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16. 深夜のお茶会
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眠りについたのは、由貴子の方が早かった。
深夜に目覚めたのも、由貴子の方が早かった。
というわけで。
「ん……」
ゆっくりと開いた那由の瞳に入ってきたのは、至近距離にある由貴子様の瞳だった。本当にきれいな瞳だな、と思ったのが失敗だった。
みごとに眠気が去っていく。
「……由貴子様、眠れないのですか?」
「あなたが隣にいるのよ。どうやって寝ろというの?」
いや、さっきは寝たじゃないですか、と言い返したいところなのだが、深夜という時間のせいかそういう気持ちにもならない。
二人は身体を起こした。
時計の針は短針と長針が頂上でかさなったところ。秒針が新しい日の時間を刻んでいく。
「那由は寝られそう?」
いいえ、と答える。幸運と同じで、一度逃した眠りというのは、再び捕らえるまでにそれなりの時間が必要となる。
二人は身体を起こした。
「那由。提案があるの。この時間に厨房に忍びこんで、お茶を淹れて、ばあやが焼いておいてくれたクッキーと一緒にいただくのは、とても背徳的で素敵なことだと思わない?」
素敵か否かで聞かれると、答えは一つしかない。
「素敵ですね」
「では、ついてきなさい。静かに、そっと厨房までいくわよ。明日の朝には、ばあやにばれて叱られるでしょうかけれども、深夜のクッキーにはそれ以上の価値があるわ」
「おっしゃるとおりです」
かくして二人は厨房に向かった。
先頭は由貴子。その後ろを那由がついていく。子供向けの作品に出てくるスパイのように、慎重かつ大げさなうごきで、くすくすとわらいながら進んでいく。
厨房に忍び込む。
お湯をわかし、淹れたお茶をポットに納める。その間に、紙を敷いたバスケットにクッキーを入れる。
楽しそうな由貴子様に気付かれぬように、隠し持った端末で、那由は夜番の護衛たちにメッセージを送った。外で彼女たちが動く気配が――感じとれはしないが、それなりの対応をしているであろうことは想像がつく。
深夜のお茶会という、この世の魅惑と罪悪を詰め込んだ行為の準備を終えた由貴子が、耳に唇を寄せてきた。
「――那由、あなた飛ぶことはできる?」
「できません」
なにを言い出すのか、この人は。
「そう、それは残念ね。屋根の上でお茶会なんてとても素敵だと思ったのだけれども……」
哀しそうに目を伏せる。
ここでわがままたっぷりに駄々をこねてくれれば、きっぱりと拒否をすることができるのだが、そういう反応をされると、こちらがどうにかしなければいけないのかな、という気持ちになる。
なるほど、こうやって由貴子様の周りに、尽くす人ができていくのか、と妙に納得する。
「……傘があれば」
「あれば?」
「屋根の上くらいであればお連れすることはできます。ただ、そこでお茶をするのであれば、条件が二つあります。一つは由貴子様の護衛の方々が承諾すること」
「ええ、そうね。それはとても重要なことね。それでもう一つは?」
「夜風にあたっても良い格好に着替えてください。よろしいですか?」
「ええ、もちろん!」
由貴子が弾むような声で答えた。
厨房に声が響く。
たぶん、じいやさんもばあやさんも、二人がしていることに気づいてはいるのだろう。だが、注意をしにはやってこない。
本当にこの人は周りに恵まれていると思う。
二人は部屋にもどると、着替えをした。その間に、那由は護衛の人たちに携帯端末からメッセージを送る。
返事は「了解」の一言。屋内にとどまるようにという文言は返ってこなかった。
館の防衛に絶対的な自信があるのか、それとも鬼たちの狙いである由貴子を晒すことで誘い込むつもりなのか――という推論をするほどの知識も経験も那由にはない。
護衛の人たちも大変だな、と思いながら、着替えを終えた那由は窓をあけた。
やわらかい夜風が静かに髪を揺らす。
窓際にマットを敷き、そこで靴を履く。
「ではいきましょう、由貴子様」
クッキーの入ったバスケットと、お茶の入ったポットを宝物のようにもった少女が身体を寄せてきた。その細い腰に手を回す。
