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母親の覚悟
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事の経緯は馬車の中で詳しく聞くことができた。
アバッサムの樹海で最終試験を開始した翌日の昼過ぎ、ルフナと同じ組の受験生三人がいち早く条件をクリアして戻って来た。
あまりにも早すぎるので不正を疑ったそうだけれど、条件に指定されたオブジェは本物だった。
ルフナの姿がない理由を尋ねると、途中で魔物に襲われて逸れてしまったという。
ルフナが一人囮になって残ると言い、三人はそんな彼の意思を汲んで泣く泣く命令遂行の為にゴールを優先したらしい。
三人のうちの一人は背中にひどい怪我をしていて意識もほとんどなく、まともに歩ける状態ではなかったそうだ。
夥しい数の魔物が樹海の一部に群がっていることは既に報告が上がっていて、数名の試験官で隊を編成して夜明け前から討伐に向かっていた。
その部隊にルフナの失踪を伝えて捜索し始めたが、いくら探しても魔物の死骸が転がるばかりでそれらしき人の姿は見当たらない。
もしや魔物の巣に運ばれたかと肝を冷やした時、ある地点に見たこともない穴が空いているのを発見した。
その穴は人が一人余裕で通れるほどの幅があって、地中に棲むとされる魔物が掘ったにしては巨大すぎた。
きっと受験生が何らかの目的で掘った落とし穴だろうと思われたけれど、奇妙なことに穴の中は斜面になっていて、底が目視できない程に深く掘られていた。
こんな穴を掘るのは時間的にも技術的にも人間の手では到底無理だった。
恐る恐る一人の騎士が滑り降りてみると、穴の底は泉になっていて、必然的に泉に飛び込むことになった。
意外にも水位は低く膝くらいまでの高さしかなかったため、すぐに起き上がって辺りを観察すると、泉の向こう岸で人が仰向けになって倒れているのを見つけた。
それは受験者名簿で目にした騎士学校の生徒で、失踪していたルフナだった。
この寒さの中シャツ一枚で、泉の水で多少は綺麗になっていたものの血で赤く汚れていた。
死んでいるのかと思われた彼は穏やかな寝息を立てていて、その胸元には薄っすらと青色に染まった奇妙な指輪が輝いていたらしい。
その後騎士達はルフナを穴から救助して軍医に診察させた。
肌や衣服についていた血はほとんどが魔物の返り血で、傷を負ったと思われる部位はなぜか痕も残らず癒えていた。
後になってルフナが身に付けていた指輪が紛失したと思われていた国宝だとわかり、目覚めたところで詰問したところ、彼は戸惑いながら母親から貰ったものだと答えた。
入手経路を聞いても釈然としない為、窃盗容疑をかけて拘束したという。
その話を聞いた時、安堵するのと同時に危惧していた通りのことが起こったと思った。
ルフナが傷もなく無事だったということは、あの指輪がお守りの役目をしっかり果たしてくれたということだ。
神々がまだ私に加護を授けていてくれたからなのか、ルフナに恩恵を与えたからなのか…。
いずれにしてもルフナを守ってくれた神々に感謝せずにはいられない。
そしてもしあの時――12歳の鑑定の儀に彼を連れて行っていたら、私達は確実に離れ離れにさせられていた。
ルフナは間違いなく、加護を授かっている。
数時間ほど馬車に揺られて到着したのは、王城に一番近い王国軍の基地だった。
施設内ですれ違う騎士は見覚えのない顔ばかりだけれど、年を重ねた騎士の何人かは私の顔を見て驚愕していた。
私の両手首にかけられたのは縄ではなく、罪人を表す黒い手錠。
指輪を「私のもの」と言ったことで、窃盗と虚偽申告の罪で手錠をかけられた。
手錠くらいなら痛くも痒くもないし、疑われても仕方のないことだから構わない。
だけどルフナは今どうしているのだろうか。
もし根拠もなしに拷問を受け、ひどく痛めつけられていたとしたら…絶対に許さない。
「……今夜はやけに暑いな」
「暖房が壊れているのか?」
通りすがりの若い騎士達が額に汗を光らせている。
廊下を踏みしめる毎に私の怒りの熱が空気に伝わって、施設内は熱帯夜のような暑さになっていた。
しばらくして私達はある部屋の前で立ち止まった。
コストル様が直前まで汗を拭っていたハンカチを懐に仕舞い、涼しい顔をしてドアをゆっくり三回叩いた。
「コストルです。容疑者を連行して参りました」
「入れ」
聞き覚えのある声に手が震える。
今まで正体を知られたくなくて、殺されたくなくてずっと逃げ続けていた。
けれどこのまま逃げていたら、ルフナにありもしない罪を背負わせてしまう。
私が隠れ続けることで彼を危険に晒してしまうのなら、全てを明るみに出しても同じこと。
