伯爵令嬢は卒業祝いに婚約破棄を所望する

水瀬 立乃

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最終話

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私がルーンの傍まで行くと、彼は迎え入れるように腕を伸ばして私の肩をそっと抱き寄せました。
大勢の参加者の前に立つとやはり緊張してしまいますが、彼が臆した様子もなく口元に笑みを浮かべているのを見ると何故か安心して、私もそれに倣いました。

「この度、私ルーイン・カスティーリと、私の婚約者であるリターシャ・グラスフィーユ伯爵令嬢との結婚が正式に決定しました。皆様には私共の門出を温かく見守っていただきたく思います」
「……!」

折角表情を取り繕ったのに、私の笑みは一瞬にして崩されました。
大きな声で宣言した彼に、皆さんと同様驚いた顔をしてしまいます。
いずれ公の場で発表するとは聞かされていましたが、今日このパーティーでとは思いもしませんでした。
目を真ん丸に見開いてルーンを見上げると、私の反応を予想していたのか楽しそうに微笑んでいます。
会場は一瞬しんと静まり返りましたが、宰相閣下や何名かが拍手をしたのを皮切りにわっと歓声が沸き起こりました。
王宮での夜会とは違い、出逢い目的の女性が少ないせいか全体的に祝福ムードが漂っています。
しかしそこへ、怒りを湛えた様子で前に出てきた女性がいました。

「お待ちください!失礼を承知の上でルーイン公子に申し上げたいことがございます」
「アリアンナ様…?」

彼女は仁王立ちこそしていないものの、それと近い雰囲気が漂っていました。
普段の温厚な彼女からは想像もつかないくらい鋭い視線でルーンを睨みつけています。
その後ろでディラン様が慌てている様子が見て取れました。

「私はリターシャ様の友人として、この結婚には賛成できません。私は知っているのです!公子はリターシャ様という婚約者がありながら、女官のオーロラ・シーフォニル侯爵令嬢と数年前から恋人同士のお付き合いをなさっていますよね?!」
「大きな声でなんてことを言うんだ?!そんな事実はないと言っただろう!誰から聞いたんだ?!」

ディラン様が慌てて止めに入って友人を擁護しますが、彼女の勢いは止まりません。

「ヴェロニカ・シーフォニル侯爵令嬢ですわ!ルーイン公子と彼女の姉君であるオーロラ様は休暇の度に王都を散策なさったり、ふたりきりでご旅行へ行かれたりして逢瀬を重ね、何度も侯爵家の邸宅を訪れては夕食を共にし、シーフォニル侯爵にも結婚のご挨拶をなされたと聞き及んでおります!」

アリアンナ様の告発で会場が一気に不穏な空気に包まれていきます。
「ヴェロニカ嬢は嘘をついている」と私に教えて下さったのは彼女ですのに、いったい何故そのようなことをおっしゃるのか…私は少々混乱していました。
けれども誤解は解かなければと思い、声を上げようとしたのですが、その前にルーンに手のひらで制止されてしまいました。
自ら反論するのかと思いきや、彼はざわつく参加者に視線を走らせて声を張り上げました。

「――ということなのですが、どういうことかご説明いただけますか?シーフォニル卿」

名指しを受けた侯爵に視線が集まります。
驚いたことに彼はまるでご自分のことではないかのように平然となさっていて、それどころか人を食ったような笑みを浮かべてルーンを見返しました。

「……私に何を説明しろと?」
「私はどうやらここ数年の間に何度もシーフォニル侯爵家の屋敷を訪れ、卿のご息女に結婚の申し込みをしたらしいのです。卿とは公の場以外で顔を合わせる機会はなかったように思うのですが…最近まで休暇らしい休暇を取っていなかったせいか、どうにも記憶が曖昧になっているようで。卿に事実かどうかの証言を求めたい」
「それは私も是非聞きたいところだ」