傘が夜の風を捕らえた。
二人の身体が浮く。
月の光の下、二人の少女は夜空に舞い上がった。
深夜に目覚めたのも、由貴子の方が早かった。
というわけで。
「ん……」
ゆっくりと開いた那由の瞳に入ってきたのは、至近距離にある由貴子様の瞳だった。本当にきれいな瞳だな、と思ったのが失敗だった。
みごとに眠気が去っていく。
「……由貴子様、眠れないのですか?」
「あなたが隣にいるのよ。どうやって寝ろというの?」
いや、さっきは寝たじゃないですか、と言い返したいところなのだが、深夜という時間のせいかそういう気持ちにもならない。
二人は身体を起こした。
時計の針は短針と長針が頂上でかさなったところ。秒針が新しい日の時間を刻んでいく。
「那由は寝られそう?」
いいえ、と答える。幸運と同じで、一度逃した眠りというのは、再び捕らえるまでにそれなりの時間が必要となる。
二人は身体を起こした。
「那由。提案があるの。この時間に厨房に忍びこんで、お茶を淹れて、ばあやが焼いておいてくれたクッキーと一緒にいただくのは、とても背徳的で素敵なことだと思わない?」
素敵か否かで聞かれると、答えは一つしかない。
「素敵ですね」
「では、ついてきなさい。静かに、そっと厨房までいくわよ。明日の朝には、ばあやにばれて叱られるでしょうかけれども、深夜のクッキーにはそれ以上の価値があるわ」
「おっしゃるとおりです」
かくして二人は厨房に向かった。
先頭は由貴子。その後ろを那由がついていく。子供向けの作品に出てくるスパイのように、慎重かつ大げさなうごきで、くすくすとわらいながら進んでいく。
厨房に忍び込む。
お湯をわかし、淹れたお茶をポットに納める。その間に、紙を敷いたバスケットにクッキーを入れる。
楽しそうな由貴子様に気付かれぬように、隠し持った端末で、那由は夜番の護衛たちにメッセージを送った。外で彼女たちが動く気配が――感じとれはしないが、それなりの対応をしているであろうことは想像がつく。
深夜のお茶会という、この世の魅惑と罪悪を詰め込んだ行為の準備を終えた由貴子が、耳に唇を寄せてきた。
「――那由、あなた飛ぶことはできる?」
「できません」
なにを言い出すのか、この人は。
「そう、それは残念ね。屋根の上でお茶会なんてとても素敵だと思ったのだけれども……」
哀しそうに目を伏せる。
ここでわがままたっぷりに駄々をこねてくれれば、きっぱりと拒否をすることができるのだが、そういう反応をされると、こちらがどうにかしなければいけないのかな、という気持ちになる。
なるほど、こうやって由貴子様の周りに、尽くす人ができていくのか、と妙に納得する。
「……傘があれば」
「あれば?」
「屋根の上くらいであればお連れすることはできます。ただ、そこでお茶をするのであれば、条件が二つあります。一つは由貴子様の護衛の方々が承諾すること」
「ええ、そうね。それはとても重要なことね。それでもう一つは?」
「夜風にあたっても良い格好に着替えてください。よろしいですか?」
「ええ、もちろん!」
由貴子が弾むような声で答えた。
厨房に声が響く。
たぶん、じいやさんもばあやさんも、二人がしていることに気づいてはいるのだろう。だが、注意をしにはやってこない。
本当にこの人は周りに恵まれていると思う。
二人は部屋にもどると、着替えをした。その間に、那由は護衛の人たちに携帯端末からメッセージを送る。
返事は「了解」の一言。屋内にとどまるようにという文言は返ってこなかった。
館の防衛に絶対的な自信があるのか、それとも鬼たちの狙いである由貴子を晒すことで誘い込むつもりなのか――という推論をするほどの知識も経験も那由にはない。
護衛の人たちも大変だな、と思いながら、着替えを終えた那由は窓をあけた。
やわらかい夜風が静かに髪を揺らす。
窓際にマットを敷き、そこで靴を履く。
「ではいきましょう、由貴子様」
クッキーの入ったバスケットと、お茶の入ったポットを宝物のようにもった少女が身体を寄せてきた。その細い腰に手を回す。
傘が夜の風を捕らえた。
二人の身体が浮く。
月の光の下、二人の少女は夜空に舞い上がった。
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