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第三章 黒犬が駆ける森
逆チート
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今朝の予定では、午前中にユヌーラ村跡地に到着することになっていた。だけど枝葉の隙間から覗く太陽は、僕たちの直上に迫っている。正午は近い。廃村はいまだに見えてこない。
まあ、仕方がない。進めば進むほど道が悪くなってる。膝あたりまで伸びた草が足に絡まって地味に歩きづらい。それに、どこから転がってきたのか分からない岩と倒木が、数十メートル歩くたびに僕たちの行く手を阻んでくれる。だから休憩の回数が増えるし、単純に時間も掛かる。
そもそも、今歩いてるのは道なんだろうか?
草の下にわずかに残る、かつては轍だった凹みを辿ってるだけのような気がしてならない。
それにしても、相変わらず前を行く三人は僕ほど疲れている様子がない。この違いはなんなのか……体力の差? 経験の差? ……多分両方だ。
と、鬱陶しかった草が急になくなった。いや、低くなっただけか。
「お、歩きやすくなったな」
先頭のリムが振り返ることもなく言った。
「そだね~。ユヌーラまでこのままだったら楽なんだけど……レーシア、どれくらいで着きそう?」
「そうですね……」
そこまで言って、レーシアは周囲を見回した。地形を見ているのかもしれない。
彼女はここに至るまで、地図も見ずにナビゲートしてくれている。どちらかといえば方向音痴な僕からしてみれば本当に凄いと思う。
現在位置が把握できたのか、レーシアがマギナに視線を戻した。
「休憩時間を除けば、あと一時間前後で着きますね」
「そっか、あとちょっとだね」
僕も一瞬、マギナと同じ感想を抱いてしまった。ここまでに掛かった時間を思えば仕方のないことだ。だけど、一時間は「あとちょっと」じゃないよね。しかも、いつまた荒れるかも知れない道を一時間だ。
もうここまででいいんじゃないかな。という言葉が頭を過ぎるものの、それを口に出す性分でもない。これが仕事じゃなければ、昨日のもっともっと早い段階で音を上げて、駄々をこねてでもパーティーを引き返させたことだろう。
……あと一時間、頑張ろう。
「にしても疲れたな」
肩越しに振り返ったリムが、疲れを滲ませずに言った。なんの冗談か、左手で腰まで叩いている。
……ん? なんで人差し指を立ててるんだろう? それも不自然に下を指すしている。
「そうだね」
「そうですね」
マギナとレーシアが小さく頷いた。
やっぱり変だ。レーシアはともかく、マギナがこんなリムをいじらないわけがない。となると、あの仕草には意味があるはずだ。それも声に出せない――聞かれたくないことか。だとすれば、近くに何者かが……野犬って可能性もある……いや、これ以上推察するのはやめよう。余計な先入観にしかならない。それよりも、警戒しないといけないってことのほうが重要だ。
ハンマースピアを握り直す。
しばらく歩くと、これまで鬱蒼と生い茂っていた森の草が段々と減っていった。おかげで見通しがよくなった。と、いいたいところだけど、代わりに木々の幹が太くなってるような気がする。結果として、近くの見通しはよくなったけど、遠くは木が邪魔で見えにくくなってしまっている。
まあ、人や動物が隠れるには不向……き――?
――!?
――!!
思わず三度見してしまった。
左側の森の中、僕たちから二十メートルくらい離れた木の陰に、黒いローブを着た大男がいた。身長は二メートル以上はあるであろう筋骨隆々な体格だ。そして、その手には大きな斧――戦斧が握られている。本人は隠れてるつもりなんだろうけど、いかんせん幹の太さが全然足りてない。顔だけは隠せてるんだけど、それ以外は見切れてしまっている。
「みんな、あの……森の中に人がいるんだけど……」
指差したりはせず注意を促す。
「「「…………」」」
そうですか。無視ですか。というかこの子たち、絶対見えてる。関わり合いたくないんだ。
まあ無理もない。大男のローブはサイズが小さすぎる。しかもその下は、ほぼ裸と言ってもいい。上半身はムッキムキの肉体が丸見えだし、下半身はトランクスの上に腰蓑を巻いているだけだ。
とりあえず、いろんな意味で危険なのは間違いない。
さて、どうしたもんかなぁ……。素通りさせてくれるのかなぁ?
