十の加護を持つ元王妃は製菓に勤しむ

水瀬 立乃

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アバッサムの樹海④(ルフナ視点)

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現れたつむじ風は着火剤になりそうな枯葉や枝を巻き込みながら移動していた。
地面に散らばった葉も巻き上げて一つ所に集めた後、ふっと消えていなくなる。

「…いま、そこにある枯葉を火にくべようと思っただろ」
「……幻惑か?」
「いーや、現実」

セインが苦笑しながら両手両足を地面に投げ出した。
大の字に寝そべるセインの脇を通って、俺は警戒しながら枯葉の山に近づいた。
枝で崩してみたけどあるのは葉っぱや球果や小枝ばかりで、手で触った感覚にも違和感はない。
両手で抱えてきたそれを火にくべれば、パチパチと嬉しそうに火が爆ぜた。
洞窟の中はいつの間にか暗くなっていて、今は焚火の明かりが届く範囲しか見えない。

「…親父に聞いたんだけどさ。アバッサムの樹海って魔物の生息地だから用がない限り近づくなって言われてるだろ。でも神殿じゃ解釈が違うんだよ。神聖な場所だから不用意に近づくなって教わるらしい」
「神聖な場所?」
「この樹海の奥に小さな祠があって、そこに神々が集うんだと。だから神殿では『加護の森』って呼ばれてる。魔物が棲み付くのも祠を守る為だっていう話だ」
「もしそれが本当なら…そんなところで軍事演習なんかしていいのか?」
「さあ?祠があるのは人間が踏み込めないような奥深い場所らしいから、この辺りならいいんじゃないの?」

人間が行けない場所にあるなら何故そこに祠があると知っているんだろう?
純粋に疑問に思ったけど、口に出したところでセインも知らないだろうから深く考えないことにした。

「…それじゃあこれまでのことは全部、神々の加護ってこと?」
「実際加護がどういうものかなんてわかんないけど、そう考えた方が納得できないか?神々が俺達を気に入って、導いてくれているって」
「まあ…そうだな」
「オブジェも手に入れたいって思っていれば、すぐに見つけられるかも」
「わかっていてやるのはイカサマじゃないのか?神の慈悲を利用するみたいで嫌だ」
「イカサマじゃない、運だよ。騎士には運が必要だ。運がなければ強くなることも、戦場で生き残ることもできない」

セインが起き上がって語調を強めた。

「俺は、お前と出会えて友達になれたのは、運が強かったからだって思ってる。お前とずっと肩を並べていたいと思ったから鍛錬にも身が入ったし強くなれた。そういうきっかけができることも運なんだ。
ギニギル村でグレイル様に引き抜かれたルフナはもっと強運だ。お前は俺よりずっと運が強いよ」
「セイン…」
「神々が俺達を選んで味方になろうとしてくれているんなら、それも俺達の運だ。事実を受け入れないと神々に感謝を返せないし、この機会を逃したら期限内に条件をクリアできないかも知れない。騎士なら任務失敗ってことだ。運に溺れることは良くないけど、与えられた運を信じることだって時には必要だと俺は思う」
「うん……そうだな。視野が狭くなってた。これは試験じゃなくて、任務だもんな」

五日以内にオブジェを見つけて持ち帰るのは試験の条件だけど、騎士なら上官からの命令になる。
軍に入れば命令されたことはどんな状況でも必ず成功させるために行動する。
これが戦場なら、勝つ為に人を利用することも命を犠牲にすることも覚悟しなければならない。
俺はセインに指摘されるまで、学生気分でいる自分に気が付けていなかった。

「ありがとう…」
「入隊したら飯食いに行こう。お前の驕りで」
「はは、いいよ。ハーツハーディのステーキでも食べるか」
「あーいいね。シャトーブリアンでよろしく!」

くすくすと小声で笑い合っていると、俺とセインの間を風のような何かが通り抜ける心地がした。
はっとして焚火を見たけど火は消えていない。
ハロンもジウッドさんも眠っていて、起き上がった気配もない。
俺はセインと目と目を合わせて立ち上がった。
洞窟の外へ出た途端、突風に煽られて咄嗟に腕で顔面を庇う。
風が止んで目を開けてみると、俺達は樹海の草原にいた。
さっきまであった岩の洞窟は掻き消えて、枯草の上に横たわっていた二人も異変に目を覚ました。
すぐ傍に焚火の跡がなければ夢だと錯覚していたかも知れない。
火照った頬に針のような冷気が刺さっていたけど、痛みなんて気にならなかった。
草原の真ん中、土の上に弓を射る女性を象った小さな石像が光り輝いているのが見える。
それは俺達が探すように指定された『月の神』のオブジェだった。
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