荒ぶる世界の最果てダンジョン~村娘、姫騎士、女神官。みんなエロトラップに引っかかってアヘ顔Wピース!からの踊り食い~

櫛名月

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37 禁書

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 黒猫についていき、アスミがやって来たのは雑多な広場だった。
 剣戟の音。藁で作られた的に矢を射る兵士たち。
 皆、訓練に励んでいる。
 前方に開かれた城門が見え、人と馬車が出入りしている。
 城壁の外では王国連合軍に殺された魔族の死体が焼かれ、黒煙が立ち昇っていた。
 広場の片隅では、砦を守っていた魔族の屍から剥ぎ取った武器や防具が一箇所に集められていた。
 これらはすべて分解され、鉛・鉄・銅などの金属は再利用される。


 砦内に設置された野戦病院のまわりで、頭や手足に血塗れの包帯を巻いた負傷兵が足を引きずっている。
 見れば、まわりにいる兵士のほとんどが、どこかしら怪我をしていた。

「どこまで行くの?」

 アスミが声をかけると、前を小走りで進んでいた黒猫は立ち止まるや、「もうすぐさ」と、また進み出す。

 前方から黒い立ち襟の祭服を着た背丈の高い、耳長の男が歩いてくる。
 ハイエルフ族の神父だ。
 神父とすれ違いざま、アスミは目を伏せ頭をさげた。
 神父も同じように目伏せで挨拶する。

 少女は敬虔な〈リンブル教〉の信徒だった。
 世界中の人間、ほぼすべてから信仰されているリンブル教には、いくつかの教派があるが、最大かつ本家は〈リンブルの奇跡教団〉である。

 この教団の本部は、〈光ノ国〉にあった。
 光ノ国とは、『天空ノ国』『神ノ国』とも呼ばれ、地上ではなく空にある。
 光ノ国の住民は神族がほとんどだが、神に認められた人間やハイエルフ、フェアリーもわずかながらいる。
 本来は魔族に含まれるハイエルフ族とフェアリー族。
 この二種族は先の大戦から、中立の立ち場にあった。
 神族と魔族のどちらにも属さない、中立の立場を取る人間族の国家が存在するように、魔族も一枚岩というわけではない。


「この辺りだ」

 黒猫が立ち止まった場所は、食料や装備品、性を売っている酒保商人たちのエリアだった。
 諸侯と契約を交わし、従軍中の商売を許された酒保商人の荷馬車や幌馬車が所狭しと並んでいる。
 ほとんどの兵が出払っているせいで暇を持て余し、歌と踊りを楽しむ娼婦たち。
 両手両足を鎖に繋がれた魔族の子どもを連れた傭兵が奴隷商人と交渉している。
 争いの絶えない世界に住むアスミにとって、こういった光景は見慣れたものだった。
 弱者は強者に喰われる。
 歴史上、あらゆる種族の中で最後に登場した人間族は急速に数を増やし、ついには魔族を劣勢に追い込むまでになった。


 黒猫が足を止めたのは、一番端に並んでいたワインレッドの幌馬車だった。
 その前でプハァ~とパイプを吹かしている派手な身なりの男。
 先端が上向きに跳ね上がったハの字型に伸びた口ひげに、尖ったあごひげ。
 オレンジ色のダブレットに幅広の襞襟を首に巻いている。
 その出で立ちは、実用性重視の商人というよりは貴族のようである。

「お~。これはこれは小さな我が友、アガレス!」
「主。言われたとおりアスミを連れてきたぞ」

 アスミは足を止めた。
 予想はしていたが男だ。

「ほうほう。ふうん……へー。……わしはアンティオキアの商人、エピモート。だが商人とは仮の姿。コスプレ! そしてその正体は……人間と神と魔族と天使とアヤカシと悪魔とあの娼婦とアガレスと~……とにかくたくさん! みんなの嫌われ者! 超常の存在! 〈ヴァデラ〉の一像、その名もエピモート! ……あ、名前はもう言ったか――」
「ヴァデラ? エピモート……」

 眉をひそめた。
 コスプレという言葉は知らないが、どちらも聞いたことのある名だった。
 神や天使は人と同じく寿命があるのに対し、ヴァデラは時空を越え、死の概念を持たない邪悪な存在とされている。
 しかし、その存在はあくまでも神話や物語上のものだ。
 実在するのならば、神々が知らないわけがない。
 ちなみにヴァデラは複数いて、数え方は像を用いる。

 そしてその一像が、狂乱と殺戮をもたらす者。
 気まぐれで復讐を好むとされるエピモートだ。

「おや? わしを見たの初めてって顔だな、アスミよ。ああっ。さみしいなあ、さみしい。どう思うアガレス? なあ、我が友よ!」
「主。寿命のないあんたには、たっぷり時間がある。一年でも一〇年でも、あとでゆっくり考えてくれ。だがアスミと俺には時間がない。だから話を進めてくれないか?」