この場を楽しむかのように、宰相閣下が明るい声を上げました。

「ルーインが補佐官になってから、彼とはほとんど毎日職場で顔を合わせていたからな。それはこの場にいる他の者達からも証言を得られるだろう。特にファラットは日頃からルーインの恩恵を受けているはずだ。そうだな?」
「…は…はい…?」
「私は知っているよ。事ある毎に勤続年数を振りかざし、私利私欲を満たす為に他の職員に仕事を押し付けるのが君のやり方だ。休暇申請の日数も多く、退勤時間も同じ補佐官の中では誰よりも早い。まあそのおかげでルーインはこの数年で君の30年に匹敵する実力を付けたわけだが…彼に少しでも感謝する気持ちがあるのなら、君からも証言してやって欲しい」

周囲から呆れた視線を向けられた大柄なファラット補佐官様は、初めてお会いした時と比べると一回り縮んだように見えました。
思いもよらない形で職務怠慢を指摘された彼は額に吹き出した汗をハンカチで何度も拭い取ると、伏し目がちに答えました。

「……ルーイン君には…いつも助けられている。彼がいつも深夜近くまで仕事をしていたことは確かです」
「ありがとう、ファラット。さて、そうだとするとやはり解せない。朝から晩まで王宮にいた彼が馬車で1時間以上かかる貴殿の別宅で夕食を摂ることは現実的に不可能だ。時間を巻き戻す魔法でも使えるのなら話は別だが。ついでに言えば彼はオーロラ嬢と合わせて休暇を取ったことはない。彼女を含め女官は全員夕暮れ時には帰宅させているが、勤務中の彼は私に外出許可を取らなければ逢瀬を重ねる時間も作れない。私が彼に外出を許可したのは数ヶ月前の一度きりだから、こちらも無理だな」
「……」
「沈黙は虚偽と受け取りますが、構いませんか?」

宰相閣下とルーンの視線を受けたシーフォニル侯爵は笑みを消し、一言も発しませんでした。

「感謝します、シーフォニル卿。ファラット補佐官も。――そういうことです、アリアンナ嬢」
「とんだご無礼を働きまして、申し訳ございませんでした」
「いいえ。君のおかげで誤解が解けました。リターシャの為に勇気を出してくれてありがとう」

アリアンナ嬢はお辞儀をすると、私と視線を合わせて笑みを深めました。
その表情を見て、私はようやく真相解明の為に彼女が一肌脱いでくださったのだと気が付きました。
ディラン様もそうと知っていたのか、彼女を労うように微笑みかけています。


「リターシャ嬢と結婚する上で、二つ気がかりなことがあります」

ルーンが再び声を張って会場を見回します。

「彼女がフィニッシングスクールに通っていた3年もの間、どういうわけか彼女と私がお互いに送り合った手紙だけが届かないという奇妙な事件が発生しました。手紙だけではなく年に数回の贈り物も。この中で心当たりのある方はどうか名乗り出て欲しい」

「事件」という言葉に、先程とは違う不気味な緊張感が漂い始めました。
皆さん顔色を曇らせ、そのようなことがあるのかと口々に囁き合っています。
私は驚いて彼を見上げました。
彼が贈り物をしてくださっていたとは思わなかったからです。
私も彼の誕生日に手作りの栞や嫌味を込めてレターセット等を贈りましたが…年に数回というと誕生日だけではなさそうです。
休暇もほとんど取れない程忙しくしていた彼は自らお店を回ることなどできなかったでしょうから、自宅に商人を呼んで品物を持ってこさせ、寝る時間を割いて私の為に頭を悩ませながら選んでくださったのでしょう。
またしても彼の真心を無下にされた私は怒りに震えました。
そのような卑劣な行為は到底許しておけません。
名乗り出る方はいらっしゃらないかと思われましたが、一人のご令嬢が手を挙げました。

「申し訳ありません…!私ではありませんが、どうしても黙ってはいられなくて…!」

声を上げたのはなんとナタリア嬢でした。

「ナタリア・ビスコット嬢ですね。どういうことですか?」
「わ、私…実は見てしまったことがあるのです!フィニッシングスクールの寮で…ヴェロニカ様がリターシャ様のお手紙をびりっびりに破り捨てているところを…!」

