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積年の思い
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翌日になって、もう疑いは晴れたというのに「処遇をどうするか結論が出るまで帰せない」と言われてしまった私は、当直室に軟禁されていた。
このまま穏やかに暮らしていきたい私にとっては必要以上に誰かと顔を合わせなくていいのは嬉しいことだけれど、秘密裏にここに留まらせておく理由が腑に落ちない。
処遇ってどういうこと?
まさかグレイルも私を殺そうとしている…?
一瞬、有り得なくはない事態を想像してしまったけれど、すぐに違うと思い直す。
もしそうなら、眠っている間にとっくに始末されている。
昨日のグレイルの様子からして、私が死んだのは兄の思惑であることを知らないのだろう。
だとしたら私の身分をどうするとか、王妃に戻すかどうかとか、そういうことを考えているのだろうと推測する。
私はもう王妃に戻るつもりも、王城で暮らすつもりもない。
昨日グレイルにも遠回しにそう伝えたつもりなのだけれど、伝わっていなかったのかしら。
このまま帰れない日が続くようなら、その時は強硬手段に出ようと決める。
今すぐに実行しないのはルフナがここを楽しんでいるからだ。
昼食を運んできてくれた女性騎士にルフナの様子を聞いてみると、グレイルが部下に命じて施設内を見学させていると言っていた。
それを聞いたら息子が飽きたと言うまではここにいようと思えたから。
夕方近くになると、女性騎士とグレイルが大きな箱を持ってやってきた。
王城まで伝令役を務めたコストル様が戻って来たので伝えたいことがあるという。
箱の中の服に着替えて欲しいと言われて、開けてみると濃紺に金の刺繍が入ったシンプルなワンピースドレスが入っていた。
別の箱には同じ色の靴と、花のモチーフに小さな金緑石が嵌め込まれたネックレスと揃いのピアスまである。
平民の私になぜこんなものを?
いつの間に用意していたの?
もしかしてクリスティエラのものではないわよね?
沸き上がる疑問は尽きないし、その色の組み合わせにも不穏な予感しかない。
でもここでごねてもきっと時間の無駄だろうから、せめてもの抵抗で装飾品は辞退した。
されるがままに着替えさせられて、軽く化粧も施される。
スーツに着替えて髪を整えたルフナと二人で昨日の部屋に案内されると、そこには案の定な人物が待ち構えていた。
ディブラン・D・ティーズベル――この国の頂点に立つ男で、私の夫だったひと。
軍服に似た格好をしているけれど、これが彼の普段着であることを私は知っている。
部屋を出た時になんとなく施設内が落ち着かない雰囲気だったのは、王城にいるはずの彼が突撃訪問したせいに違いなかった。
彼は私を目にするなりグレイルと同じような反応をしたけれど、私は忘れていない。
二十年前のあの日、あなたは不穏な噂を耳にして駆け付けた私を不愉快そうに見て、言葉少なに領地へ追い返した。
私が王城を不在にする間にクリスティエラと愛し合って、邪魔になった私を殺そうとまでした。
見せかけの情に絆されるものか。
心動かされてなるものか。
私は喉に込み上げる罵倒を飲み込んで、冷ややかな視線だけを返した。
「ティア……!」
抱きしめようと広げられた両腕を後退して拒否すると、彼は明らかに動揺して瞳を揺らした。
そんなに悲嘆に満ちた目で見つめられると、私の方が悪いことをしたような気持ちになってくる。
本当にこの男は良心に付け込むのが上手い。
「…ティア……?」
「お控えください、陛下。私はもうあなたの妻ではありません」
「え……」
「私は今は平民でステアと名乗っております。そのように扱ってください」
「……」
愕然としている夫に少しだけ溜飲が下がる。
だけどどうしてこんなに胸が痛むんだろう…。
きっと想像していた反応と違うから戸惑っているのだわ。
ちょっと弱いところを見せられたくらいで、私を惜しんでくれていたのかも…?なんて、ありえない勘違いをしそうになるなんて。
随分前に埋めたはずの惚れた弱みがまだしぶとく残っていたみたいだ。
この男を好きだったのはティアで、今の私はステア。
過去に引きずり込まれるなと、揺れそうになる心を叱咤する。
気を取り直して、放心している彼の隣にいた困惑顔の義従弟に向き直った。
「グレイル様。これで私がティアであること、窃盗も虚偽の申告もしていないと証明されましたよね?もう帰宅してよろしいでしょうか?」
「えっ!帰るって……どこに」
「もちろん王都の自宅です。私達が帰る場所はあの家だけですから」
「なぜ……」
「それは私がお伺いしたいことです。失礼ながら、私達をここに留めている理由は何でしょうか?」
「理由って…」
「私はもうあなた様が姉と慕っていた者でも、王妃でもないのです。ティアの名を捨て、身分も捨てて、新しい家族と新しい生活を始めています。権力をふるって引き留めようとなさるのであればそれも結構ですが…然るべき理由もなくそのような暴挙をなされば、神々はきっとお許しにならないでしょう」
「どうしてそのような……。陛下はずっと姉上のことを……!」
「…よせ、グレイル」
感情を露わに言い募ろうとする弟を彼が制止した。
先程の喜々とした表情は消え失せて、何の感情も読み取らせない。
「君の言い分はわかった。今日のところは家へ帰そう。罪の有無もわからぬうちから拘束してしまったことを謝罪する」
目礼した彼は、もう一人の男性ではなく君主の顔になっていた。
このまま穏やかに暮らしていきたい私にとっては必要以上に誰かと顔を合わせなくていいのは嬉しいことだけれど、秘密裏にここに留まらせておく理由が腑に落ちない。
処遇ってどういうこと?
