交際0日の略奪婚~エリート営業マンは傷心の幼馴染を逃さない~

水瀬 立乃

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本編

第11話

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予約していたのは個室のある店で、話があるというのは本当だったんだなと納得する。
国原は腹が減っていたのか唐揚げに焼き鳥の盛り合わせにサラダ、厚焼き玉子にチャーハンまで頼んだ。
俺は食欲がないから遠慮したが、「いいから食べろ」と言われて強引に皿に取り分けられた。
ビールで乾杯した後、国原はまず俺に希未がどんな人間なのか聞いてきた。
前に3人で食事をした時に話をしたような気がするが、そういえば国原からちゃんと聞かれたことはなかった気がする。
俺はもう一度、希未が実家の斜め向かいに引っ越してきた頃からの関係を話した。

「…なるほどな。だけど父親の仕事で…っていうのは嘘なんだろ?詐欺で捕まってたって聞いたけど」
「詐欺?」
「彼女の父親は獄中で病死したんだろ?」

さらっと話しているが、とんでもない誤解だ。
俺は湧き立つ感情をぶつける代わりに膝の上で拳を握り締めた。

「おじさんは普通の会社員だ。高校の時に出張先で倒れて数日後に亡くなった。希未は死に目に会えたが意識がなくて話はできなかったそうだ。明るくて優しい人だったよ。誰に聞いた話か知らないが希未のお父さんを馬鹿にするな」

怒りを湛えて睨みつけると、国原は目玉が落ちそうなほど見開いて驚いていた。

「…そこからか。ごめん…俺、初めから捺月に騙されてたみたいだ」
「捺月に?」
「希未さんのこと、詐欺師の娘で男を手玉に取る悪女だって聞いてたんだよ。お前を洗脳して利用してるって」
「あいつが希未をそんなふうに言ってたのか?人違いってくらい何一つ当てはまらないな」
「ああ…ほんと馬鹿だったよ…。俺達、ずっと騙されてたんだ。悪女なのは捺月の方だった」

そう言うなり、国原はその場で土下座した。

「ごめん!」
「どうしたんだ突然…」
「水城、おれ…初めて会った時に希未さんにひどいこと言ったんだ。お前が電話で席を立ったときに…水城とは釣り合わないから身を引けって言った。本当に申し訳ない!」
「……おまえ」
「あの時おれはお前が洗脳されてるって話を信じてたんだよ!捺月は俺に、工藤希未は高校時代から同級生の男子を誑かす悪女で、父親譲りの悪知恵で水城のことも洗脳して利用してたって。彼女と一緒にいさせたらお前がおかしくなってしまうから別れさせた方が良いって言われたんだ!」
「…ありえない」
「今ならわかる!絶対あり得ないって…。本当に俺は馬鹿だった。お前にはいくら謝っても足りないって思ってる。殴って気が晴れるならいくらでも殴ってくれ!」

国原はそう言ったが、殴る気にはなれなかった。
暴力は嫌いだ。
それよりも捺月が希未のことをそんなふうに話していたのが衝撃的だった。
それに希未は国原と会った後、落ち込んだ様子もなく逆に好印象だったと話していたように思う。
俺に気を遣っていたんだとわかって、知らなかったとはいえ彼女の気持ちを察せなかったことに胸が張り裂けそうになった。

「…いいよ。お前は勘違いしてただけなんだから。もう誤解はとけたろ」
「ああ。本当にいい子だよな、彼女…」

呟くように言ってぐっとビールを煽った国原は、何か後ろめたそうに視線を泳がせる。

「実はさ…その後もう一度彼女に会ったんだ。つい最近だよ」
「いつ?」
「先々週の月曜日だったかな。リクルートスーツ着て駅前にいたから変だと思って声をかけたんだ。お前と入籍するって聞いてたのに就職するのか?って…」

先々週の月曜日といえば、俺が出張に行った日だ。
初めて知る情報に思わず体が前のめりになる。

「それで?」
「どうしても気になってお茶に誘った。お前に悪いとは思ったけど、その時はまだ彼女を結婚詐欺師みたいに思っていたから。お前が仕事をしている間に彼女が何してるのか、少しでも情報を引き出してお前に教えてやろうと思ったんだ。彼女はちょっと返事に迷ってたけど『少しだけなら』と言って近くのカフェに寄ったんだ」

