないわよ」

同級生の頭をかるく撫でると、由貴子は部屋を出ていった。ようやく一人きりになれたという安堵が、身体の疲労感を加速させる。

とはいえ、ここで寝るわけにもいかない。

身体を起こすと、那由はベッドに腰かけた。この部屋にもソファーがあり、ローテーブルがある。勉強用の机はないが、たぶんそれは別の部屋にあるのだろう。

このままベッドの上にいても仕方がないので、ソファーに移動しようとしたところでまたノックの音がした。

はい、と返事をして扉を開ける。

そこにいたのは、小柄な少女だった。学校の屋上で共に由貴子の護衛にあたっていた美和が、メイド服姿で立っている。

「よかった。無事のようね」

「無事ではないですよ……」

「怪我はないようだけれども?」

「そのあとの話です。由貴子様にお風呂に入れられて、洗われて……」

ああ、なるほど、と美和はすべてを悟ったような顔をした。

「諦めなさい。あなたは由貴子様のお気に入りになったのだから」

「お給金に反映してもらえますかね」

上の人に言っておく、と美和はわらった。中には入らず、廊下に立ったまま話を続ける。

「いま下では、由貴子様に護衛の話をしている。ご本人の体質のことも含めてね」

体質ですか、と那由が頭をかいた。

「『月の姫』……でしたっけ? 人間のみならず、鬼や妖怪を引き付ける力。正直、なにかの冗談だと思っていました」

「見立てることで、傘を武器に変えられる人がそれをいうかなぁ……まあ、そういうわけで、もしかしたら、わたしたちの仕事も変わるかもしれないわね」

美和が難しい顔をする。

「今回は、あなたがいたから無事であったけれども、お屋敷の外はますます危険になっている――簡易的なものとはいえ、通学路に展開していた結界がわたしたちの到着までもたないとは思わなかったわ」

それにしても、と美和は言葉を続けた。

「ここ最近の妖魔の襲撃には作為的なものがありそうね……どちらにしても、襲撃の原因となるものを解消しない限り、由貴子様には休学してもらって、お屋敷暮らしをしてもらうことになるかも」

「そうなったら、わたしはどうなりますか?」

「昨日までだったら、お払い箱――とはいわないけれども、一時的にお仕事はお休み。屋敷から動かないのであれば、学校の部隊は削っても問題はないから。ただ、いまの状況だと……あなたも休学して、お館勤めになると思うわ」

「学校には通いたいです」

美和は肩をすくめた。それの決定権は階下にいる少女にある。

「それはさておき、襲ってきた奴のことを聞きたいわ。どんなやつだったの?」

「鬼のようなかんじで……」

那由の話を聞き終えると、美和は肩をたたき階段を下りて行った。ほどなく上ってくる足音が聞こえる。

「あら、那由。出迎えてくれたのかしら?」

「いいえ。いま仲間がきていたもので……」

由貴子の顔がわかりやすく不機嫌になった。そうなの、と言いながら那由の手を引き部屋に戻る。ソファーを無視して、由貴子はベッドに腰かけた。自分の隣の位置に目をやる。

座れ、ということらしい。
なので座る。

「那由。わたしは明日からも変わらず学校に行くわ。あなたの仕事も変わらないわよ」

「そうですか。よかったです」

「那由は学校が好きなの?」

「はい。勉強ができますので」

かわっているわね、と由貴子は唇をとがらせた。

「わたしは嫌いよ、勉強なんて。なにが面白いのかまったくわからないわ」

学年順位一桁のお嬢様は足を遊ばせた。

「それでは、なぜ由貴子さまは学校に通われているのですか?」

「高校生である自分は好きなのよ。学校に通えば、高校生であることを実感できるでしょう? わたしにとって勉強はその延長線上にあるものよ」

ふふ、と由貴子はわらった。

「あなた面白いわね。今日は泊っていくのでしょう。たくさんお話しましょうね」

「あの、由貴子さま。訂正する機会がなかったのですが……わたしはもう帰ります」

「あら、どうして? なにか用事があるのかしら」

「家で妹が待っています」

「ご両親やほかのご家族は?」

「一昨年、親が離婚しまして父は出ていきました。母はいま怪我で入院中です。祖父母とは離れたところで暮らしており畑の世話もあります」

なるほど、そういうことなのね、と由貴子は身体を預けてきた。なにかいろいろと考えているらしい。

「妹さんをお招きできればいいのだけれども、時間を考えるとこれからというわけにはいかないわね。仕方ないわ。今日は帰っていいわよ。じいやに送らせるわ。でもね、那由、泊まれないのなら、先にそう言っておくべきだと思わない? わたし、とてもわくわくしていたのよ」

いや、そのあといろいろあったでしょう、と言いたいところなのだが、どうもうまく反論ができない。

そうですね、と困ったように頭をかくと、那由は口を開いた。

「おわびに、帰ってからも由貴子さまのことを考え続けることにします。それでよろしいでしょうか?」

「あら、それは素敵ね。わたしのことを考え続けてくれるの? 本当に」

「はい」

楽しそうに由貴子はわらった。そう那由はわたしのことを考え続けるのね、と楽しそうにくちずさむと、由貴子は身体を放した。

「いいわ。約束よ。それから、姉妹二人での生活ということは、帰ってからお食事の支度もあるのでしょう? ばあやになにかおかずになるものを作ってもらうわ。その間に制服に着替えなさい」

「あ、そうだ、この服は……」

「気に入ったのなら、もっていっていいわよ。わたしの着古したものだけれども、よく似合っているわ」

那由は自分の姿が映っている鏡を見た。いつも寝るときはシャツ一枚のため、パジャマ姿の自分というのはけっこう新鮮だ。

「ではいただいていきます」

「ええ。使ってちょうだい」

由貴子は立ち上がると、部屋を出ていった。那由になにかお夕飯をもたせてあげて、とばあやに甘える声が聞こえてくる。

那由は大きく伸びをした。

傍からみたら――少なくとも、由貴子の親衛隊からみたら、血の涙を流してうらやましがられる状況だとは思うのだが、正直な感想は一つ。

ただただつかれる一日だった。
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