と、大男が木の陰から厳つい顔を覗かせた。しかも目が合ってしまった。
あっ、あっ、慌てて隠れても意味ないですよ。顔以外はずっと見えちゃってますから。
「やっぱり気になるん――」
ガサッパキッ!
頭上で物音がしたのと同時にリムが左に跳んだ。
見上げる――よりも速く剣を垂直に構えた人影が降ってきて、リムが立っていた空間を貫く。
すかさずリムが人影目掛けてスレッジハンマーを振るう。が、人影は横に転がることでそれを躱した。
「キェァァァーーーッ!!」
今度は奇声を発しながら、右の木の陰から黒いマント――いや、ローブを羽織った痩身でモヒカン頭の男が現れた。両手に一本ずつナイフを握っているけど、攻撃してくる様子はない。
と、視界の端でなにかが動いた。
見ると、さっきの大男が走ってきて、リムから少し離れたところで止まった。
妙な雰囲気で場が膠着した。
もう、なにがなにやら……。
とりあえず、さっき木の上から飛び降りてきた人影は、黒いローブを纏った中年の男だった。大男とは違ってちゃんと服を着ている。フードを目深に被り、口元が見えないほどにしっかりとローブを着込んでいる。だけど、右目の下の刀傷が特徴的すぎて、人相を隠せているとは思えない。
というか、この人はなんで無事なんだろう? 身を隠せそうな枝まで十メートルはある。あんな高さから飛び降りたのに、怪我をしたようには見えない。それどころかすっと立ち上がり、切っ先をリムに向け、冷たく鋭い眼光でマギナとレーシアを牽制している。
どうやら僕は戦力外と見なされているらしい。もしくは、最後尾にいるからどうとでも対処できると思われているのか。
さて、最後に出てきたモヒカン頭。彼はなにがしたかったんだろう? 威勢よく飛び出したっきりで、特になにもしていない。挙動不審気味に目を泳がせている。
多分この三人は仲間なんだろうな……ローブがお揃いだし。
「金目のものを置いて――」
「マギナッ!」
傷の男の言葉を遮り、リムは大男に突進した。呼ばれたマギナは短剣を抜き、傷の男に斬りかかる。
鎚と斧、剣と短剣がぶつかり合う音が森に響く。
マギナは傷の男から距離を取り、再度正面から突っ込む。上段から振り下ろされる男の一撃を短剣でいなしつつ、くるりと一回転。いつ取り出したのか、左手の投げナイフを男の右上腕に突き立てる。
「”炎飛刃”!」
精霊器から炎が噴き上がり、傷の男は燃え盛るナイフを抜くこともできず、悲鳴をあげながら体を回転させる。
皮膚を焼く異臭が鼻を突く。
敵ながら可哀想だ。
「おおぉぉぉぉっ!」
リムの雄叫びが聞こえた。反射的に彼を探す。
戦斧を大上段に振りかぶる大男と、スレッジハンマーを野球の打者のように構えたリムが対峙していた。
リムは圧倒的に不利だ。あの体格差から繰り出される上段からの攻撃は、避けなければ簡単に押し潰されてしまうだろう。
先に動いたのは大男。戦斧をわずかに引き、リムの脳天へと力任せに振り下ろす。対するリムは素早く数歩下がる。そして、こともあろうにスレッジハンマーで迎え撃った。
轟く金属音。
僕は自分の目を疑った。
リムの振るったハンマーが戦斧ごと大男を吹っ飛ばしていた。戦斧の刃は空中で砕け、大男は数メートル後方の木に背中を打ちつけ、力なく倒れ伏した。
「えぇぇぇーーーっ!?」
思わず叫んでしまった。
だって、あり得ないって。体重差なんて軽く見積もっても三倍はありますよ? そんな巨体から繰り出された一撃を、受け流すとか受け止めたのならともかく、かっ飛ばすとか、どんなチート!?