国原はさりげなく本音を聞き出そうと思っていたのだが、希未は彼の意図を察して自分から色々話したらしい。


*

『水城のことですよね。聞きたいことは何でしょうか』
『え…。いや、まあ…そうなんだけど』

単刀直入に聞かれた国原は、第一印象とは違う淡々とした様子に戸惑った。

『私はもう水城とは何でもありませんから。安心してください』
『え?どういうこと?』
『国原さんは前に水城と捺月さんはお似合いだと言っていましたよね。私もずっとそう思っていたんです。貴方の言う通り本当に仲が良くて、理想のカップルと言われていました。どうして別れたのか私も不思議に思っていたくらいで。だからこうなることははじめからわかっていたんです』
『こうなるって?』
『水城と捺月さんは近いうちに復縁します』
『どういうこと?水城にそう言われたの?』
『いいえ。捺月さんが教えてくれたんです。水城は捺月さんのことがまだ好きだけど、私に対して罪悪感があるから離れられなくて悩んでいるって』

初めて耳にする話に国原は目を瞬かせた。
カラン、と結露したグラスの中でアイスコーヒーの氷が音を立てる。

『ちょっと待って。俺は初めて聞いたよ。水城に確認したのか?』
『確認しなくてもわかります。本当のことですから。高校の時に私が突然転校したのは聞いていますか?水城はそれが自分のせいだって思っているようなんですが、彼のことがなくても色々事情が重なっていて…仕方のないことだったんです。それなのに彼はずっと自分を責めていて、私に罪滅ぼしがしたいと思っているみたいなんです』
『うーん…あいつは罪悪感だけで君と付き合っているんじゃないと思うよ?』
『罪悪感じゃないなら、同情です。優しいから私を突き放せないだけです』

随分はっきり言い切るな…と国原は思った。
彼の中で捺月の話していた悪女像が崩れ始めたのはこの時からだった。

『あの…なんか俺、君のこと誤解してたみたいだ。君が水城を好きなのはよくわかったよ。最初に会った時に身を引けって言った俺が言うのもなんだけど…水城は本気で君のことが好きなようだからもっと貪欲になっていい』
『水城は私を女性として好きなんじゃありません。親心みたいなもので、私が目の届くところにいて、ちゃんと生活していると確認できればそれでいいんです。現に水城は捺月さんとよりを戻そうとしていますし。今の生活が長く続けばいつか罪悪感も解消されて私は必要なくなります。それまでは遠くには行かずにしばらくこの近辺で生活しようと思っています。水城に何か聞かれたらそう伝えてください』
『…本当にそれでいいの?このまま水城と捺月が結婚したらつらいんじゃないのか?』
『私は最初から選べませんから』

国原にはどういう意味かわからなかったという。
俺にもわからない…。

『えーっと…水城や捺月のことを気にかける気持ちはわかるけど、君だって幸せになるために行動したっていいと思うよ』

国原の言葉に彼女は首を横に振った。

『私は今だって十分に幸せです。水城が私を地獄から救ってくれたので。だからこれ以上の幸せを望んだら罰が当たります。それに私が心から望むことはもう…叶いませんから』

呟くように言って、希未は穏やかな笑みを浮かべた。

『お話を聞いてくれてありがとうございました。私、いま就職先を探しているんです。今日は面接があったからこんな格好をしていて…。水城には内緒にしておいてくださいね』

*


「あんな顔されたらそれ以上何も聞けなくてさ…。お前が彼女のこと本気だったんだなってわかったらなんか歯がゆくてな。だから『水城とちゃんと話し合って答えを出せばいいよ』って伝えたんだけど…」
「…そんなこと言ってたのか、希未は」

俺は彼女と再会してから毎日のように好きだと伝えてきた。
その想いが希未には全く伝わっていなかったのだと思うと悲しくて胸が痛い。
肩を落としている俺を国原が気遣わし気に見つめている。

(がっかりしたけど…でも当たり前だな。そもそも信頼感がマイナスからのスタートだったし。多少プラスになったって、あの頃のように戻るにはもっと時間が必要だった)

希未が言っていたことはあながち間違いじゃなかった。
俺は彼女に冷たくしていた頃の埋め合わせをしたいと心のどこかで焦っていた。
聡い希未は俺自身も気付いていなかった焦燥感を見抜いていたんだ。
主導権を握るつもりが逆に俺が操られていた。
操り人形のように手足に糸を結ばれた自分の姿が頭に浮かんで、ふと苦笑が漏れた。

「希未には一生頭が上がらない気がする」
「…それがいい。かかあ天下の方が夫婦関係は上手くいく」
「それは経験談か?」
「まだわからないけど、そんな気はしてる」

俺達は笑い合って、お互いにグラスに残っていたビールを飲み干した。

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