十の加護を持つ元王妃は製菓に勤しむ

水瀬 立乃

文字の大きさ
56 / 89

孤軍奮闘(ルフナ視点)

しおりを挟む
自分がいまどこにいて、どのくらい魔物を屠ったかもわからない。
少なくとも数時間はずっと剣を揮っていることは確かだ。
あの後、香りが染みついた上着は脱ぎ棄てた。
だけど香水を頭からかぶったせいで髪と顔にもしっかり香りがついてしまい、魔物の返り血も浴び続けているので鼻の良い魔物にすぐに見つけられてしまう。
ある程度数を減らして逃げては大木や岩の陰に身を隠して、息を整える間もなく新たな魔物と相対する。
川があれば洗い流してしまいたいが、この状況では川があってもそんな暇は作れない。
常に体を動かしている今は寒さをあまり感じていないけど、じっとする時間が長くなれば凍えてしまうから休むにも休めない。
絶体絶命ではあったけど、時間が経てばいいこともある。
真夜中から移動してきたせいか早い内に空が白み始めて、森の中の様子が見えるようになった。
朝陽が昇れば魔物達の動きも多少は収まるはず。
突進してきたサイのような猪・ライノスボアを岩壁を登って回避する。
この魔物は皮膚が硬すぎて俺の持っている剣では歯が立たない。
衝撃で岩崖(がんがい)が崩れ落ちる前に登りきると、上空から待ち構えたように鷹のような嘴を持つ人食い梟・イーディアグルが飛来してきた。
鋭い鉤爪を往なして地面を転がり、体勢を整える。
背後からもう一羽現れて少し焦ったけど、上手くかわして一息吐いた瞬間、眼前に尖った嘴が迫った。
咄嗟に庇って攻撃の軌道逸らしたが、肩に爪がかすって灼けるような痛みが走った。
後ろに倒れそうになるのを両足で踏ん張って堪えようとした時、地面が揺れて完全にバランスを崩した。
まだ俺を諦めていないライノスボアが岩に体当たりを繰り返して、ついに崖が崩れたらしい。
尻餅をついたところに二羽のイーディアグルが挟み撃ちを狙ってくる。
一羽はかわせたとして、もう一羽を迎え撃つには時間が足りない。
魔物の鉤爪が胸に食い込む映像が脳裏に過る。

直感的に死ぬ―――

と思った瞬間、視界の中で何かが煌き、光が弾けた。
ずっと首から下げていたお守りの指輪がシャツの胸元から飛び出し、ひとりでに浮き上がっている。
指輪の表面に散りばめられた透明な石の欠片の一つ一つが、黒紫色の光を帯びていた。
気がつけばイーディアグルが飛びかかってきた状態のまま、時が止まったかのように空中で静止している。
驚きが先行して一瞬自分が何をしようとしていたのか見失ってしまう。
だけど眼前に迫った凶器を目にした途端、我に返った。
その場から離れて魔物と距離を取ると、指輪の光が徐々に弱まっていく。
黒紫色の光が消えると同時に、制止させられていた魔物が動き出す。
俺の肉を切り裂こうとしていた前足は空を切り、数秒前まで俺のいた場所を通過して高い枝の上に着地した。
理屈は定かじゃないけど、指輪の石が黒紫色に光ると魔物は動けなくなるみたいだ。
そうとわかれば、この指輪の力を借りてなんとか倒せるかも知れない。
剣の柄を持ち直して魔物の様子を観察していると、二羽のイーディアグルがホーと鳴いた。

仲間を呼んでいる。

たった二羽でも苦戦しているのに、大群になって囲まれたら今度こそ確実に死ぬ。
迎え撃つ作戦を変更して、俺は走った。
少しでもあの魔物から身を隠せる場所を探さなければ。
この時俺は、死ぬ恐怖に囚われて余裕を失くしていた。
だから上や前ばかりを気にしていて、足元に迫った罠に全く気が付かなかった。
あっと気が付いた時には俺の足は空を踏んで、抵抗する間もなく穴の中に落下した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

“ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う

棚から現ナマ
恋愛
いままで虐げられてきたから “ざまぁ” をします……。だけど、思っていたのと何だか違う? 侯爵令嬢のアイリス=ハーナンは、成人を祝うパーティー会場の中央で、私から全てを奪ってきた両親と妹を相手に “ざまぁ” を行っていた。私の幼馴染である王子様に協力してもらってね! アーネスト王子、私の恋人のフリをよろしくね! 恋人のフリよ、フリ。フリって言っているでしょう! ちょっと近すぎるわよ。肩を抱かないでいいし、腰を抱き寄せないでいいから。抱きしめないでいいってば。だからフリって言っているじゃない。何で皆の前でプロポーズなんかするのよっ!! 頑張って “ざまぁ” しようとしているのに、何故か違う方向に話が行ってしまう、ハッピーエンドなお話。 他サイトにも投稿しています。

生まれ変わり令嬢は、初恋相手への心残りを晴らします(と意気込んだのはいいものの、何やら先行き不穏です!?)

夕香里
恋愛
無実の罪をあえて被り、処刑されたイザベル。目を開けると産まれたての赤子になっていた。 どうやら処刑された後、同じ国の伯爵家にテレーゼと名付けられて生まれたらしい。 (よく分からないけれど、こうなったら前世の心残りを解消しましょう!) そう思い、想い人──ユリウスの情報を集め始めると、何やら耳を疑うような噂ばかり入ってくる。 (冷酷無慈悲、血に飢えた皇帝、皇位簒だ──父帝殺害!? えっ、あの優しかったユースが……?) 記憶と真反対の噂に戸惑いながら、17歳になったテレーゼは彼に会うため皇宮の侍女に志願した。 だが、そこにいた彼は17年前と変わらない美貌を除いて過去の面影が一切無くなっていて──? 「はっ戯言を述べるのはいい加減にしろ。……臣下は狂帝だと噂するのに」 「そんなことありません。誰が何を言おうと、わたしはユリウス陛下がお優しい方だと知っています」 徐々に何者なのか疑われているのを知らぬまま、テレーゼとなったイザベルは、過去に囚われ続け、止まってしまった針を動かしていく。 これは悲恋に終わったはずの恋がもう一度、結ばれるまでの話。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

処理中です...