精霊書店の異世界人

多々羅

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第一章 塔の異世界

アルメリス精霊書店

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 地下室から出ると、そこは木造家屋の廊下だった。その廊下を進んでマギナに案内されたのは店舗のような部屋だった。

「アルメリス精霊書店にようこそ!」

 明るい声のマギナが両手を広げて躍り出た。左手に掛けたローブも一緒に跳ねる。
 そこは九畳ほどの広さで、書店というわりには本のたぐいは少ない。左の壁際――僕の真正面――に設置された本棚に収められている程度だ。
 ほかの商品はといえば、部屋の中央に正方形のテーブルがあって、巻いた紙をひもで結ったものが整理されて置かれている。正面と右の窓際には長方形のテーブルがあって、その上の木箱には大小色とりどりのガラス玉のようなものが陳列ちんれつされている。
 それと僕の右側には精算所らしきカウンターテーブルがある。
 真正面の奥には出入口であろう小窓付きの扉がある。そしてその横の大きめの窓から差し込む柔らかな陽光が室内を照らしている。
 木の匂い。
 淡く輝くガラス玉。
 なつかしいような切ないような……そんな雰囲気がただよっている。

「どう? どう? いい感じでしょ!?」

 まったく……人がノスタルジックな気分に浸ってるっていうのに……いや、郷愁きょうしゅう漂う世界で両手を広げて満開の笑顔を咲かせる少女……これはこれで絵になってるかな。

「うん、レトロでいい雰囲気だね」
「レトロ? う~ん、そんなに古臭いかなぁ?」

 マギナは腕を組み、眉間に皺を寄せて首を傾げた。
 この世界ではこれが普通なのかもしれない。

「あぁ、いや、僕のいた世界に比べての感想だから」
「そっか……ねぇねぇクーヤの世界ってどんな感じ?」

 マギナはそう言いながら興味津々に距離を詰めてきた。
 その勢いに気圧されながら口を開く。

「うーん、なんていうか……ここと比べれば無機質な感じかな」
「無機質?」
「机や棚はアルミや鉄製のものもあるし、建物は鉄筋コンクリートだったり、箱はプラスチック製のものもあるよ」
「え? なに? アルミ? コンク……? プラ……?」

 初めて聞く言葉の連続だったのだろう。マギナは顔をしかめて首を傾げた。
 狙って言ってみたけど、この世界の科学水準は少なくとも明治時代以前ってところか。
 もう少し探りを入れてみよう。

「アルミはボーキサイトって鉱石を加工して造る、鉄より軽い金属のことだよ」
「ボーキサイトなんて聞いたこともないよ」
「コンクリートは……土壁ってこの世界にもあるのかな?」
「土壁ならあるけど、あんまり見ないかなぁ」
「まあ、土壁をもっと硬く丈夫にしたもの……だね」
「なるほど~」
「プラスチックは……なんて説明すればいいのかな……」

 今度は僕が首を傾げた。

「木よりも硬いの?」
「いや、基本的には木よりも柔らかいよ。いろいろな色のものも作れるし……あ、そうだ!」

 思い出した。現物があるじゃないか。
 僕はボディバッグのベルトをつかんで体の前に回した。
 漫画本が数冊入る大きさで、ふた付きのポケットも付いている。目的のものはその中だ。蓋のボタンをはずして中身を取り出す。科学技術の結晶、スマホだ。
 だけどスマホをそのまま渡してもプラスチックのなんたるかは伝わりにくい。だがしかし、僕のスマホにはハードタイプの黒いカバーが装着されている。これぞまさにプラスチック。
 いそいそとそれを取り外し、マギナに差し出した。

「これがプラスチックだよ」

 マギナは行儀ぎょうぎよく両手で受け取った。そして裏返したり、ちょっとだけ曲げたり、まじまじと見たりと興味津々の御様子だ。

「なにこれ? 不思議! なにでできてるの!?」
「だからプラスチックだって」

 彼女の反応に思わず笑ってしまう。そういえば、異世界に来て初めて笑ったかもしれない。

「じゃなくて! どうやって作るの?」
「え~っと、確か石油から作るんだったかな……」
「石油って……あの貴重な油だよね? クーヤってもしかしてお金持ちなの?」

 無職なので貧乏です。とは言わなくていいか。

「いや、僕の世界では特別貴重なものじゃないよ」
「そうなんだ~」

 と言いながらスマホのカバーをいじり続けるマギナ。
 しばらくそうしていた彼女の視線は、いつしか僕の手元のスマホへと注がれていた。

「それも、ぷらすちっく?」
「まあ、これも一部はプラスチックだけど……」

 僕の中にイタズラ心が芽生える。
 スマホの画面をマギナに向けると、釣られたように顔を近づけてきた。
 電源ボタンを押す。

「!?」

 マギナはビクッと体を震わせ、一歩下がった。
 一瞬の硬直のあと、彼女はうらめしそうな顔で僕を見た。
 その姿に、つい笑ってしまった。

「ク、クーヤ!」

 マギナは顔を赤らめ、抗議の意味で僕の名を叫んだ。
 僕は笑いを押さえつつ、マギナに謝る。

「ご、ごめん。つい……ね。ちなみにこれはスマホっていって、僕の世界の通信機だよ」
「ツウシンキ?」
「遠く離れた人とでも会話ができる機械なんだけど……」

 スマホの画面を確認する。面白味のない壁紙の中央には日本の時間が時を刻み続けている。そして最上部には案の定「圏外」と表示されていた。
 嘆息する。

「……この世界では使えそうにないね」
「そうなんだ……残念だね」

 その声には気遣うような響きがあった。
 マギナがスマホのカバーを両手で僕に差し出した。
 それを受け取り、ボディバッグに戻した。
 彼女はマイペースではあるけど、意外と空気が読めるのかもしれない。
 わずかな静寂のあと、マギナは左手に掛けたままだったローブをカウンターに置いた。そして店の出入口のほうを向いた。

「それじゃあ、今度はわたしがクーヤを驚かす番だね!」

 それは、マギナに似合う元気な声だった。
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