もしかして……マギナたちの体力といい、傷の男の頑丈さといい、もしかするとこの世界の人々の身体能力は、根本的に地球人よりも高いのではなかろうか。
だとしても、リムは特別なんだろう。その証拠にモヒカン頭がぽかんと口と目を開いている。
さて、敵の戦力はこのモヒカン頭だけになったわけだけど……。本人もそれに気づいたのか、こっちを見、力のない笑みを浮かべた。
そんなモヒカン頭にレーシアは微笑みを返し、右手を近くの木に当てる。
『我が意に従い、木よ彼の者を束縛せよ』
詠唱が終わると、モヒカン頭を中心としたそこかしこの土が噴き上がり、触手のようなものが現れた。そしてそれは、やはり触手のような動きでモヒカン頭の体に巻きつく。遂には甲高い悲鳴をあげるモヒカン頭をレーシアの触れた木まで引き摺り、身動きできないほどに縛り上げてしまった。
触手のように見えたそれは木の根っこだった。
「コノォッ! なんだコリャァァ!?」
僕には「憐れな男と樹木の簀巻 モヒカン添え」に見える。
さてさて、これで襲ってきた連中は全員無力化されたわけだけど、結局僕はなにもできなかったな。すべてが突然すぎた。体は強張り、すがりつくようにハンマースピアを握り締めることしかできなかった。
まあ、喧嘩もしたことがないんだから、こうなるのは当然なんだ。なんだけど……情けないな。
と、傷の男が再び剣を構えた。だけど到底まともに戦えるとは思えない。息は荒いし、目元は汗にまみれている。焼かれた腕は意外と重傷ではなさそうだけど決して軽い火傷ではない。
いつものどこか抜けた感じを微塵にしか残していないマギナが、ポーチからナイフを抜く。
「逃げるなら追っかけないよ」
マギナの言葉に、傷の男はその目に悔しさのようなものを滲ませる。
「……忘れん」
わずかな沈黙のあと、傷の男はそう言って数歩後退り、大男のほうへと走った。
「ちょっ、待ってくれよセンパァイ! 助けてくれよぉっ!」
傷の男は助けを求めるモヒカン頭には目もくれず、文字通り大男を蹴り起こし、連れ立って森の奥へ逃げ去った。
「マギナさん、逃がしちゃって大丈夫? とどめを刺せとは言えないけど、せめて縛り上げたほうがよかったんじゃ……」
「こんなとこで縛って置いてったら死んじゃうよ」
緊張を解いたマギナがいつもの調子で苦笑を浮かべた。
「それも……そうだね」
確かに、ここまで来る人なんて滅多にいないだろう。仮に誰かが助けたとしても、その人が無事で済むかどうかは分からない。まあ、あの怪我だし、しばらくは人を襲えないだろう……と思うしかないか。
「ところで、この人は?」
取り残されてしまったモヒカン頭を指差す。可哀想に。呆然としてしまっている。
「そいつにはいろいろ吐いてもらわねぇとな」
こっちに戻ってきたリムのスレッジハンマーは柄が半ばから折れていた。
あの怪力に耐えられなかったのか……無理もない。
「あ~あ、またやっちゃってるよ。ちょっとは加減しなよ」
「やれるもんならやってるってんだ」
呆れるマギナに、リムは渋い顔で答えた。
というか、「また」って言った? リムはこれまでにどれだけの人を打ち上げてきたんだろう……。
それも含めてリムには訊きたいことがいくつかあるけど、まずは彼の言ったとおり、モヒカン頭を尋問するのが先か。
というか、モヒカンが萎れてるように見えるのは気のせいかな?