ルーフェナハトの未来は、私の未来でもある。
運命の扉が目の前で開かれる。
私は――覚悟を決めた。
アバッサムの樹海で最終試験を開始した翌日の昼過ぎ、ルフナと同じ組の受験生三人がいち早く条件をクリアして戻って来た。
あまりにも早すぎるので不正を疑ったそうだけれど、条件に指定されたオブジェは本物だった。
ルフナの姿がない理由を尋ねると、途中で魔物に襲われて逸れてしまったという。
ルフナが一人囮になって残ると言い、三人はそんな彼の意思を汲んで泣く泣く命令遂行の為にゴールを優先したらしい。
三人のうちの一人は背中にひどい怪我をしていて意識もほとんどなく、まともに歩ける状態ではなかったそうだ。
夥しい数の魔物が樹海の一部に群がっていることは既に報告が上がっていて、数名の試験官で隊を編成して夜明け前から討伐に向かっていた。
その部隊にルフナの失踪を伝えて捜索し始めたが、いくら探しても魔物の死骸が転がるばかりでそれらしき人の姿は見当たらない。
もしや魔物の巣に運ばれたかと肝を冷やした時、ある地点に見たこともない穴が空いているのを発見した。
その穴は人が一人余裕で通れるほどの幅があって、地中に棲むとされる魔物が掘ったにしては巨大すぎた。
きっと受験生が何らかの目的で掘った落とし穴だろうと思われたけれど、奇妙なことに穴の中は斜面になっていて、底が目視できない程に深く掘られていた。
こんな穴を掘るのは時間的にも技術的にも人間の手では到底無理だった。
恐る恐る一人の騎士が滑り降りてみると、穴の底は泉になっていて、必然的に泉に飛び込むことになった。
意外にも水位は低く膝くらいまでの高さしかなかったため、すぐに起き上がって辺りを観察すると、泉の向こう岸で人が仰向けになって倒れているのを見つけた。
それは受験者名簿で目にした騎士学校の生徒で、失踪していたルフナだった。
この寒さの中シャツ一枚で、泉の水で多少は綺麗になっていたものの血で赤く汚れていた。
死んでいるのかと思われた彼は穏やかな寝息を立てていて、その胸元には薄っすらと青色に染まった奇妙な指輪が輝いていたらしい。
その後騎士達はルフナを穴から救助して軍医に診察させた。
肌や衣服についていた血はほとんどが魔物の返り血で、傷を負ったと思われる部位はなぜか痕も残らず癒えていた。
後になってルフナが身に付けていた指輪が紛失したと思われていた国宝だとわかり、目覚めたところで詰問したところ、彼は戸惑いながら母親から貰ったものだと答えた。
入手経路を聞いても釈然としない為、窃盗容疑をかけて拘束したという。
その話を聞いた時、安堵するのと同時に危惧していた通りのことが起こったと思った。
ルフナが傷もなく無事だったということは、あの指輪がお守りの役目をしっかり果たしてくれたということだ。
神々がまだ私に加護を授けていてくれたからなのか、ルフナに恩恵を与えたからなのか…。
いずれにしてもルフナを守ってくれた神々に感謝せずにはいられない。
そしてもしあの時――12歳の鑑定の儀に彼を連れて行っていたら、私達は確実に離れ離れにさせられていた。
ルフナは間違いなく、加護を授かっている。
数時間ほど馬車に揺られて到着したのは、王城に一番近い王国軍の基地だった。
施設内ですれ違う騎士は見覚えのない顔ばかりだけれど、年を重ねた騎士の何人かは私の顔を見て驚愕していた。
私の両手首にかけられたのは縄ではなく、罪人を表す黒い手錠。
指輪を「私のもの」と言ったことで、窃盗と虚偽申告の罪で手錠をかけられた。
手錠くらいなら痛くも痒くもないし、疑われても仕方のないことだから構わない。
だけどルフナは今どうしているのだろうか。
もし根拠もなしに拷問を受け、ひどく痛めつけられていたとしたら…絶対に許さない。
「……今夜はやけに暑いな」
「暖房が壊れているのか?」
通りすがりの若い騎士達が額に汗を光らせている。
廊下を踏みしめる毎に私の怒りの熱が空気に伝わって、施設内は熱帯夜のような暑さになっていた。
しばらくして私達はある部屋の前で立ち止まった。
コストル様が直前まで汗を拭っていたハンカチを懐に仕舞い、涼しい顔をしてドアをゆっくり三回叩いた。
「コストルです。容疑者を連行して参りました」
「入れ」
聞き覚えのある声に手が震える。
今まで正体を知られたくなくて、殺されたくなくてずっと逃げ続けていた。
けれどこのまま逃げていたら、ルフナにありもしない罪を背負わせてしまう。
私が隠れ続けることで彼を危険に晒してしまうのなら、全てを明るみに出しても同じこと。
ルーフェナハトの未来は、私の未来でもある。
運命の扉が目の前で開かれる。
私は――覚悟を決めた。
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