 時折、アスミの背後を人が通り過ぎていったが、不思議と誰も目にくれようともしない。
 まるで、アスミたちのことが見えていないかのようだ。

「そうかあ? じゃあ巻いていくぞ。わしもアイスクリームをペロペロしたくなってきたしな。だがあれだ~――」

 エピモートがアスミのそばに寄ると、

「そのやつれた目。ボサボサの髪。まずは身だしなみを整えたほうがいい。よく言うだろ? 復讐するにもまずは見た目からって!」

 パチンと指を鳴らす。
 目の前に丸椅子が現れた。

「さあそこに座って、アスミ。アガレス! アスミの髪を梳かしてやれ」
「主。髪を梳かすって俺にどうしろと? この可愛い肉球で――」

 椅子に腰掛けたアスミが、黙ってしまった黒猫に双眸を向けると、そこに黒猫はいなかった。

 年は一〇歳くらい。
 黒と白の上品なメイド服を着ている。
 足元は高級な革靴に、小さな花飾りの付いた白い靴下を履いている。

「……やってくれたな、主。しかも、よりによって女の子かよ!」

 声も女の子に変わっていた。
 上顎から小さな八重歯がのぞく。

「この子、アガレス?」

 アスミは目を丸くした。

「そうだよ、文句あるか?」

 腕を組んでむすっと頬を膨らます黒髪の女の子。
 小さな手にはブラシが握られていた。

「こう見えてわし、ヴァデラのなかで一番、気が利くヴァデラ! でも悲しいかな。アスミは男が苦手になってしまった。だからTPOに合わせて、メイドっ娘をプロデュース!」
「もういい。さっさと終わらせるぞ」

 小さなメイドがアスミの髪に手を伸ばし、髪を梳かしはじめる。
 エピモートはアスミに一口サイズのポーションを差し出した。

「これは霊薬。飲めばたちどころに体力全快。目のクマも消えて、頭もスッキリ爽快! どう? いかが?」

 しばらくの間、凝視していたアスミだが、意を決して、灰色の液体が入った小瓶を受け取ると栓を抜いて、一気に飲み干した。

「こほっ!」

 味はしぶく、蒸せるように咳をする。
 だが――、

(あんなに疲れていたのに……)

 まるで爽やかな朝を迎えた気分だ。
 気力がみなぎってくる。

「すごい……」

 あまりの効果に思わず声が漏れ出た。

「元気になったな。まあ、なっていなくても、次はこれをあげよう!」

 エピモートが手渡したのは二冊の書物だった。
 膝の上に置いて確認すると革張りの表紙には、次のように書かれていた。


 『死穢人全集』
 『禁断の霊薬レシピ集』


「し……し、けがれ?」

 読み方がわからない。
 刹那。
 視界が漆黒に染まり、何も聞こえなくなった。

(え?)

 音も色も、何もない空間。
 瞬きした次の瞬間、眼前にエピモートの顔があった。

死穢人しえびと

 そう言って、彼は目を扇にして笑ってみせた。
 悪魔の微笑み――そう思った。
 目を反らすこともできない。
 鼓動が早まり、全身が硬直した。
 また瞬きすると、元の景色に戻っていた。

 カラスの鳴き声がした。
 エピモートは相変わらず、少し離れた場所でパイプを吹かしている。

(いまの……なんだったの?)

 正直なところ、アスミはエピモートを風変わりな人間の魔法使いなのだろうと考えていた。
 しかし――、

(ヴァデラ……わたしは人が踏み込んではならないものに、手を出そうとしている?)

「キャンセルはないよ」

 どきっとした。
 声のした方を見ると、隣で女の子がじっと見つめていた。
 アスミは自分の膝が小刻みに震えていることに気づいた。
 そんな彼女に、エピモートはいつもの口調で言った。

「『死穢人しえびと全集』は、時間があるときに読んでおいた方がいい。『禁断の霊薬レシピ集』は、いま飲んだ霊薬の作り方が書かれているぞ。他にも賢者や薬師の知らない、霊薬とその作り方が載っている」

 エピモートはどこから取り出したのか、小指を立てながら、カップティーに口をつけた。
「で、ここで注意! 実はこれ、どちらも特級禁書らしいから? その本に書かれている内容は、世に出回っておらず、持っているだけで犯罪。人間はもちろん、神族にその二冊を持っていることがバレたら、間違いなく殺される! バッキバキにな! 魔族に見つかった場合は……わからん!」


 それからアスミは、エピモートから武器と霊薬の入ったバッグを受け取ってから別れた。
 見返りは、まったく要らないとのことだった。
 エピモートはただ、復讐劇を見たいらしい。
 アダンたちは現在、ミスルムスフィア城塞で魔族と交戦中のはずである。
 霊薬のなかには身体能力を強化するものもある。が、それを使ってどこまで戦えるかは皆無だ。
 なんといっても、霊薬の効果がどれほどのものか、わからないし、基本的な能力やセンスが変わるわけではない。
 どんなに強い武器を手にしても、相手に当てることができなければ意味はない。

 だが、このまま何もしないわけにはいかない。
 相手は全員、冒険者に違いないがその中には、元傭兵やら正規軍で活躍していた者もいる。
 そういった男たちを相手に、どうやって始末していくか。
 殺るなら夜か。
 相手にするのは一度に一人ずつ。最初は誰にするか。
 アスミは復讐方法を考えながら、ミスルムスフィア城塞へと向かった。
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