嘆きの王と深窓の姫

篤実譲也

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終わりの続き

03

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ぼんやりと鏡の中の自分を見つめていると、心配そうに声を掛けられた。

「お気分が優れませんか」

柔らかな茶髪に蜂蜜色の瞳をした涼やかな美人だ。

本名のベアトリクスを嫌っており、親しい人間は皆、兄が付けた愛称のビーで呼んでいる。

「いや、平気だ」

セシルの他に唯一顔を合わせるのがこのビーだ。

誰にも会わないと言ったものの、押し問答を続けた末に根負けした。

今にも泣きそうな声で懇願されては堪らない。

「もう半年ですよ。息が詰まるでしょう」

何も答えずに曖昧な笑みを返した。

優しく髪を梳く手が止まる。

鏡越しに視線が会うと、悲しげに眉を下げた。

「私ではお力になれませんか」

「そんな顔をするな。可愛い蜜蜂を泣かせたら、兄上に恨まれてしまう」

「いつか、話してくださいますか」

私が話す気になるまで待つと言い続けてもう五年になる。

よく飽きないものだと感心するほどに。

「……ああ、約束だ」

幼い子供のように小指を絡めて、果たされないだろう約束を交わす。

何気なく窓の外に目を向けると、二人組の男が歩いて来るのが見えた。

「また、ですか」

ビーの声色には嫌悪感がありありと滲んでいる。

いつしか“深窓の姫君”と噂されるようになり、一目見ようと方々から人が訪ねて来る。

病床で臥せっているだとか、かなり内気で人前に出たがらないだとか、色々と言われているらしい。

噂好きなご令嬢達によって瞬く間に噂が広まり、人に伝わるにつれて美化されていったのだろう。

「第二王女でも使い道はあるだろうからな」

身も蓋もない言い方になってしまったが、あながち間違いでもあるまい。

噂の真偽がどうであれ、第二王女ならば損することは無いだろう。身分と血筋は保証されている。

「そんな輩にエル様は渡せません」

王族なら政略結婚も珍しくないだろうに、両親は望まぬ相手には嫁がせないつもりらしい。

絶えず求婚に来る相手は残らず追い返されている。

……しかし、やけに城内が騒がしい。

「様子を見て参ります」

ビーも異変を感じ取ったようで足早に部屋を出て行く。

もう一度窓を見ると、いつの間にかセシルが登って来ていた。

夜以外に顔を見せるのは珍しい。

「主。シランの若獅子が現れたようです」

「シランの若獅子が?」

セシルが何か言うよりも先に、廊下から忙しない足音が近付いて来る。

私が扉を見た一瞬で姿を消したようだ。

「エル様」

部屋に入って来ると、遠慮がちに声を掛けられる。

差し出された包みのリボンを解くと、淡い紫色のワンピースが入っていた。

それを目にした途端に全てを悟る。

「……ああ、嘆かわしい……」

このワンピースは、いつか共に視察に行こうと約束した時に贈られた物だ。

細部のデザインは多少異なるものの、王が仕立ててくれた物によく似ている。

「え?」

王の口癖が自然と口をついで出た。

怪訝な顔をするビーに小さく首を振り、久々に部屋を出た。

騒がしかった廊下がしんと静まり返る。

私が誰かの来訪に応じるのはこれが初めてだ。

長い廊下を抜けて階段を降り、王城の入口に向かう。

「お帰り願おうか。妹は来ない」

「……どうやらその必要は無さそうだな」

怜悧な瞳を愉しげに歪ませて笑う。

夜の闇のような黒髪に琥珀色の瞳をした男が真っ直ぐにこちらを見つめている。

シランの若獅子に間違いない。
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