嘆きの王と深窓の姫

篤実譲也

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終わりの続き

02

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「また参ります」
 
器用に木を伝って降りていく背を見送り、窓を閉めてからベッドに横になる。
 
眠ろうと目を閉じても、どうしても昔のことを思い出してしまう。 
 
かつての私は小国の姫だった。

母は私を産んでから身体を壊して幼い時に亡くなり、後妻である継母には酷く疎まれていた。

王子を望んでいた父には見向きもされず、食事に毒を盛られようが、刺客に襲われようが、誰一人として助けてはくれなかった。

私は身を守る為に剣を取り、自ら進んで戦場に赴いた。王城で過ごすよりも幾分かマシだったし、何より戦っている間は余計なことを考えずに済んだからだ。

それに良い顔をしなかったのは父だった。あの男はただ、私に道具としての価値しか見出していなかったのだと思い知らされた。

ある日、長く続いた争いに終止符を打つべく、和平の証として敵国に嫁いだ。王と出逢ったのはその時だった。

嫁いでから暫くは何となく距離があったと思う。

それが変わったのは賊に襲われた時だった。誰の差し金かは言うまでもあるまい。

私は真っ先に剣を抜いて賊を一人残らず殲滅した。

王は馬車の中でそれを眺めていたが、全て片付くとただ一言だけ「助かった」と告げた。

あの時の喜びは言葉では言い表せない。女には無用の長物だと切り捨てられた私の剣の腕を褒めてくれた。それがどれだけ嬉しかったか。

王にとっては何気ない一言だったのだろう。それでも私にとっては、それまで積み重ねてきたものを認めてくれた初めての人だった。

あの瞬間から私の全ては王に捧げると決めたのだ。

……だが、それも長くは続かなかった。継母の策略によって、一夜にして王の国は滅んだからだ。

王を裏切ったのは、彼が最も信頼を寄せていた腹心だった。私はこの手で彼を斬り捨てた。

それを目の当たりにした王に弁解を求められたが、私は何も答えなかった。

見苦しい言い訳をする気は無かった。私は確かに、王から国を奪ったのだ。

決して裏切らないと誓ったのに、それを守れなかった。私を赦せないのは他ならぬ自分自身だ。

あの人の手で逝けたのはせめてもの救いだったが、今でも傷付いた顔が頭から離れない。

「王よ……」
 
貴方は今どこに居るのだろう。

あの悲劇に終止符を打てるのは貴方しか居ないのに。

或いは、全て憐れな女の妄執なのだろうか。

私はベッドに横になり、目を閉じた。明日こそ王が訪れることを願って。
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