ヴェロニカ嬢自身も予期していない出来事だったのか驚愕したまま固まっています。
しかし彼女はすぐに我に返って反論しました。

「なんて出鱈目をおっしゃるの!?決して破り捨ててなどいませんわ!」
「いいえ!私は確かに、この目で見ましたっ」
「いつ、どこで見たと言うのよ?!そんなに自信がおありなら、事細かに覚えていらっしゃるのですわよね?」
「私とヴェロニカ様は寮で同じお部屋だったではありませんか。リターシャ様とアリアンナ様もご一緒でした!」
「貴女と同室だったのは確かですけれど、私達はほとんど自室で過ごしていましたわ。お互いの生活には干渉しない決まりでしたでしょう?」
「けれど私は見たのです!ふと夜中に目が覚めてみたら、どこからともなく紙を引き裂く音が聞こえてきて…恐ろしくて…!お部屋を飛び出してみると、その音がヴェロニカ様のお部屋から聞こえているとわかり…確認しようと扉からこっそり中を覗き見たのです。そうしたら…!リターシャ様のお手紙を、怪しい笑みを浮かべながらびりり、びりりと破いていらっしゃったんですっ!とても衝撃的で…今日まで夢かと思っておりました」
「呆れましたわ…それは本当に夢だったのではなくて?」

とてもナタリア嬢らしい証言でしたが、ヴェロニカ嬢は彼女の言い分を一蹴しました。

「この際ですからハッキリと申し上げておきますけれど、起きてもいない出来事をそのように誇張して伝えるのは貴女の悪い癖でしてよ」
「私は誇張などしておりませんわ。夢でもありませんっ!もし違うとおっしゃるのなら、なぜリターシャ様のものを勝手にお捨てになられたのかきちんとご説明ください!」
「ですから…リターシャ嬢に届いたお手紙のことなど私は知りませんし、勝手に処分もしておりません。変な言いがかりは止してくださらない?それに、私が人様のお手紙をどうこうするような分別のない人間に見えて?」
「ええ、見えます!ヴェロニカ様はお姉様とルーイン公子が結婚のお約束をしたと、私達に嘘をついていたではありませんかっ」
「ナタリア嬢、今の発言は明らかな侮辱ですわよ。私がそのようなお話をしたという証拠がありまして?」

正論を突き付けられたはずなのですが、ヴェロニカ嬢は強気に白を切りました。

「証拠…証拠は…!」
「ありませんわよね?だって嘘なんですもの。貴女のお話は全て嘘なのですわ。アリアンナ嬢と結託して私を陥れようとしていることは明白です。そうやって私を貶めて何をなさりたいの?ああもしかして、本当は貴女がお手紙をくすねていらしたのね?贈り物も貴女が我が物顔で使っていらしたのではない?ご自身の罪を私に擦り付けようだなんてあんまりですわ」
「ち、違いますっ!それこそ言いがかりですわ!」

畳みかけるように責められたナタリア嬢は多少怯んだものの、しっかりと否定します。
ヴェロニカ嬢のしたたかさに唖然としていると、ルーンの手が私の強張った肩を撫でました。

「ルーン…?」
「大丈夫だよ、リタ。ナタリア嬢は協力者だ。彼女から情報を引き出す為のね」
「え…?」
「彼女の言い分を真実とするなら、リタの書いた手紙はくすねた。でも捨ててはいない…と受け取れる。上手くいけば回収できるかも知れないね」

ルーンは私にだけ聞こえるくらいの小さな声で囁くと、にこりと微笑んで仲裁に入りました。

「おふたりとも、どうかそのくらいで。私は犯人が名乗り出ることを期待してこのような質問をしました。違うとおっしゃるのであればそれで結構です」
「も、申し訳ございません…!このように騒ぎ立ててしまって…」
「ナタリア嬢、どうかお気になさらず。貴女がリターシャを想って申告してくださったことは伝わっています。ありがとう」
「私も…失礼いたしましたわ」