まあ、仕方がない。進めば進むほど道が悪くなってる。膝あたりまで伸びた草が足に絡まって地味に歩きづらい。それに、どこから転がってきたのか分からない岩と倒木が、数十メートル歩くたびに僕たちの行く手を阻んでくれる。だから休憩の回数が増えるし、単純に時間も掛かる。
そもそも、今歩いてるのは道なんだろうか?
草の下にわずかに残る、かつては轍だった凹みを辿ってるだけのような気がしてならない。
それにしても、相変わらず前を行く三人は僕ほど疲れている様子がない。この違いはなんなのか……体力の差? 経験の差? ……多分両方だ。
と、鬱陶しかった草が急になくなった。いや、低くなっただけか。
「お、歩きやすくなったな」
先頭のリムが振り返ることもなく言った。
「そだね~。ユヌーラまでこのままだったら楽なんだけど……レーシア、どれくらいで着きそう?」
「そうですね……」
そこまで言って、レーシアは周囲を見回した。地形を見ているのかもしれない。
彼女はここに至るまで、地図も見ずにナビゲートしてくれている。どちらかといえば方向音痴な僕からしてみれば本当に凄いと思う。
現在位置が把握できたのか、レーシアがマギナに視線を戻した。
「休憩時間を除けば、あと一時間前後で着きますね」
「そっか、あとちょっとだね」
僕も一瞬、マギナと同じ感想を抱いてしまった。ここまでに掛かった時間を思えば仕方のないことだ。だけど、一時間は「あとちょっと」じゃないよね。しかも、いつまた荒れるかも知れない道を一時間だ。
もうここまででいいんじゃないかな。という言葉が頭を過ぎるものの、それを口に出す性分でもない。これが仕事じゃなければ、昨日のもっともっと早い段階で音を上げて、駄々をこねてでもパーティーを引き返させたことだろう。
……あと一時間、頑張ろう。
「にしても疲れたな」
肩越しに振り返ったリムが、疲れを滲ませずに言った。なんの冗談か、左手で腰まで叩いている。
……ん? なんで人差し指を立ててるんだろう? それも不自然に下を指すしている。
「そうだね」
「そうですね」
マギナとレーシアが小さく頷いた。
やっぱり変だ。レーシアはともかく、マギナがこんなリムをいじらないわけがない。となると、あの仕草には意味があるはずだ。それも声に出せない――聞かれたくないことか。だとすれば、近くに何者かが……野犬って可能性もある……いや、これ以上推察するのはやめよう。余計な先入観にしかならない。それよりも、警戒しないといけないってことのほうが重要だ。
ハンマースピアを握り直す。
しばらく歩くと、これまで鬱蒼と生い茂っていた森の草が段々と減っていった。おかげで見通しがよくなった。と、いいたいところだけど、代わりに木々の幹が太くなってるような気がする。結果として、近くの見通しはよくなったけど、遠くは木が邪魔で見えにくくなってしまっている。
まあ、人や動物が隠れるには不向……き――?
――!?
――!!
思わず三度見してしまった。
左側の森の中、僕たちから二十メートルくらい離れた木の陰に、黒いローブを着た大男がいた。身長は二メートル以上はあるであろう筋骨隆々な体格だ。そして、その手には大きな斧――戦斧が握られている。本人は隠れてるつもりなんだろうけど、いかんせん幹の太さが全然足りてない。顔だけは隠せてるんだけど、それ以外は見切れてしまっている。
「みんな、あの……森の中に人がいるんだけど……」
指差したりはせず注意を促す。
「「「…………」」」
そうですか。無視ですか。というかこの子たち、絶対見えてる。関わり合いたくないんだ。
まあ無理もない。大男のローブはサイズが小さすぎる。しかもその下は、ほぼ裸と言ってもいい。上半身はムッキムキの肉体が丸見えだし、下半身はトランクスの上に腰蓑を巻いているだけだ。
とりあえず、いろんな意味で危険なのは間違いない。
さて、どうしたもんかなぁ……。素通りさせてくれるのかなぁ?