まさかグレイルも私を殺そうとしている…?
一瞬、有り得なくはない事態を想像してしまったけれど、すぐに違うと思い直す。
もしそうなら、眠っている間にとっくに始末されている。
昨日のグレイルの様子からして、私が死んだのは兄の思惑であることを知らないのだろう。
だとしたら私の身分をどうするとか、王妃に戻すかどうかとか、そういうことを考えているのだろうと推測する。
私はもう王妃に戻るつもりも、王城で暮らすつもりもない。
昨日グレイルにも遠回しにそう伝えたつもりなのだけれど、伝わっていなかったのかしら。
このまま帰れない日が続くようなら、その時は強硬手段に出ようと決める。
今すぐに実行しないのはルフナがここを楽しんでいるからだ。
昼食を運んできてくれた女性騎士にルフナの様子を聞いてみると、グレイルが部下に命じて施設内を見学させていると言っていた。
それを聞いたら息子が飽きたと言うまではここにいようと思えたから。
夕方近くになると、女性騎士とグレイルが大きな箱を持ってやってきた。
王城まで伝令役を務めたコストル様が戻って来たので伝えたいことがあるという。
箱の中の服に着替えて欲しいと言われて、開けてみると濃紺に金の刺繍が入ったシンプルなワンピースドレスが入っていた。
別の箱には同じ色の靴と、花のモチーフに小さな金緑石が嵌め込まれたネックレスと揃いのピアスまである。
平民の私になぜこんなものを?
いつの間に用意していたの?
もしかしてクリスティエラのものではないわよね?
沸き上がる疑問は尽きないし、その色の組み合わせにも不穏な予感しかない。
でもここでごねてもきっと時間の無駄だろうから、せめてもの抵抗で装飾品は辞退した。
されるがままに着替えさせられて、軽く化粧も施される。
スーツに着替えて髪を整えたルフナと二人で昨日の部屋に案内されると、そこには案の定な人物が待ち構えていた。
ディブラン・D・ティーズベル――この国の頂点に立つ男で、私の夫だったひと。
軍服に似た格好をしているけれど、これが彼の普段着であることを私は知っている。
部屋を出た時になんとなく施設内が落ち着かない雰囲気だったのは、王城にいるはずの彼が突撃訪問したせいに違いなかった。
彼は私を目にするなりグレイルと同じような反応をしたけれど、私は忘れていない。
二十年前のあの日、あなたは不穏な噂を耳にして駆け付けた私を不愉快そうに見て、言葉少なに領地へ追い返した。
私が王城を不在にする間にクリスティエラと愛し合って、邪魔になった私を殺そうとまでした。
見せかけの情に絆されるものか。
心動かされてなるものか。
私は喉に込み上げる罵倒を飲み込んで、冷ややかな視線だけを返した。
「ティア……!」
抱きしめようと広げられた両腕を後退して拒否すると、彼は明らかに動揺して瞳を揺らした。
そんなに悲嘆に満ちた目で見つめられると、私の方が悪いことをしたような気持ちになってくる。
本当にこの男は良心に付け込むのが上手い。
「…ティア……?」
「お控えください、陛下。私はもうあなたの妻ではありません」
「え……」
「私は今は平民でステアと名乗っております。そのように扱ってください」
「……」
愕然としている夫に少しだけ溜飲が下がる。
だけどどうしてこんなに胸が痛むんだろう…。
きっと想像していた反応と違うから戸惑っているのだわ。
ちょっと弱いところを見せられたくらいで、私を惜しんでくれていたのかも…?なんて、ありえない勘違いをしそうになるなんて。
随分前に埋めたはずの惚れた弱みがまだしぶとく残っていたみたいだ。
この男を好きだったのはティアで、今の私はステア。
過去に引きずり込まれるなと、揺れそうになる心を叱咤する。
気を取り直して、放心している彼の隣にいた困惑顔の義従弟に向き直った。
「グレイル様。これで私がティアであること、窃盗も虚偽の申告もしていないと証明されましたよね?もう帰宅してよろしいでしょうか?」
「えっ!帰るって……どこに」
「もちろん王都の自宅です。私達が帰る場所はあの家だけですから」
「なぜ……」
「それは私がお伺いしたいことです。失礼ながら、私達をここに留めている理由は何でしょうか?」
「理由って…」
「私はもうあなた様が姉と慕っていた者でも、王妃でもないのです。ティアの名を捨て、身分も捨てて、新しい家族と新しい生活を始めています。権力をふるって引き留めようとなさるのであればそれも結構ですが…然るべき理由もなくそのような暴挙をなされば、神々はきっとお許しにならないでしょう」
「どうしてそのような……。陛下はずっと姉上のことを……!」
「…よせ、グレイル」
感情を露わに言い募ろうとする弟を彼が制止した。
先程の喜々とした表情は消え失せて、何の感情も読み取らせない。
「君の言い分はわかった。今日のところは家へ帰そう。罪の有無もわからぬうちから拘束してしまったことを謝罪する」
目礼した彼は、もう一人の男性ではなく君主の顔になっていた。
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