ナタリア嬢はしゅんとしたように頭を下げ、ヴェロニカ嬢は口元を隠すように扇子を広げました。

「ヴェロニカ嬢。実のところ私はもう事の真相を掴んでいるのです。貴女は私が彼女に贈った品が使う物・・・だと知っているような口ぶりでしたね。確かに私が贈ったものは飾り物や菓子ではありません」

はっとしたような顔をしたのは、私や彼女だけではありませんでした。
彼の言うとおり、贈り物といっても私が贈った栞やレターセットのように使う為のものだけではなく、食べるとなくなってしまうものもあればお部屋に飾るためのものもあり様々です。
彼女は身の潔白を証明しようと必死になって、送り主しか知り得ないことをうっかり話してしまったようです。

「さて、もう一つ気掛かりなことですが、先日リターシャ嬢が友人と王都でお茶を楽しんだ帰り道に暴漢に襲われました。すぐに助けに入ることができたので何事もなく済みましたが、今後も同じようなことが起こるのは避けたい。その犯人についても今この場で明らかにしたいと思います。
――ヴェロニカ・シーフォニル。そしてもう一人、オーロラ・シーフォニル。貴女方を共謀罪と郵送物の隠蔽、横領、窃盗の罪で告発します」
「!」

ルーンのその言葉を合図に、十数名の衛兵が会場に雪崩込んで来ました。
ヴェロニカ嬢とオーロラ嬢はあっという間に身柄を拘束され、抵抗も逃げることもできずに青褪めています。
まさか私も衛兵が待機していたとは思いませんでした。
主催者のハットルーテ宰相が悠然と成り行きを見守っていらっしゃるところを見ると、元々この場で事件の真相を明らかにする予定だったのでしょう。

事の発端は私がフィニッシングスクールへ入学してすぐの頃でした。
私と同室だったヴェロニカ嬢は入寮して間もなく私宛に届けられた手紙を(この時は純粋な親切心で)下女から受け取ります。
興味本位で差出人を確認しようと封筒を裏返すと、氏名の代わりにカスティーリ公爵家のものと思われる家紋が刻まれた封蝋が押されているのが目に留まりました。
彼女は好奇心を抑えきれずこっそりとその手紙を開封し、その内容から送り主がルーンであること、そして私が彼の婚約者であることを知ります。
そこからヴェロニカ嬢とオーロラ嬢は姉妹で結託し、私とルーンの手紙や贈り物を隠して仲違いを企てました。
ヴェロニカ嬢は下女を買収して私が彼宛に出す手紙だけを抜き取り、ルーンから送られてきたものも私の手に渡らないように手配しました。
オーロラ嬢はカスティーリ公爵家の別邸周辺を担当する郵便配達員を買収し、私の名前が書かれた郵送物だけを盗むように指示します。
彼は当時職場から手紙を出すことも多かった為、彼女自身も毎日郵送物を入れる箱の中をチェックして私宛の手紙があれば秘かに回収。
万が一回収が漏れれば寮に届いたものをヴェロニカ嬢側が処理する…という手筈になっていました。
そうしてルーンからお手紙が届かず不信感を抱き始めた私に、彼の浮気を仄めかして言葉巧みに信じ込ませます。
オーロラ嬢もその隙に彼を誘惑しようと近付きましたが、私以外に興味のない彼は全く見向きもせず失敗に終わります。
しかし私の方はヴェロニカ嬢を完全に信じ切っていましたので、婚約解消は間違いないとふたりは確信していました。
婚約が解消されれば公爵家は新たな婚約者探しに乗り出すはずで、彼も伴侶を見つけようと積極的になり、自分達にも機会が巡ってくると期待したのです。
その為の布石としてオーロラ嬢は自分こそが彼の婚約者に相応しいと思わせるような行動を取り、彼も満更ではなさそうだと周囲に仄めかして支持者を集めます。
けれど彼女達は、ルーンの私に対する愛の深さを甘く見ていました。
父の妨害によって元々強めだった執着心を更に強化させた彼が強引に私を引き留め、これまでの努力を見守ってきた両親達もこぞって彼の味方をします。
そしてあの日…彼が私を職場に連れて行った時、私達が婚約解消に至っていないことが判明します。
焦ったおふたりは貴族に扮した傭兵に私を誘拐させ、貨物と共に船で他国へ送り、売り飛ばそうと画策しました。
しかしそれも失敗に終わり、捕らえられた暴漢から自分達の所業であることが露見してしまった…というのが事の顛末のようです。