と、大男が木の陰から厳つい顔を覗かせた。しかも目が合ってしまった。
あっ、あっ、慌てて隠れても意味ないですよ。顔以外はずっと見えちゃってますから。
「やっぱり気になるん――」
ガサッパキッ!
頭上で物音がしたのと同時にリムが左に跳んだ。
見上げる――よりも速く剣を垂直に構えた人影が降ってきて、リムが立っていた空間を貫く。
すかさずリムが人影目掛けてスレッジハンマーを振るう。が、人影は横に転がることでそれを躱した。
「キェァァァーーーッ!!」
今度は奇声を発しながら、右の木の陰から黒いマント――いや、ローブを羽織った痩身でモヒカン頭の男が現れた。両手に一本ずつナイフを握っているけど、攻撃してくる様子はない。
と、視界の端でなにかが動いた。
見ると、さっきの大男が走ってきて、リムから少し離れたところで止まった。
妙な雰囲気で場が膠着した。
もう、なにがなにやら……。
とりあえず、さっき木の上から飛び降りてきた人影は、黒いローブを纏った中年の男だった。大男とは違ってちゃんと服を着ている。フードを目深に被り、口元が見えないほどにしっかりとローブを着込んでいる。だけど、右目の下の刀傷が特徴的すぎて、人相を隠せているとは思えない。
というか、この人はなんで無事なんだろう? 身を隠せそうな枝まで十メートルはある。あんな高さから飛び降りたのに、怪我をしたようには見えない。それどころかすっと立ち上がり、切っ先をリムに向け、冷たく鋭い眼光でマギナとレーシアを牽制している。
どうやら僕は戦力外と見なされているらしい。もしくは、最後尾にいるからどうとでも対処できると思われているのか。
さて、最後に出てきたモヒカン頭。彼はなにがしたかったんだろう? 威勢よく飛び出したっきりで、特になにもしていない。挙動不審気味に目を泳がせている。
多分この三人は仲間なんだろうな……ローブがお揃いだし。
「金目のものを置いて――」
「マギナッ!」
傷の男の言葉を遮り、リムは大男に突進した。呼ばれたマギナは短剣を抜き、傷の男に斬りかかる。
鎚と斧、剣と短剣がぶつかり合う音が森に響く。
マギナは傷の男から距離を取り、再度正面から突っ込む。上段から振り下ろされる男の一撃を短剣でいなしつつ、くるりと一回転。いつ取り出したのか、左手の投げナイフを男の右上腕に突き立てる。
「”炎飛刃”!」
精霊器から炎が噴き上がり、傷の男は燃え盛るナイフを抜くこともできず、悲鳴をあげながら体を回転させる。
皮膚を焼く異臭が鼻を突く。
敵ながら可哀想だ。
「おおぉぉぉぉっ!」
リムの雄叫びが聞こえた。反射的に彼を探す。
戦斧を大上段に振りかぶる大男と、スレッジハンマーを野球の打者のように構えたリムが対峙していた。
リムは圧倒的に不利だ。あの体格差から繰り出される上段からの攻撃は、避けなければ簡単に押し潰されてしまうだろう。
先に動いたのは大男。戦斧をわずかに引き、リムの脳天へと力任せに振り下ろす。対するリムは素早く数歩下がる。そして、こともあろうにスレッジハンマーで迎え撃った。
轟く金属音。
僕は自分の目を疑った。
リムの振るったハンマーが戦斧ごと大男を吹っ飛ばしていた。戦斧の刃は空中で砕け、大男は数メートル後方の木に背中を打ちつけ、力なく倒れ伏した。
「えぇぇぇーーーっ!?」
思わず叫んでしまった。
だって、あり得ないって。体重差なんて軽く見積もっても三倍はありますよ? そんな巨体から繰り出された一撃を、受け流すとか受け止めたのならともかく、かっ飛ばすとか、どんなチート!?
