十の加護を持つ元王妃は製菓に勤しむ

水瀬 立乃

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高貴なる者の義務(ルフナ視点)

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投げた短剣はコーディの刀身にぶつかって弾かれ、絨毯の上に転がった。
その間に彼の背後に移動して、剣を持つ方の手首を掴み上げる。
彼が短剣に気を逸らしたおかげで先輩の手は無事だった。

「差し出がましいようですが…憂さを晴らすにはやりすぎではありませんか?」
「……」
「あなたも王女殿下に仕える騎士なら追従するばかりではなく教えを説いてはいかがです。暴力では気を紛らわすことも、問題の解決もできないと」

コーディは俺のお節介に腹を立てることも反論しようともせずに、ただ視線だけを向けてきた。
俺はその感情のない目が最初は恐ろしいと思ったけど、絶望しているようにも感じられて戸惑う。
もしかして彼は王女の人形になる以外に選択肢がなかったのかも知れない。
そうだとしたら俺の言葉は軽率だった。
謝ろうと口を開こうとした時、初めて彼の表情が微かに動いた。
複雑な感情が入り混じっていたけど、俺にはその笑みが救いを求めているように映った。

「まあ。あなた意外とやるじゃない。綺麗な顔をしているし、特別にさっきの無礼は許してあげるわ」

この場に似つかわしくない明るい声でレティーシアが笑っている。
先輩達の血は絨毯に染み込み続けているし、白い壁に飛び散った赤い飛沫も残ったまま。
鉄臭いにおいが充満しているのに、鼻や口を覆うでもなく平然としている。
噂はリゼやエリニス様からも聞いていたけど、ここまで残忍だったなんて予想外だった。

「お言葉ですが、王女殿下に赦免される謂れはございません」
「…! おまえ、わたくしに歯向かうつもり?」
「王女殿下がなさったことは人権の蹂躙です。権力を持つ者が明確な罪状もなく下級の者を処罰することは、ノブレス・オブリージュに反します。王族としての義務や責任を今一度学習されてはいかがですか」
「なんですって…?!」
「怪我をした騎士は国王陛下が管轄する騎士団の者です。陛下の騎士を私的な理由で傷つけたのですから、どうなるかはわかっていますね。この件は即刻上官に報告させていただきます」
「わ、わたくしはおまえを助けてやったのよ?!」
「私は助けて欲しいとは一度も申しておりません」
「そんなことを言って…おまえの方こそどうなっても知らないわよ?騎士の職を永遠に失ってもいいの…?」

焦りを浮かべながら脅しをかけてくる彼女を冷たく見下ろす。
俺が全く動揺していないことに気が付くと、彼女の方が狼狽え始めた。

「そうやって周囲の者を従えてきたのですね。残念ながら殿下は私の脅威にはなり得ません」
「なっ…どういう意味?!」
「王女殿下のお付きのみなさん、殿下を部屋へお連れしていただけますか。これ以上血が流れると殿下にとっても良い結果にはなりませんので」

侍女も騎士達も俺を見てとても驚いた顔をしていた。
クリスティエラ王妃とレティーシア王女の護衛騎士は、他の王族とは異なりグリンフィールズ公の私兵だと聞いている。
だから管轄の違う俺に従う必要はないんだけど、全員が素直に頷いてくれたから有難かった。
きっと彼らもこの子の我儘に困らせられていたんだろうな。
もしかしたら何か弱みを握られて服従させられているのかも知れない。
だけどそれは俺にどうこうできることではないし、とりあえずこの場を収められただけで良しとしよう。
レティーシアはまだ何かぎゃんぎゃん叫んでいたけど、侍女に両脇を固められて宥められながら去っていった。
その後、無傷の先輩に人を呼んできてもらって怪我人を運んだり近くにいた使用人に掃除をお願いしたりした。
コストルさんに報告できる時になってやっと、俺は『慎重に行動するように』と言われていたことを思い出した。
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