「おふたりの罪は明らかですが、申し開きがあるなら伺いましょう」
「わ、私は…、ルーイン公子の妻の座に収まれと、父に強く命じられていたのです!公子が官僚を目指していると知り、私に女官になって彼に近付き誘惑しろと…女のお前にはそれしか使い道がないのだからと言われて…!私は女官になどなりたくありませんでした!」
「これは誓って真実ですわ!私達は父に逆らえなかったのです…!カスティーリ公爵家の後継は長子のオスカル公子ですが、彼は爬虫類と結婚していて子が望めないから次男を狙えと言われておりました!ルーイン公子との間に男児を産めば、いずれ公爵家を掌握できるからと…そうすれば公爵家が所有する広大な土地も金鉱山も、建設予定の博物館の収益も全て自分のものになる、と。邪魔な者は他国に奴隷として売り飛ばせと命じたのも父ですわ!」

オーロラ嬢もヴェロニカ嬢も父親のシーフォニル侯爵こそが元凶だと涙ながらに訴えますが、当の本人は相変わらず飄々としています。

「我が娘ながら愚かしい…自分で蒔いた種は自分で刈り取る。幼い子どもでもわかることが何故できない?だからお前達は頭が足りないと言うんだ。日頃から言っているだろう、したに及ばず、と。もっと先のことを…こうなることも見据えた話し方をするべきだったな、ヴェロニカ。オーロラも、私の所為にしたところで何も変わらない。下手な言い訳はせず罪を認めなさい」
「私達を見捨てるおつもりですか?!私も妹も、お父様に命じられた通りに今日まで生きてきました!それなのに…使い道がなくなれば血を分けた子も平気で切り捨てるのですね!病に倒れた母を見殺しにしたように…!」
「お前達が私にどんな感情を持とうと構わないが、それでお前達のしたことが帳消しになるわけではない。仮にお前達の言い分が正しかったとして、その方法を選んだのはお前達自身だ。自分の犯した過ちを他人が代わって償うことなどできないのだよ。そうは思わないか?ルーイン宰相補佐官」
「そうですね。明確に指示をしたという書証があるのであれば卿にも責任を問えますが、口頭でとなると証人がいなければ証拠としての効力は弱い。この件に関して卿を裁くことは難しいでしょう」

侯爵はルーンの回答に満足気な笑みを浮かべました。
しかし彼の言葉には続きがありました。

「――ですが、卿には別の嫌疑がかけられています」
「……なに?」
「こちらはしっかりとした証拠がありますからね。言い逃れはできませんよ」

にこやかな笑みを浮かべて登場したディラン様の手には、白い封筒が掲げられていました。

「外交機密費の横領に加えて収賄罪に国家機密法違反…掘れば掘るほど金の話ばかりで面白かったですよ。札束風呂に入るのが趣味だという噂は本当だったようですね」

ディラン様が告発した内容は、彼の上司であるシーフォニル侯爵が外交官の立場を利用して公的費用を着服した上、外遊の際に他国の外交官と金銭的な契約を交わして自国の外交政策に関する情報を売っていたというものでした。
更に彼名義の賭博場が複数の国に点在し、利益の5割を見返りに物資の斡旋という名の密貿易も行っていたようです…。
侯爵は「捏造だ!」と反論なさいましたが、結局取り調べの為にご息女と共に衛兵に捕らえられ、退場していきました。

その後の裁判で侯爵は有罪となり、爵位を剥奪され、外交官職も罷免されたそうです。
オーロラ嬢も免職となり、平民となった姉妹はふたりそろって修道女になることを決め、既に王都を発ったと聞きました。
私とルーンのお手紙と贈り物は、私のものはヴェロニカ嬢が捨てずに残してくださっていました。
けれどルーンが私に送ってくださったお手紙はオーロラ嬢によって全て廃棄され…贈り物の装飾品や羽ペンなども売却されていました。
彼女は父親に命じられてルーンの婚約者の座に収まろうとしたとお話していましたが、もしかすると私に嫉妬をするくらいには彼を愛していたのかも知れません…。
知らせを聞いてしょんぼりする私をルーンが優しく撫でてくださいます。