もしかして……マギナたちの体力といい、傷の男の頑丈さといい、もしかするとこの世界の人々の身体能力は、根本的に地球人よりも高いのではなかろうか。
だとしても、リムは特別なんだろう。その証拠にモヒカン頭がぽかんと口と目を開いている。
さて、敵の戦力はこのモヒカン頭だけになったわけだけど……。本人もそれに気づいたのか、こっちを見、力のない笑みを浮かべた。
そんなモヒカン頭にレーシアは微笑みを返し、右手を近くの木に当てる。
『我が意に従い、木よ彼の者を束縛せよ』
詠唱が終わると、モヒカン頭を中心としたそこかしこの土が噴き上がり、触手のようなものが現れた。そしてそれは、やはり触手のような動きでモヒカン頭の体に巻きつく。遂には甲高い悲鳴をあげるモヒカン頭をレーシアの触れた木まで引き摺り、身動きできないほどに縛り上げてしまった。
触手のように見えたそれは木の根っこだった。
「コノォッ! なんだコリャァァ!?」
僕には「憐れな男と樹木の簀巻 モヒカン添え」に見える。
さてさて、これで襲ってきた連中は全員無力化されたわけだけど、結局僕はなにもできなかったな。すべてが突然すぎた。体は強張り、すがりつくようにハンマースピアを握り締めることしかできなかった。
まあ、喧嘩もしたことがないんだから、こうなるのは当然なんだ。なんだけど……情けないな。
と、傷の男が再び剣を構えた。だけど到底まともに戦えるとは思えない。息は荒いし、目元は汗にまみれている。焼かれた腕は意外と重傷ではなさそうだけど決して軽い火傷ではない。
いつものどこか抜けた感じを微塵にしか残していないマギナが、ポーチからナイフを抜く。
「逃げるなら追っかけないよ」
マギナの言葉に、傷の男はその目に悔しさのようなものを滲ませる。
「……忘れん」
わずかな沈黙のあと、傷の男はそう言って数歩後退り、大男のほうへと走った。
「ちょっ、待ってくれよセンパァイ! 助けてくれよぉっ!」
傷の男は助けを求めるモヒカン頭には目もくれず、文字通り大男を蹴り起こし、連れ立って森の奥へ逃げ去った。
「マギナさん、逃がしちゃって大丈夫? とどめを刺せとは言えないけど、せめて縛り上げたほうがよかったんじゃ……」
「こんなとこで縛って置いてったら死んじゃうよ」
緊張を解いたマギナがいつもの調子で苦笑を浮かべた。
「それも……そうだね」
確かに、ここまで来る人なんて滅多にいないだろう。仮に誰かが助けたとしても、その人が無事で済むかどうかは分からない。まあ、あの怪我だし、しばらくは人を襲えないだろう……と思うしかないか。
「ところで、この人は?」
取り残されてしまったモヒカン頭を指差す。可哀想に。呆然としてしまっている。
「そいつにはいろいろ吐いてもらわねぇとな」
こっちに戻ってきたリムのスレッジハンマーは柄が半ばから折れていた。
あの怪力に耐えられなかったのか……無理もない。
「あ~あ、またやっちゃってるよ。ちょっとは加減しなよ」
「やれるもんならやってるってんだ」
呆れるマギナに、リムは渋い顔で答えた。
というか、「また」って言った? リムはこれまでにどれだけの人を打ち上げてきたんだろう……。
それも含めてリムには訊きたいことがいくつかあるけど、まずは彼の言ったとおり、モヒカン頭を尋問するのが先か。
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番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
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