十の加護を持つ元王妃は製菓に勤しむ

水瀬 立乃

文字の大きさ
55 / 89

本当の試練(ルフナ視点)

しおりを挟む
「…幸運…すぎるだろ……」

四人の視線が煌々とするオブジェに集中する。
セインの呟きが深閑とした森のなかで響いて消えた。
俺は罠の可能性を警戒しながら突如現れた月の神のオブジェに近づく。
手で触れた瞬間、なぜかこれは本物だと直感的に理解した。
拾い上げるとオブジェを包んでいた光は徐々に消えていき、周囲は再び夜の闇に包まれた。

「…もしかして、終わったの……?」

さっきまで眠っていて状況の把握が追いついていないハロンが茫然と呟く。
ジウッドさんも目を見開いたまま立ち尽くしている。

「ルフナ、どうだ?」
「…間違いないと思う」

俺は今度こそ神々の加護に感謝して、ぎゅっとオブジェを握り締めた。

「引き返そう。ここに留まっているのは危険だ」

そうして俺達は、それぞれのランプに火をつけて元来た道を戻った。
火の番をしている間にあったことを二人に説明すると、ジウッドさんも俺達の判断に頷いてくれた。

「そうだな。長居はしないに越したことはない」

樹海に入ってからまだ一日も経っていないことを考えると、今から引き返せば早くて二日目の昼には出発地点にゴールできる。
結局ここまで他チームとは出くわさなかったし、魔物の討伐も難なくこなせたから物足りないといえば物足りない。
だけど命あっての物種だし、セインが話していた通りこれも俺達に与えられた運なのだとしたら、利用するに越したことはない。
オブジェが見つかったことで、来た時よりもずっと気持ちも体も軽くなった。
つい気が緩みそうになるけど、白い息を吐き出すことで引き締める。
雪も降っているし暗くて足元も覚束ないから、ただ歩くだけでも集中力が必要になる。
ガサッと草叢をかき分ける音がしたと思ったら、足元をリスのような魔物が足を掬うようにすばしっこく走り抜けていく。
樹海以外では見たことのない魔物だ。

「うおっ!」

俺の背後でジウッドさんが足を滑らせて尻餅を着いた。
慌てて傍に寄って声をかける。

「大丈夫ですか?」
「ああ…すまない。木の根に靴の先が挟まってしまったみたいだ。ちょと手を貸してくれないか?」

経験豊富なジウッドさんでも、この暗闇では地面の凹凸だけでも簡単に体勢を崩されてしまう。
やっぱりまだまだ油断はできないなと思いながら、手を差し出して助け起こした。
ありがとうと言うと、彼は数歩後ろに下がって嵌ってしまった左足を引き抜こうと試みる。
その間に俺は脇に転がってしまった彼のランプを見つけて、拾い上げようと腰を屈めた。
上体を起こす瞬間、ぱしゃっと頭上から水の飛び散る音が聞こえた。
額から得体の知れない雫が垂れ落ちてくる。

「えっ……」

暗闇の中、俺に液体をかけたのはジウッドさんだった。

「…お前が、……だったんだな」
「なん…」
「どうやって騎士団長に付け入ったんだ?卑怯者」

目には見えないが、ジウッドさんが俺を蔑むような目で見下ろしているのが声色と気配でわかる。

「何が強運だ?どうせ卑しい身の上話でもして同情を買わせたんだろう。美人だと噂の母親に娼婦の真似事でもさせたか?」
「……何が言いたい」

あの時こいつは寝たふりをして俺とセインの会話を聞いていたらしい。
グレイル様のことで羨ましがられることには慣れているし、妬むのなら妬めばいい。
だけど母様のことを持ち出されたら黙ってはいられない。
殺気を込めて睨みつけてみたが、こいつは挑発するように薄ら笑いを浮かべた。

「俺は、お前が団長に実力で見込まれたとは思わない。だからここで証明してくれ。実力のある者は魔物の大群に囲まれても当然一人で切り抜けられるよな?」

魔物の大群と聞いて、嫌な予感がする。
不穏な気配を知らせるように、風が強く吹いて木の枝を撓らせた。

「さっきお前にかけたのは、魔物寄せの香水だ。そら…もう魔物が集まって来た。あいにくだが俺達は先にゴールさせてもらうよ」
「……!」
「セインとハロンには、お前とは途中で逸れたと話しておく。精々死なないように頑張るんだな、強運君」

背後で獣の荒々しい息遣いが聞こえる。
振り向きざまに鋭い牙を剣で受け止めて、手にしていたランプを顔面に叩きつけた。
獣の肉が焼ける臭いと黒い煙がもくもくと上がり、朱い炎の奥に血走った眼球の色が星空のように見えた。
ジウッドさんの姿はいつの間にかなくなっていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします

卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。 ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。 泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。 「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」 グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。 敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。 二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。 これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。 (ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中) もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

“ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う

棚から現ナマ
恋愛
いままで虐げられてきたから “ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う? 侯爵令嬢のアイリス=ハーナンは、成人を祝うパーティー会場の中央で、私から全てを奪ってきた両親と妹を相手に “ざまぁ” を行っていた。私の幼馴染である王子様に協力してもらってね! アーネスト王子、私の恋人のフリをよろしくね! 恋人のフリよ、フリ。フリって言っているでしょう! ちょっと近すぎるわよ。肩を抱かないでいいし、腰を抱き寄せないでいいから。抱きしめないでいいってば。だからフリって言っているじゃない。何で皆の前でプロポーズなんかするのよっ!! 頑張って “ざまぁ” しようとしているのに、何故か違う方向に話が行ってしまう、ハッピーエンドなお話。 他サイトにも投稿しています。

生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。 どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。 (よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!) そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。 (冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?) 記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。 だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──? 「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」 「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」 徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。 これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...