「そんなに気にしなくていいよ。もしかしたら君の好むものではなかったかも知れない。きっと君に必要なものではなかったんだ」
「私はそんなふうに割り切れません…せっかくルーンが私の為に選んでくださったのに…。どのようなものでもルーンがくださるものなら何でも嬉しいのです…」
「…僕が君の立場なら同じように思っただろうな。すまない、リタ…君の気持ちを汲み取れなくて。ありがとう」
「ルーンは悪くないので謝るのは禁止です。代わりに抱きしめてください」

私の突拍子もないおねだりに彼は苦笑しながらも望みを叶えてくださいました。
彼の胸に顔を埋めて頬ずりすると、熱い溜め息が私の肩にかかりました。

「…結婚式が待ち遠しいな」
「私もです。あとひと月ですよ。もう少しですね」
「そうだね…そのひと月がこんなに長く感じるとは思わなかった。昨日までの自分が信じられないって、朝が来る度に思うよ…」
「……?」

どこか遠い目をしているルーンを不思議に思って顔を上げると、彼は目を細めて額にキスをしてくださいました。

そうして国中で春の花が咲き始める頃、私の名前はリターシャ・グラスフィーユからリターシャ・カスティーリに変わりました。
今回の事件で多数の貴族から注目を集めたルーイン・カスティーリ公爵令息の結婚は新聞の一面を飾り、大々的に取り沙汰されました。

"お相手はなんとリターシャ・グラスフィーユ伯爵令嬢だ。半年前まで社交界にデビューもしていなかった女性で驚いた貴婦人も多かっただろう。ルーイン公子とリターシャ公女は10年以上前から婚約関係にあり、密かに愛を育んできた。「父の行き過ぎた愛情で、彼は14歳で婚約してから10年間、私への愛情表現を禁止されていました。本当に指一本触れられず愛していると口に出すことも書くこともできなかったのです。信じられないでしょう?そのことを知らなかった私は一度彼の手を放してしまいましたが、彼の愛情のお陰で無事に結婚式を迎えることができました。何があっても私を一途に愛してくれた彼にはとても感謝しています。これからふたりで幸せになります」と新婦のリターシャ公女は笑顔で語った。彼らは我々の想像を遥かに超える大きな障害を乗り越え、晴れて夫婦となった。結婚式は国内最大のピラミディアン大聖堂で盛大に執り行われ、国王陛下をはじめとする大勢の参列者から祝福を受けた。グラスフィーユ伯爵の親バカに愚直に付き合ったルーイン公子には我々も紙面から賞賛の拍手を贈りたい―"


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みんなの感想(172件)

ブリトニー
2025.06.26 ブリトニー

おや?これはヒロインが一番考えなしで厄介だなぁとイラつきましたが、ちゃんと自分の厄介さを自覚して謝罪したし、拗れた経緯やルーンが粘った理由等そういう事もあったのか!とスッキリした読了感でした。とはいえルーンが可哀想過ぎたのでリタ一家はこの後滅茶苦茶彼を労ってやってほしい...
丁寧に練り込まれた話でとても面白かったです!

解除
とーみこ
2022.10.04 とーみこ
ネタバレ含む
2022.10.05 水瀬 立乃

とーみこさん

感想ありがとうございます。
面白いと言っていただけて嬉しいです!
モヤモヤしながらも最後まで読んでいただけたことに感謝します。
ありがとうございました(^^)


水瀬

解除
Kobato
2022.10.03 Kobato
ネタバレ含む
2022.10.05 水瀬 立乃

Kobatoさん

感想ありがとうございます。
楽しんでいただけたようで良かったです(*^^*)
最後まで読んでいただきありがとうございました!


水瀬

解除

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